60.【竜母の禁書】 改
次の日の朝、お手伝い服に着替えるとキャロルさんとお揃いで買った紅を差し、鏡の前で大げさな笑顔を作って見せた。瞼の赤みと腫れは消え、鏡の中にはいつもの私がいる。
落ち込んでても仕方ない。彼に自信を持って想いを伝えられる自分になる為に、私はもう俯かないって決めたんだ。
ノアを連れ部屋のドアを開けると、丁度レオさんが部屋から出てきた。
「レオさん、おはようございます。今日は早いんですね。食堂が開くまで、まだ時間がありますよ」
いつもより1トーン高い声で挨拶をすると、逆に彼はいつもよりテンション低く「おはよう」と返して来た。
「朝から、元気だな。体調はもう、いいのか?」
「ご心配をおかけしました。レオさんは、ちょっと疲れてる?」
「いや、そんなことはない」
やっぱり、いつもより元気がない気がする。
おしゃべりをしながら食堂棟へ行くと、その前で「朝食前に馬場に寄る」と言って、レオさんは少し速足で馬場へ向かっていった。
いつものように食堂の前にいる騎士さん達に挨拶し、クックさんから貰った可愛いエプロンを付けて、戦闘態勢に入る。うん、朝の食堂は私にとって戦場なのだ。
五の刻を過ぎ、次々と食堂に入ってくる騎士さんの中にケントさんを見つけ、私は笑顔で彼に声をかけた。
「ケントさん、おはようございます」
ニヤニヤする私を見て、気まずそうな顔をするケントさん。
「まさか、あそこで告白するとは」
極小の声で呟くと、彼は顔を真っ赤にして「すみません」と謝ってきた。
「謝る必要はないよ。応援してるから、頑張って強くなってね」
私の言葉に強く頷くと、彼は「絶対に諦めません」と言って配膳台へと並び始めた。
そして入り口の方を見ると、顔を赤くしたキャロルさんが、食堂には似つかわしくない直立不動で立っていた。
「キャロルさん、おはよう。そこで、固まらないでねぇ」
彼女の手を引き食堂に招き入れると、背中を強く押してケントさんの方へと押しやった。
「お、お、おはようございます」
「お、はよう」
ぎこちない挨拶を交わす二人をそのままにして、私はまた戦いを開始した。
時刻が六の刻を過ぎ、王城勤務の騎士さん達が食堂に訪れ始めると、私はソワソワしながらドアが開く度に、そちらに目を向けた。そして待ち人が訪れると、作業の隙間を縫って彼女に話しかけた。
「ニコルズさん、おはようございます。申し訳ありませんが、後で少しだけお時間いただけませんか? ご相談したいことがあるんです」
「竜太子様、ユイ様、おはようございます。私でお役に立てるのであれば、よろこんで」
ピンクの髪を一つに纏めた今日のニコルズさんも、いつも通りの可愛さだ。
「よろしくお願いします」
頭を下げ、先ほどまでよりは少し落ち着いてきた、料理補充の作業に戻った。
正直、魔物討伐隊の騎士さん達と、王城勤務の騎士さん達を比べると、人数も違うが食べる勢いも違うため、忙しさは倍くらい違う感覚だ。
そして彼女が食事を終える頃、キャシーさんに許しを得て、後から合流したマードックさんと一緒にいる、ニコルズさんの席に向かった。
「マードックさん、おはようございます。ニコルズさん、朝の忙しい時間にごめんなさい。
早速相談なのですが、私この国の文字を勉強したいと思っているんです。言葉は通じるので気にしてなかったのですが、文字は読めないんです。それで、王城に図書室があるって聞いたのですが、私も利用することは出来ますか?」
「それなら、問題ありません。ユイ様も自由に閲覧可能です」
マードックさんの言葉に、胸を撫でおろした私に、ニコルズさんが提案をしてくれる。
「文字を学ぶのであれば、誰かに教わった方がいいのではないかしか?」
「それも考えたんですが、まずは一人でも勉強できる方法がないか調べてみたくて」
私の言葉を聞いて、マードックさんが顎に手を当て考え始めた。
「うろ覚えで申し訳ないのですが、禁書庫には竜母様のみが閲覧出来る書物があると、聞いた覚えがあります。それに、何か書いてあるかもしれませんね。王城に帰って詳しく調べてみましょう。お返事はお昼でも宜しいですか?」
「もちろんです。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「それほど大変なことではありませんので、ご安心ください。それでは、またお昼にお会いしましょう」
マードックさんはそう言うと、スッと立ち上がり、綺麗な所作で頭を下げ颯爽と立ち去って行った。
「ニコルズさんは、あぁいうところに惹かれたんですね」
「どこでしょうか?」
「所作とか、騎士服の着こなしとか、どこを見ても出来る男って感じがします」
「あら、差し上げませんよ?」
ニコルズさんは、片眉をあげた後、くすりと可愛い笑顔を見せた。
「私も、ニコルズさん達のように相思相愛になれるよう、これからがんばります」
私の言葉に、彼女は少し不思議そうな顔をしたあと「応援してるわ」そう言って、マードックさんの後を追うようにして食堂を出て行った。相手が誰なのか、分からなかったのかな?
朝の手伝いが終わり、部屋でピアノを弾いたり、軽く仮眠をとったりしていると、すぐに昼食の時間になった。仮眠をとったせいで乱れた髪を整えた後、食堂棟のドアを入ったところで、二人が来るのを待っていると「ユイ様、誰かをお待ちですか?」と声を掛けられた。
声を掛けて来たのは近衛隊の騎士服を着た茶髪の男性。少しそばかすのある、二十代半ばのその騎士さんは、ノアに挨拶した後もニコニコとしながら私の返事を待っている。
えっと、名前がわからない。誰だっけ?
顔は分かるが名前が思い出せないことを表情には出さず「ニコルズさんとマードックさんを待っています」と答えると「二人なら、もうすぐ来られますよ」と教えてくれた。
「ありがとうございます」
「お食事は、お二人と?」
「はい。ご一緒出来ればと思っています」
茶髪の騎士さんと一緒にいた数名の近衛隊の騎士さんも、なぜか残念そうな顔をしている。
『百年早い』
なんだ?
肩に乗ってるノアの言葉も、彼らの表情の意味も分からず、首を傾げて考えていると、食堂のドアが開き冷たい風が入って来た。
「ユイ様、お待たせして申し訳ありません」
ニコルズさんの声に振り向くと「お前達、何をしている」と、マードックさんがいつもの仏頂面で、彼らに声を掛けた。
「副隊長、ニコルズ卿、お疲れ様です」
姿勢を正し、綺麗な姿勢で腰を折る近衛隊の騎士さん達。
「何を話していたの?」
ニコルズさんに聞かれ「お二人と食事するんですか? と聞かれたので、そうだと答えただけですよ」と私が言うと、ニコルズさんの瞳が鋭く光り彼らを睨みつけた。
ニコルズさんの表情を見て「では、失礼します」と後ずさるようにして、彼らはその場を離れていく。
「ユイ様、次同じようなことがあった場合、はっきりお断りして構いませんよ」
「次とは?」
「彼らは、ユイ様と一緒に食事がしたかったのでしょう」
「あっ......」
先ほどの彼らの表情は、そう言う意味だったのかと理解した私に「時間が勿体ないので、説明は食べながらでもいいでしょか?」とニコルズさんは柔らかな笑顔を向けてくれた。
配膳台から料理を選び、トレーを持って二人がいるテーブルに行くと、お皿にてんこ盛りになっている料理をみて二人が驚いた顔を見せた。
「ユイ様、それ全部食べれるんですか?」
「お代わりするつもりです」
私の言葉に絶句する二人を見て、私がたくさん食べ始めたころの、魔物討伐部隊の人達の顔を思い出した。未だに近衛隊や王城警備の騎士さんと同じ時間に食事を取ることは少ない為、私が大食漢なのを知らい人も多いのだ。
「ノアの為の魔力を作るのに必要らしくて、とにかくお腹が空くんです」
「確か、魔力が3万だとお聞きしました」
マードックさんの言葉に、周りにいた騎士さんがざわついた。
「らしいですね。私にはわかりませんけど」
あっけらかんと答えても「ユイ様がたくさん召し上がると、噂では聞いていましたけど」と、ニコルズさんが、まだ目を丸くしている。そんなことが噂になっているとは、恥ずかしい限りだが、こればっかりは仕方ない。
「それで、禁書の件はどうでしたか?」
私の問いかけに「そうでした。驚いて話を忘れるところだったわ」とニコルズさん。
「やはり竜母様専用の禁書がありました。それに関しては、エイベル宰相から閲覧許可の書類を貰ってきたので、問題ありません。本の中身は誰も読むことが出来ないので、ユイ様ご自身で確認していただくしかないのですが、知りたい内容と違うかもしれませんがご了承願えますか?」
忙しい勤務の合間をぬって、エイベル宰相から閲覧許可までもらっているとは、やっぱり出来る男は凄い。
「もちろんです。竜母しか読めないということは、私に必要な内容が書かれているはずです。なので、是非図書室の場所を教えてください。お忙しい中、本当にありがとうございます」
「わかりました。では、私がご案内させていただきます」
マードックさんの言葉に続いたニコルズさんの言葉に、私は思わず顔を顰めた。
「図書室に行くには、着替えていただく必要がありますが、よろしいですか?」
「そうですよね。この服で行くわけには......」
「いかないですね」
宮廷から贈られた、あの可愛らしいドレスワンピを着なければいけないのかと、溜息を漏らせると「私がお手伝いしましょうか?」と、ニコルズさんが言ってくれた。
「是非お願いします」
ノアと一緒に国王陛下に会いに行く時は、いつも前日にキャロルさんにお願いして服を選んでもらっている私は、ニコルズさんの言葉に甘えることにした。正直、自分で選ぶ自信がない。
食事が終わり、着替える為に食器を片付けようとトレーを持って立ち上がると「お替わりされないのですか?」とニコルズさんに聞かれた。
その言葉に「あの服を着ると思ったら、食欲がなくなりました」と答え、私は大きな溜息をまたついた。既に山盛りの料理を食べた後で、食欲がなくなったと言っても説得力はないだろう。
ちらりと二人を見ると、なんとマードックさんがクスリと笑っているではないか。
「マードックさんも、笑うんですね」
私の言葉に慌て、いつもの仏頂面に戻るマードックさん。
「こう見えて、笑顔が可愛いんですよ」
食事を終えた時とは違う意味の「ごちそさまです」をニコルズさんに言って、私はトレーを片付けに返却口に向かった。




