61.【彼のお迎え】 改
マードックさんを食堂に残して、私はニコルズさんと一緒に部屋に戻った。備え付けのクローゼットを開け、宮廷から贈られたドレスワンピを彼女に見せる。
「こんなにいただいたのですか?」
「着る機会がないから、いらないと言ったのですが」
「でも、今回はこれがあってよかったですね」
ニコルズさんに言われて苦笑いをしたけれど、今回ばかりは助かったと言うべきだろう。秋冬向けのものだけでも10着以上あり、それに合わせて靴やストール、小物まであるのだ。足りないものはなにもない。
その中からニコルズさんが選んでくれたのは、紺色のベルベット素材の膝下20㎝、白いレースをアクセントにした、落ち着いた中にも華やかさのあるドレスワンピ。それに合わせるのは白いローヒールと、大きめのストール。
「本当はハイヒールの方が可愛いのよね」
ニコルズさんが、独り言のように呟く。石畳の道をハイヒールで歩く自信がない私は、歩きやすさ重視でローヒールをお願いしたのだ。
王城までは徒歩で六半刻ほどの距離。
日本のアスファルトで舗装された道路と違い、少し凹凸のある石畳。そこをニコルズさんとマードックさんと一緒に歩くことを考えると、ローヒールの方がいいと思った。
歩き慣れない石畳をハイヒールで歩く自分を想像しても、颯爽と歩ける気がしない。それでなくても忙しい二人の手を煩わせるのだから、少しでも早く歩きたい。
そしてニコルズさんは、私の髪を丁寧に梳かしアップにすると、髪飾りを付けてくれた。これ明日から自分で出来るかな? ちょっと心配。
「お化粧はされますか?」
「図書室にいくだけなので、紅だけでいいですか?」
「これから通うことを考えたら、無理はしない方がいいですね」
キャロルさんと買った紅が、ここでも役に立った。
準備を整えるのに一刻近くの時間を要し、マードックさんにお詫びの言葉を述べると「これも仕事ですよ」と言われ、今度は感謝の言葉を口にして、二人と一緒に王城へと向かった。
今までも国王陛下にお会いする為に、ドレスワンピを着て何度も王城へは伺っているが、いつも騎士さんが食堂棟を出入りしない時間を見計らってい。だから普段とは違う装いの私を見るのが珍しいのか、すれ違う騎士さん達が驚いた表情を見せる。似合いませんよね。分かってるんです。だから、あんまり見ないで欲しい。
向けられる視線に居た堪れない気持ちになり、一刻も早くその場を離れたい気持ちの私に「ユイ様、下を向いてはいけませんよ」とニコルズさん。
顔を上げると「ご自身が思われているより、ずっとお似合いですよ」と笑顔を見せてくれる彼女に「そうでしょか?」と問いかけると「私もそんな時がありました。でも、俯いていたら折角の衣装が勿体ないでしょ。背筋を伸ばして自信を持って着ると、自然と馴染んでくるものですよ」とアドバイスをくれた。
そうだ。自分に自信が持てるように、頑張るって決めたんだ。彼の隣に立っても恥ずかしくない女性になる為に、自信をもって告白出来る自分になる為に、私は変わるんだ!
王城までの道を歩きながら、帰りの心配をしてくれるニコルズさん。これからも出来るだけ図書室に通い、勉強をする事を考えると、毎回付き添ってもらう訳にはいかない。
「今日は図書室の場所が分からないので、案内をお願いしましたが、明日からは一人で大丈夫です。明るいうちに帰るようにしますので、お気になさらないでください」
「王城の敷地内とはいえ、暗くなるまでには、必ず宿舎へお戻りください。遅くなった時は、近衛の者がお送りしますので」
「だ、大丈夫です。必ず、明るい内に帰ります」
顔が引きつりそうな申し出を断ると「竜太子様がご一緒ですので、心配はご無用ですかね」とニコルズさんがほほ笑む。それに対して『もちろんさ』と胸を張るノア。竜王の結界があるのだから、全く心配はしていない。
図書室に向かう経路は思っていたより複雑で、覚えられるか不安に思っていると『僕が覚えてるよ』と心強い言葉が。
『なんで分かったの?』
『ユイの心の波動が、不安そうだった』
そっか、ノアは何でもお見通しだね。私が笑みを漏らせると「どうされましたか?」とニコルズさんが問いかけてくる。
「図書室への道が覚えられるか心配してたら、ノアが任せろって。なんか、情けないなぁと思って」
「ここだけの話、私も未だに迷うことがあります。広すぎるんですよね」
ニコルズさんの言葉に、私より早く反応したのはマードックさん。
「威張るな。お前が迷ってどうする」
彼の厳しい言葉に「こうやって、ピシッと怒ってくれるところも好きなんだけどね」とまたまた惚気炸裂のニコルズさん。所謂ギャップ萌えというやつなのだろう。
「勤務中だぞ」
彼の言葉におどけた様に舌を出し、えへっと笑うニコルズさんは、幸せオーラに包まれている。
「ユイ様と一緒だと、ついおしゃべりが過ぎちゃいますね」
「それは、私がおしゃべりだからですか?」
「うふふっ、ユイ様の人柄でしょうね」
ニコルズさんの言葉を誉め言葉ととり、私は一人笑みを漏らせた。
図書室の前で二人と別れ、入り口にいる司書さんに禁書閲覧許可証を提示すると、図書室の奥にある禁書庫に案内された。禁書庫は鍵のついた重たい扉で区切られおり、竜母専用の書物はそのもっと奥、大きな金庫のような石の箱の中にあるという。石の箱には取っ手などなにもなく、鍵穴さえもない。
どうやって開けるのだろうと思っていると「竜母様のみが有する物が、鍵だと伺っております」と司書さんに言われ、私は左手首に付けている竜王の腕輪を石の箱に近づけた。
―――――― カッチャン!
小さな音がし、ゆっくりと開かれる扉。中には厚みが10㎝はありそうな本が、びっしりと入っていた。
扉が開いたのを確認すると「分からないことがあれば、遠慮なくおっしゃってください」という言葉を残し、受付へと戻って行く司書さん。
窓もなく暗い図書室の中、受け取った魔道ランプの明かりを頼りに、竜母の禁書を開くと想像通り羊皮紙には日本語が書かれていた。
所謂、日本語をこの国の言葉に訳す為の辞書だ。竜母のみが閲覧出来ると聞いて、そうではないかと予想していた。これで、一人でもこの国の文字を勉強出来そう。
辞書にはこの国の文字、37文字が最初に書かれていた。英語で言う、アルファベットだ。
それに発音がカタカナで書かれており、私にもなんとか理解出来そうである。この国の文字は、どちらかと言えばアラビア語のような形状をしていて、私には馴染みがなかったが、外国人が漢字を覚えることを想えば、難しいことではない気がした。
『文字を写し、正しく発音出来れば、習得することは難しくない』
1ページ目に書かれた言葉に、素直に従うことにする。紙が貴重な世界で、気軽に書く練習が出来るのか心配になったが、司書さんに問い合わせると、机の引き出しから小さな黒板とチョークを出して貸してくれた。
それから辞書の文字を真似、黒板に文字を書いて発音してみる。
最初の文字の発音は「ヤァー」で最初から躓いた。発音がこれで合っているのかわからないのだ。正しい発音は日本語では表記しにくいのかもしれないと、色々な発音を試していると突然、頭の中に小さな光と共に文字と音がスーっと入って来た。
『今ので、その文字は完璧だね』
どうやら私がこの国の文字を覚えるためには、一度だけ文字を書き、意味を理解し、完璧な発音で話すだけでいいらしい。何ということでしょう。偶然完璧な発音をしてしまったようだ。
この力? 能力? 受験勉強する時に欲しかったよね。これがあれば、英語なんて完璧に覚えられたはず。
それからは、次々に文字を書き、手当たり次第に近い感じで発音し、着実に文字を覚えていった。これなら今日中に37文字覚えられそう。そう思っていると、禁書庫のドアがノックされ司書さんが顔を出した。
「そろそろ、図書室を閉めるお時間なのですが......」
「えっ、今何時ですか?」
「もうすぐ、六の刻でございます」
なんと私は、四刻近くも、集中して文字を書いていたようだ。
「申し訳ありません。すぐに帰る準備をいたします。これ、ありがとうございました」
頭を下げ黒板とチョークを返すと「黒板はいつでもお貸しできますので、遠慮なく申し出てください」と司書さんは言ってくれた。
窓のない部屋では時間の感覚がなくなり、時が経つのも忘れてしまったようで、廊下に出て窓の外を見ると、既に日は落ち紫の空が紺色に変わり始めていた。
「暗くなる前に帰るって約束したのに、初日から破っちゃったね」
『もう仕方ないよ。それより帰り道分かる?』
「わかんない。ノア教えて」
王城の出口までをノアの案内で進み、さらに濃さを増した空を見上げるとノアが『ユイ、このままここで待とう』と言ってきた。
「ん? どうして?」
ノアにそう問いかけた時、後ろから「ユイ様、どうされたのですか?」と声を掛けられ、振り向くと今朝の近衛隊の騎士さん達がいた。
「こんばんは。図書室に行った帰りです」
「今から帰られるのですか? それなら送りしましょう」
彼の言葉にどう返事をしようか考えていると『このまま待っていればいい』とまたノアに言われた。
「竜太子様が、このままここいるように言っているので、もう暫く待ってみます」
「誰か迎えにくるのですか?」
「わかりません」
「このままここにいては、風邪をひかれますよ」
「でも、ノア......竜太子様が言うことに間違いはないと思うので」
暫く騎士さんと押し問答をしていると、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「レオさん?」
「ユイさん、なぜもっと早く帰らないんだ!? キャロルから、ユイさんが帰らないと聞いて、急いで迎えに来たんだ」
討伐服のままの彼を見て、慌てて迎えに来てくれた事がわかった。
『だから、ここにいればいいと言っただろ?』
私の肩の上でノアがドヤ顔をしながら、私の頭を突いてくる。
「心配かけてごめんなさい。つい夢中になってしまって」
「話は帰りながら聞こう」
そう言って、王城入り口の階段を下りる為に差し出された彼の左手に右手を添え、ゆくりと階段を降りる。そして後ろにいる騎士さんに「お声を掛けていただき、ありがとうございました」と頭を下げた。
彼らを見るレオさんに「一人で帰ろうとしてたから、心配して声を掛けてくれたの」と言うと「遅くなった時は、俺かキャロルが迎えに来るよ」と提案してくれた。
「次からは、遅くならないよう気を付けます」と私は答え、彼らにもう一度頭を下げて二人で歩き出した。
「そんなに夢中になるほど、楽しかったのか?」
黒板に文字を書き完璧な発音をすると直ぐに文字を覚えられた事を告げると、目を丸くして驚かれた。そして覚えたての20個程の文字を発音してみせると、更に驚いた顔をするレオさん。
「いつか自動翻訳も必要なくなるかもね」
近い将来、自分の言葉で彼に思いを告げる日を目標に、私は頑張るのだ。




