28.【泣いていいのは私じゃない】 改
説明不足だったので、かなり加筆しました。
竜王様の掘られた壁に近付くよう、お願いしてくるユイさん。そして黒い腕輪に触れ、壁に文字を浮かび上がらせて読み始めた。
竜王の腕輪による結界は魔法攻撃、物理攻撃は完全に防ぐが、魔法陣での転移や呪いなどは防ぐことが出来ない。その為、その事を絶対に人に知られないようにする事、と書かれているらしい。
その事はここにいる五人だけが、知る事実となった。そんな大事なこと、副隊長ごときの俺が知ってもいいのだろうかと焦ったが、彼女を守る上では知っておきたいことだとも思った。
そして、次に書かれている文章の意味を聞いたときは、その場にいる全員が衝撃を受けた。
「まず聞きたいのが、魔核ってなんですか?」
「魔核とは魔物を討伐した時に取れる、魔物を形成する源ですが、それがどうしたのですか?」
ケリー魔導師統括長が不思議そうに問いかける。
「その魔核を使えば、国の結界を強化する為に必要な魔力を、補うことが出来ると書いてあります」
「「「「なんじゃと(なんだって)」」」」四人全員が声をあげた。
「えっと、魔核は魔石と同じ魔力量であっても、この壁の竜王様の口に入れると、5倍の魔力に変換されます。竜王様が不在の間、竜王の森では魔物が増加するはずだから、その魔核を使えと書いてあります」
つまり前竜王様の終焉以降に魔物が急増したのは、魔核を使って結界を強化する為だったということか? 何かしっくりこない。
「それで、卵を寝床から移動した後は、竜王の森の魔物の出現回数がもっと増えるそうです」
「「「「.........」」」」」
今度は、全員が言葉を失った。今でも魔物の出現回数が増え大変だと言うのに、これ以上増えると言うのか。頭が痛くなりそうだ。
「竜王様は森の瘴気を体内に取り込み、魔力に変換して生命を維持するそうです。その竜王様が不在になることで、森の瘴気が濃くなり魔物の発生が倍増するみたいです。
この卵も瘴気を取り込み成長しているみたいですが、今後は私の魔力で補うことになります。寝床からも移動するので、更に魔物の発生が増えると書いてあります」
彼女の言葉を聞いて、前竜王様の終焉以降に魔物の出現回数が増えた理由に納得がいった。魔核が必要だから魔物が増えたのではなく、魔物が増加することが分かっていたからこそ、それを逆手にとって魔核を利用するということだ。
その後、浮かび上がった文字を読み進めて行くユイさんの表情が、突然険しくなったことに俺達は気が付いた。黙り込み文字を何度も読み返す彼女。その様子を見ていた四人全員が息をのみ、彼女の次の言葉を待った。
「魔核を使えば結界を強化できることは、書物に書き残すことも、言い伝えることも絶対にしてはならないそうです。魔核を竜王の口に入れる人間も最小限にし、他言させるなと厳しい口調で書かれています」
「何故じゃ!? それが分かっておれば、これ程までに焦ることはなかったものを!?」
国王陛下が言いたいことは尤もだと、俺も思った。
「理由はそれです」
国王陛下の言葉を聞き、ユイさんが返した言葉に、皆が疑問符を浮かべる。
「ユイ様、それはどういうことでしょうか?」
エイベル宰相の言葉に頷き、ユイさんはその理由を語り始めた。
初代の竜王様は代替わりの際、魔核を使った結界の魔力補填を思いついた。
人間の魔力だけで結界を維持するのは難しいと判断し、次代の竜王様が育つまでの期間、結界が不安定になることを懸念したからだ。
竜王様が不在になれば、森の魔物が増加することも分かっていた。だからそれを利用することを思いつき、自分の寿命を削ってでもと、この国を守るために思いついた策。だがバカな人間は初代竜王様の想いに気付かず、竜王様への尊敬の念を薄れさせていった。
竜王様が二代目から三代目に代替わりする際、人間達は浅はかな考えを持ったのだ。この魔核を使った結界の補填があれば、竜王様がおらずとも、結界を張り続けることが可能なのではと......。二千年もの間、国を守り人々に安心と平和を齎した結界を、自分達だけでも維持できると勘違いしたのだ。
しかし答えは否。
初代の竜王様が作り出した魔核を使った魔力補填は、竜王様が終焉を迎えた時に自らの寿命を削り、竜王の魔力を竜の彫り物に込めるからこそ、成せることだったのだ。既に人間達に怒りを覚えていた二代目の竜王様は、崩御が近いにもかかわらず魔力を竜の彫り物に込める事を拒否をした。『我への尊敬の念を忘れた人間の為に、自らの寿命を削るつもりはない』と。
二代目の竜王様の言葉に慌てふためいた人間達は、自分達の考えがどんなに浅はかだったかを思い知らされ、竜王様に心からの謝罪を繰り返した。
その後人間達の謝罪を受け入れる代わりに、三つの条件を出すことにした二代目の竜王様。
一つ目は、異世界から転移してくる竜母は、竜王の森近くの何処に姿を現すかは不明とし、自分達の力で探し出すこと。
初代の竜王からの代替わりの際は、必ず竜母を見つけ出せるよう、出現場所は予め決まっていたのである。しかし、今後は一切出現場所を不明とすることとなった。
『自分達で竜母を見つけ出すことが出来ないような国を、竜王が守る必要はない』とまで言われたようだ。
二つ目は、魔核によって結界の魔力補填が出来るのは、最長で五年とすること。
それまでに成竜に育て上げ、次代の竜王になると決意させなければ、その後魔力の補填は二度とされない。ちなみに二代目の竜王様は、誕生した時点で次代の竜王になることが確約されていた。
三つ目は、魔核を使って結界の魔力補填が行えることは、後世に伝えないこと。
今回のように人間達が自惚れ、次代の竜王への敬意を忘れてしまわぬように、後世に伝える事は厳禁とされたのである。
「その後、三代目の竜母様が人間は愚かで、間違いを起こしやすい生き物なのだと、三代目の竜王様に話したそうです。平和な日常を当たり前だと思い込み、その幸せに気付かず失ってから嘆く、そんな愚かな生き物なのだと。
竜王様が結界を張り巡らせ、この国を守ってくれていることを、当たり前と思わず感謝するようにと、最後に記されています」
彼女の説明を聞き終わり、初めて耳にするこれまでの経緯に驚いた。竜王様を軽視し、尊敬の念が薄れた時代があったのかと......。
でももし、竜母様の出現場所が確定した上で、誕生と共に次代の竜王様が確約され、魔核での魔力の補填が出来ることを知っていたら、俺達はここまで必死になったのだろうか?
必ずしもそうとは、言い切れないと思った。
「そのような時代があったとは、思いも寄らなんだ。竜王様の為にも、後世の為にも、このことは秘密にするべきじゃな。そなた達も絶対に他言せず、このことは墓場まで持っていくのじゃぞ」
「御意にございます」
エイベル宰相、ケリー魔導師統括長、そして俺は頭を下げ陛下に誓いを立てた。
そして最後に、ユイさんが気付いた事を聞いて、なるほどと納得がいった。
「私の推測にはなりますが、初代の竜母様から私まで、全ての竜母は私と同じ国『日本』から転移して来た方だと思います。
竜母しか読めない字が日本語であること。千年前から定着したこの国の食文化が、日本独特のものであること。そして国の紋章に書かれている楓です。
あれは楓ではなく『もみじ』だと思います。もみじは日本の代表的な木で、楓ともみじは同じ種類の木ですが、細かいところが違うんです。あの紋章に書かれているのは楓ではなく、明らかに『もみじ』なんです」
「なるほど。ユイ様が竜母様に選ばれた理由の一つがそれですね」
「だと思います。きっと他にも理由はあると思いますが」
ユイさんは少し表情を暗くして返事を返したが、その彼女を抱きかかえている俺は、自分勝手なことを考えていた。竜母様に選ばれたのが、ユイさんでよかったと。
彼女からの話が終わった時「もうそろそろ立てそうなので、下ろしてください」と言われ、ユイさんをゆっくりと床に下ろした。まだ少し、ふらつきが残る彼女を支えるように腕を掴んだ。
「レオさん、ありがとう」
俺にお礼を言うと彼女は、国王陛下の方を向き「私は今後どうなるんでしょか?」と問いかけた。
「ユイ嬢はどうしたいのじゃ?」
「出来ることなら今のまま、騎士団第三部隊の宿舎でお世話になりたいです」
彼女がそう思ってくれていることが、何よりも嬉しかった。しかし
「それは難しいですね」
エイベル宰相が、眉間に皺を寄せながら答えた。
「竜母様も竜王様の卵も、国にとってはとても大切な存在なのです。騎士団の宿舎と言うわけにはいきません」
「でも私が一緒にいれば、卵は絶対に大丈夫なんですよね? どこにいても同じなら宿舎がいいです」
それでも引き下がらないユイさんに、エイベル宰相が不快感を表す。
「竜母様は卵と一緒に今日から、王城の客間にて過ごしていただきます。これは決定事項です」
「ウェンデ、そう意固地になるでない。ユイ嬢の気持ちも考えてやらねばのぅ。そんなに騎士団の宿舎は、居心地がいいのかの?」
「はい。皆さん優しくしてくださいます。なにより、クラネルさんと、ラッセルさんが居てくれます」
「ほっほっほっ、クラネルとラッセルは余程、信頼されておるようだな」
「光栄です」と俺は頭を下げた。
「ではユイ嬢、これならどうじゃ。卵が孵るまでは王城の客間。仔竜が孵り落ち着いたら宿舎に帰るというので、どうかの?」
国王陛下がユイさんの希望に歩み寄った形になり、ユイさん以外の三人が驚いた。
「国王陛下の温情に感謝いたします」
ゆっくりと頭を下げて、感謝を述べるユイさん。
「その代わり、卵のことくれぐれも頼むぞ。何よりも大切な卵なのじゃ」
「肝に命じ、必ず自分の役目を果たします」
誓いの言葉を述べた時、体勢を崩して足元がふらついたユイさんの腕を、俺はまた掴んで支えた。
「まだ、歩くことは難しいようじゃな」
「大丈夫です。ゆっくりなら歩けます」
「ユイ様、今は意地を張らないでください。ユイ様が転んで卵にもしものことがあったら、どうしますか?」
俺の言葉にユイさんは黙り込んだ。
「今は甘えるべきです」
「ごめんなさい」
渋々了承した彼女をまた抱き上げると、俺は竜王の間を出たことろで待機していた近衛隊員に案内され、ユイさんがこれから過ごす客間へと向かった。
王城の中、卵を持っているユイさんを抱き抱えて歩いている俺を、すれ違う人がジロジロと見ては通り過ぎていく。
「レオさん、本当にごめんなさい。恥ずかしい思いさせてますよね」
「ユイ様、これは仕事です。遠慮する必要はありません。それよりユイ様、少し疲れたようですね」
顔色が優れない彼女に問いかける。
「落ち着いてきた今の方が怖くなりました」
「無理もありませんね」
「キャロルさんは、大丈夫でしょうか?」
「キャロラインですか?」
「第三部隊の騎士さんが亡くなられて、落ち込んでいるように見えました」
キャロラインの心配をするユイさんが、泣きそうな顔をしている。
「キャロルなら大丈夫だ。ユイさんが気にすることじゃない」
俺達の会話を聞いているであろう近衛隊員が、チラチラと俺の顔を見てくる。ユイさんの気持ちを和らげるために、俺が口調を変えたことが気になったのだろう。
「ユイさんは危険を犯してまで、卵を守りに来てくれた。相当な覚悟がないと出来ることじゃない。感謝してる」
俺の言葉を聞いて頷いたユイさんは、俺の肩にコテンと頭を預けた後、黙り込んだまま話さなくなった。
そして彼女がこれから過ごす客間に着くと、扉の前でキャロラインがユイさんの帰りを待っていた。
「ユイ様、ご無事で良かったです」
キャロラインの言葉を聞いて、それまで我慢していたのか、ユイさんの涙腺が欠壊した。
「キャロルさ~ん」
卵を抱き涙を拭うことも出来ないユイさんは、そのままボロボロと涙を流した。
「ユイさん大丈夫⁉︎」
驚いたキャロラインも、素に戻っている。
客間に到着すると、近衛隊員は扉の前で待機すると言って、部屋には入って来なかった。ベットにゆっくりと下ろすと、彼女はずっと抱きかかえていた卵をベットの中央に置き、キャロラインに抱きついて嗚咽が出るほど泣き始めた。
「ユイさん、そんなに怖い思いをしたのね」
キャロラインの言葉に、ユイさんは首を横に振る。
「わたし......なく、けんり、ない」
「泣く権利がない?」
彼女の言葉の意味が分からない。
「もっと、はやく、かく、ご、する......べき。泣いて、いい、のは...わたし、じゃ.....ない」
「もしかして、自分が覚悟を決めるのが遅かったから、隊員が死んだと思ってるの?」
ユイさんが、コクりと頷く。
「何馬鹿なこと言ってるの!」
キャロラインが本気でユイさんを叱咤する。
「そんなこと誰も思ってない。ユイさんに感謝することはあっても、責める人なんていない」
露草色の彼女の目にも、涙が浮かんいる。
「じぶん、が、ゆるせ......ない」
ユイさんを優しく抱きしめ、自分自身も涙を流しているキャロライン。声をしゃくりあげながら一生懸命に話すユイさんに、胸が痛くなった。
「それでユイさんは、あんな危険な事を。責任を感じて卵を守ろうとしたのか」
なぜ危険を犯してまで、彼女は洞窟に来たのだろうと疑問に思っていた。竜母様になる覚悟をしたと言っても、そう簡単に危険な洞窟に来れるとは思えない。でもこれで、彼女の行動がやっと理解できた。
自分を許せないからこそ、自分に出来ることを全力でする覚悟をしたのだろう。自分の事よりも、他人を大切に出来る人だとは思ったが、ここまで責任感が強いとは。その責任感の強さが彼女の急所になるのではないかと、俺は不安に狩られた。
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