29.【キャロルの心配】 改
ユイとクラネルの居なくなった竜王の間。バネットブルク、エイベル、ケリーの三人が壁に彫られた竜へと近づき、深く彫られた口の中を覗き込む。
「この中に魔核を入れると、5倍の魔力に変換されるとな」
「まさかそのような仕組みがあったとは、知らなんだぞ」
「陛下が知らない事がありましたね」
「前竜王の終焉後増えた魔物から採取した魔核は、どうなっておる?」
バネットブルクがエイベルに、威厳と落ち着きのある声で問いかける。
「集められた魔核は普段ならそのまま市場に回すのですが、余りにも数が多いため、魔核の価格暴落防止の対策として、倉庫に貯蓄されております」
「魔核の価格暴落を懸念して行なった対策が、功を奏しましたね」
ケリーがエイベルに、賞賛の笑顔を向ける。
ちなみに魔核と魔石は、魔道具のエネルギー源として市場で取引されている。
魔石採掘や魔物討伐を生業とする者からすれば、魔核の大量流出は生活を脅かすことになりかねないのだ。
「全ての魔核の魔力鑑定を行い、全体の魔力量を算出いたします。それにまだ、地方の魔物討伐部隊が帰ってきておりませんので、魔核の量はもっと増えますね。私の概算では既に、倉庫に4万近い魔力の魔核があるでしょう」
「つまり20万の魔力に変換されるとな」
ケリーの出した概算に、エイベルが呆れるように驚いた。
その後は中断されていた会議を再開し、これからの結界強化の為の政策が話し合われた。
今は魔力量の高い者(主に魔導師と王族)が魔力を結界に注ぎ、1日1万の魔力で結界を張っているのだが、今後は魔核も使われる事となった。その為今後は、治癒魔法の使える魔導師からの魔力補充は最低限とし、魔物討伐部隊への同行を優先とすることとなった。
2000の魔力を魔導師が補充するより、魔力量400の魔核を魔物から採取する方が効率がいいのだから当たり前と言える。
今後竜王の森の魔物が増えることを懸念したが、魔導師が同行出来るのであれば騎士達への負担も少しは減るだろう。現在魔力1万で張られている結界も、それ以上にすることも可能となりそうだ。
ちなみに、魔物によって魔核の保有する魔力は大きく違う。
ゴブリン 魔力 5
オーク 魔力 10
オーガ 魔力 20
ホーンラビット 魔力10(大型は魔力30)
バジリスク 魔力 50
コカトリス 魔力 40
アルラウネ 魔力 30
ハーピー 魔力 30
グリフォン 魔力 50
ワイバーン 魔力 70
サーペント 魔力 70
マンティコア 魔力 60
アンフィスバエナ 魔力 150
個体差にもよるが、森に出る魔物は概ねこんな感じだろう。
会議終了後、エイベルがケリーとクラウドを引き止めた。エメラルドの瞳を逸らさず、二人の下へと近づく。
「例の魔物の件、頼んだぞ」
「既に魔法陣から何かわからないか、調べさせております」と、ケリーは鼻にかかった眼鏡を中指でクイッと持ち上げた。
「こちらも隠密を走らせております」
クラウドは赤紫の瞳を光らせながら、返答をする。
「ふむ、任せたぞ。ところで竜母様のことだが、二人はどう思う?」
「どう思うとは?」
クラウドが眉間に皺を寄せて、疑問符を浮かべる。
「王城へ来ることを強く拒まれていたが、私には理由がわからん」
エイベルの言葉に、二人はなるほどと頷く。
「竜母様は最初から高貴な扱いを受けることに、強い嫌悪感を示されていたな」
「不思議な方ですね」
「高貴な扱いを嫌う? 私には理解できん」
エイベルは、戸惑いにも似た表情を表す。
「陛下は卵が孵った後は、竜母様が騎士団の宿舎に戻られることを了承されたが、本当にそうされるのだろうか?」
「王城に住めば、宿舎に帰りたいなど言わんと思うがな」
ケリーの疑問に、有り得ないだろうと言う顔をして答えるエイベル。
だが、クラウドとケリーの考えは違った。
「あの方なら帰りたいと言い出しそうだぞ」
「そうでしょうね」
クラウドはユイの宿舎食堂での行動や、クラネル、ラッセルと楽しそうにしている話を耳にしていた。しかも当初の話し合いの言動から、相当な頑固者だろうと感じてもいるのだ。
「陛下の言動を見るに、竜母様をかなり気に入られたご様子。どの様な判断をされるか、皆目検討がつかんな」
エイベルはそう零すと、会議室を後にした。
夜遅くにクラウドの下を、ユイの部屋の見張りをしていた近衛隊の騎士が訪れた。クラウドがユイの様子を報告するようにと、指示を出していたのである。
「それで、竜母様のご様子は?」
「今は泣き疲れて眠られております」
「泣き疲れて?」
クラウドが疑問を投げかける。
「クラネル卿、ラッセル卿との会話が聞こえたのですが、どうやら討伐隊員の死に責任を感じているご様子でした」
「なんだと? どうしてそうなる」
「自分がもっと早く竜母になっていれば、彼らは死ななかったのではないかと、思われたようですね」
「それであの行動か」
納得と不安が混ざったような表情を見せるクラウド。
危険を犯してまで、竜の卵の元へと向かったユイ。その行動がどうしても腑に落ちなかったクラウドは、納得と共に溜息を漏らした。自分が思っている以上に彼女は強く、そして脆い存在だと。
「それで、竜母様は大丈夫なのか?」
「クラネル卿とラッセル卿の御陰で。今はラッセル卿がついております」
「今日はラッセルに任せるしかなさそうだな」
「あの......」
奥歯に物が挟まったような様子の騎士。
「はっきりと言え」
「竜母様とクラネル卿の距離が近いように感じたのですが、私の勘違いでしょうか?」
「まぁクラネルなら、近づきすぎる事はないだろ」
「ロブ・ナイトと言われる男ですよ!?」
クラネルは相手の魔力を奪う固有魔法と女性の心を奪う見た目から『ロブ・ナイト』と巷では呼ばれているのである。
彼は竜母であるユイが、クラネルに想いをよせているのではないかと、心配しているようだ。
「話を聞く限りでは、竜母様にかなり信頼されているようだ。それに竜母様のクラネルに対する接し方は、今まで彼に好意を向けてきた女性とは明らかに違うようだし、そう心配するな」
クラウドの言葉に納得がいかない様子の彼ではあるが、それ以上口にすることはなかった。彼の心配は取り越し苦労になるだろうと、その時のクラウドは思っていた。まさかクラネルの方が、ユイに心を奪われているとは知る由もない。
ユイの寝室となった王城の客間。
天蓋付きのベットに横になり、竜王の卵に寄り添うようにして、静かに眠るユイを見守るラッセル。
宿舎の客間とは比べ物にならない広さと、高価な調度品の数々に、落ち着かない様子を見せていたユイ。何度も「宿舎に帰りたい」と告げるユイを宥めるのには、苦労した。
竜母様であるユイが、騎士団の宿舎で寝泊りしていたこと自体が、有り得ないことなのだと諭しても、彼女には受け入れがたいようだった。
とりあえず今日は、ラッセルがここに泊まると言うことで納得はしてくれたが、明日以降もという訳にはいかない。これから魔物の出現回数が上がることが予想される中、明日からラッセルも魔物討伐に復帰することが決まったのだ。
今後ユイの護衛は、近衛隊が行う。
今までのように会うことが出来なくなることを、ラッセルは彼女に告げることが出来ないでいた。今の情緒不安定なユイを一人にすることが不安で仕方ない。だがラッセルに出来ることも限られるのだ。
それはきっとクラネルも同じだろう。
自分達二人を受け入れてくれたように、彼女ならきっと王城での生活にも少しずつ慣れてくれるだろう。ラッセルはそう自分に言い聞かせ、ユイの幸せを祈るような気持ちで、彼女の黒く艷やかな髪をそっと撫でた。




