27.【国王陛下の御前で】 改
竜の像の足元に、薄水色の卵を抱えたユイさんを見つけ、一瞬俺の思考は止まりそうになった。今朝、自分の命に代えても守ると誓った女性が、目の前でアンフィスバエナの猛威に晒されている。守るために駆け寄ろうとすると「竜王の結界があるから大丈夫」と、震える声で叫ぶ彼女。
彼女の左腕に、先程までなかった黒い腕輪が嵌められており、それが関係しているのだろうと予想はできた。
彼女と言葉を交わしていた俺に、一瞬の隙が出来てしまった。アンフィスバエナが彼女に向いて、大量の酸を撒き散らした時には、肝が冷えた。だが彼女が言った言葉は本当で、ユイさんの周りを取り囲むように現れた結界によって、アンフィスバエナの強力な酸が、ただの水のようにサラサラと流れ落ちていく。
だがそれでも、足は自然と彼女の方へと向いてしまう。
しかしそれを拒むように、強い口調で「私は大丈夫」と叫ぶ彼女の瞳は、自分を信じて欲しいと言っているように感じた。それなら俺がやることは、彼女を信じて少しでも早く、目の前のアンフィスバエナを倒すことだけだ。
俺達隊員の事はすでに目にも入っていないようで、アンフィスバエナはこちらに背を向けて、ユイさんと卵に向いて攻撃を続けた。こちらに見向きもしないのだから、仕留めるのは難しいことではない。
続けざまに風魔法【風の刃】水魔法【水の刃】をアンフィスバエナの双頭の首にぶつける。その後も攻撃は難なく進み、左の頭に止めの爆発魔法【火槍の爆】を打ち込めば、そのまま倒れて動かなくなった。
最後はアンフィスバエナの全ての魔力を奪うために、俺の固有魔法【魔力吸収】を最大出力にして、右の首を切り落として霧散させた。アンフィスバエナが消えホッと息を吐いて彼女の方を向くと、彼女も安心したように、抱きかかえている卵に頬を寄せていた。
ユイさんに駆け寄ると、思わず彼女を責めるような言葉を言ってしまった。
ユイさんに何もなくて、本当によかった。彼女を傷つけられるかもしれない。もしかしたら失うかもしれない。そう思うと本当に怖かった。初めて魔物討伐に出た時よりも、自分の死を覚悟した瞬間よりも......。
自分も怖い思いをしたはずのに、俺を心配して優しく微笑み、顔を覗き込んでくる彼女。自分の事で精一杯だった俺は、自分の器の小ささに、呆れて溜息が漏れた。それを誤魔化すように、俺はユイさんの頭をくしゃっと撫でて、その場を離れた。ホント情けねぇ。
ユイさんの元を離れた俺は、あの黒尽くめの男と対峙している、ウィル達の元へと急いで向かった。しかし、すでに黒尽くめの男の姿はその場にはなく、頭から血を流して倒れている隊員の下へ駆け寄る。その他の隊員も疲労困憊の様子で、あの黒尽くめの男の実力が思ったより高いことが伺えた。
まぁ、隊長の片腕を奪うぐらいなのだから、弱いわけもないのだが。
「あいつはどうした?」
「すまない。アンフィスバエナがやられた瞬間、勝ち目がないと思ったんだろう、転移で逃げられた」
「そうか。とりあえず竜母様も卵も無事だったんだ」
そう言って俺は、ウィルの肩を軽く叩いた。
怪我をした隊員に、回復ポーションを飲ませ止血した後、ユイさんの下に戻る。すると、隊長が彼女に話しかけていた。その様子を少し離れたところから、他の隊員達と一緒に伺う。
「しかし、竜母様が居たときは驚いたな」
「でも竜母様が卵を守ってくれた御陰で、攻撃に専念出来ましたね」
「確かに。竜王の結界ってなんだろうな? 凄かったけど」
「えっ、なんでユイ様がいんの? しかも卵抱えてるし」
「ウイル達は黒尽くめと戦ってたから、知らないんだっけ。卵を守るために来たらしい」
ウイル達はユイさんが現れてからの経緯を聞いて、目を丸くしたり、冷や汗をかいたり、顔を顰めたりしている。
「あの人、無鉄砲なの?」
ウイルの言葉には、ちょっと笑った。
「自分に出来ることがあると思ったら、考えずに突っ走るタイプかもな」
「お前、苦労しそうだな」
ウイルの言葉に、俺は苦笑いをした。
「竜母様が無鉄砲で、なぜ副隊長が苦労するんですか? あっ、護衛ですもんね」
若い隊員のケントが、一人で納得している。
「そうじゃなくてだなぁ」
ウイルが俺の顔をニヤニヤと見ながら、ケントに話かける。
「余計なことを言うな。それにお前の勘違いだ」
「ふぅ~ん。勘違いねぇ。まぁいいけど」
俺は何でもお見通しだ、と言わんばかりのウイルの顔に、正直イラっとした。
その時タイミングよく、俺は隊長に呼ばれた。どうやら彼女は今の戦いを見て、腰を抜かして、立ち上がることが出来なくなったようだ。俺は心の中で喜びながら、彼女を抱き上げた。
彼女に「迷惑をかけて、ごめんなさい」と謝られた時、嬉しいと思っている気持ちを誤魔化すのが精一杯だった俺に、ウィルがまたちょっかいを出してくる。こいつホントに、めんどくせぇ。
転移で王城の地下に帰ると言う彼女を、卵ごと抱き上げ竜の像に近寄る。転移魔法を見たことはあっても、自分が経験するのは初めてだった俺は、少しワクワクしていた。それなのに転移が始まった途端に「このまま帰っちゃダメ」と叫び出したユイさん。何か手順を間違えたのかと思った俺は、焦ってしまった。
そして、転移した先は彼女が言っていた通り、王城地下にある竜王の間と言われている場所だった。その場所に自分達が姿を表した瞬間、俺は彼女の言葉の意味を完全に理解できた。
そこで彼女の帰りを待っていたのは、国王陛下、エイベル宰相、ケリー魔導師統括長の三人だったのだ。その場所に、俺にお姫様抱っこされたまま帰ることになると気が付いたときには、遅かったのだろう。
「レオさん下ろして~!!」
「陛下、無礼をお許しください」
彼女を抱えたまま頭を下げる俺を見て、国王陛下は笑い始めた。
「はははは、ユイ嬢はどうされたのじゃ?」
「竜王様の寝床で大型の魔物との戦闘があり、それをご覧になられまして」
「レオさん、いいから下ろして~!」
「下ろしてもいいですが、ユイ様立てますか?」
「立てます。立てますから」
卵を抱えたまま、今にも暴れ出しそうな彼女をゆっくりと下ろすと、思った通りその場にしゃがみ込んだ。
「そうなると思いましたよ......」
「だって~!!」
「ユイ嬢、儂の前じゃからと気にせんでもよいよい」
国王陛下はニコニコと笑っており、それが口先だけの言葉ではないと思えた。
冷たい石の床にユイさんをそのままにする訳にもいかず、俺はまた彼女を抱き上げた。
「すみません」
彼女はまた、謝っている。
「それよりクラネル卿、魔物に襲われたと言うのは本当ですか?」
ケリー魔導師統括長の言葉に、その場の雰囲気が一気に変わった。
「はい。どうやら敵は、入口で護衛をしていた隊員を殺した後洞窟に入り、転移の魔法陣を描いて一度戻った後、大型の魔物を連れて戻ってきたようです。魔物は討伐出来たのですが、男は取り逃がしました。申し訳ありません」
「卵もユイ嬢も無事だったのじゃ。よいではないか。ただ今後のことについては、早急に話し合わねばならぬな」
国王陛下の言葉に気を引き締めると、今後の事で伝えなければならないことがあると、ユイさんが言い出した。
「壁に浮かび上がった言葉で、まだ皆さんにお伝えしていない事があるんです。さっきは急いでいたので、まだ全ては読めていないのですが」
真剣な表情を見せている彼女は、一体何を伝えようとしているのだろうか。
ひっそり、こっそり、サブタイトル付けてみました。
「あらすじ」もちょっと変更。




