20.【マルシェデート③】 改
広場から少し離れた人通りの少ない場所。
「ユイさん、巻き込んですまない」
俯いた彼の綺麗な顔が、申し訳なさで歪んでいる。
私は彼の前に立つと、レオさんの頬を両手で挟んで「男前が台無しですよ」とおどけてみせた。
「すまない。キャロルと街に来ていたら、こんなことには」
深い紫の瞳を伏せながら、言葉を紡ぐレオさん。
「そんな事言ったら怒りますよ」
「しかし......」
「レオさん、今日はデートなんですよね?」
「えっ?」
私の言葉に驚いた表情を見せ、顔を上げる彼。
「じゃあ、今からデートのやり直ししましょう。まずはお詫びに、代わりの服を買っていただけますか?」
彼のシャツをこのまま借りれば、服なんて買う必要なんてないかもしれない。だけど、今は敢えて服を買って欲しいとお願いをした。彼が少しでも、負い目を感じなくてすむように。
「それはもちろんだ。でもそれだけじゃ申し訳ない」
「その後はお昼ご飯食べて、ゆっくり街の案内してください。それでお詫びは終わりです」
「全然お詫びになってない」
「レオさん、もう謝るのは止めてください。デートが楽しくなくなります」
「......ありがとう。ユイさん」
まだ申し訳なさの残った表情の彼の手を引いて、私は石畳の道をまた歩きだした。
服飾系の商店が立ち並ぶ一角。若い女の子向けの洋服を販売しているお店に入ると、中年の女性店員さんに「彼女に似合う服を数点お願いします」と告げるレオさん。
「レオさん。一着でいいです。今着て帰る服があれば充分です」
「それじゃ俺の気が済まない。これはお詫びだ!」
お詫びの部分を、強調して言われてしまった。
「そんなつもりで言ったんじゃありません」
「わかってる。でも俺の気持ちだから」
「引き下がる気はないようですね。......仕方ありません。じゃあ1枚だけ」
私はこれみよがしに大きく溜息を付き「ありがとうございます」とレオさんに頭を下げた。
私達のやりとりを見ていた店員さんは「これなんてどうですか?」と腰に細めの茶色いベルトがついている、シンプルなデザインの薄水色のシャツワンピを持ってきた。私がワンピースの上に羽織っている、サイズの合わない大きめのシャツが、彼のものだと気付いているのだろう。ニヤニヤとしている。
「シンプルなデザインで、彼女にお似合いだと思いますよ」
彼にもう一度念押しする店員さん。
これ着たらお揃いに見えるよね? 違うんです。私達恋人同士じゃないんです。焦っている私を無視して「じゃあ、それください」と答えるレオさん。
「ユイさん、着替えて来てください」
店員さんから受け取った服を、私に手渡す彼。
「レ、レオさん、これはダメです」
「きっと似合うと思う」
満面の笑顔で言われ、私は反論が出来なくなってしまった。
「......着替えてきます」
断ることを諦め、チラリと店員さんを見ると『私いい仕事したでしょ!?』と、言わんばかりのどや顔をされた。
試着室で手渡された服に着替え表に出ると、私が返したシャツを着たレオさんが立っていた。
うぅぅぅぅ。どう見てもお揃いにしか見えない。これは不味い気がする。額に手を当て、苦笑いをしながら試着室を出ようとすると、足元に新しい靴が準備されていることに気が付いた。
「???」
「その服にどうかと思って。履いてきた靴より、こっちの方がその服には合うだろ? あともう一枚は......」
「レオさん、もう充分です」
彼の言葉をピシャリと遮る。
「今度は折れませんよ」
「そうだった。ユイさんは頑固だったね」
「お互い様です」
私はわざとらしい笑顔を作って返事をした。
新しい靴を履き、鏡の前に立ってみた。選んで貰った靴は、言われた通り新しい服によく似合っている。そして気になるのは、私の隣に立つレオさんだ。なぜそんなに、満足気な笑顔なのだろうか。
鏡に映る二人は、どう見てもお揃いの服を着た恋人同士。しかし彼の隣に立つ自分が、余りにも不釣合な気がして、申し訳なさで溜息が漏れる。
「よく似合ってる」
深い紫の瞳を細め、優しい笑みを向ける彼。
「......」
彼の言葉が嬉しいはずなのに、私の気分は浮かばない。
「どうした、気に入らないか?」
「いえ、すごく気に入りました。だだ......」
鏡の中の自分を見て、また溜息が漏れる。
「ただ?」
「(レオさんの隣に立つには)自分に自信がなさすぎて......」
もう一度、溜息が漏れる。
「なぜそんなことを言う。ユイさんは充分魅力的だ」
「そ、そんなお世辞いりません」
この人は一体何を言ってるんだ。彼の言葉に驚いたが、お世辞だと分かっていても、嬉しいと思ってしまう自分が悲しい。
それでも、頬が少しだけ熱を帯びている。
その後レオさんが支払いをすませると、私達は今まで着ていた服と靴が入った袋を受け取り店を出た。
「レオさん、本当にありがとうございます」
自分の右側を歩いている彼を見上げながら、お礼を伝える。
「俺の方こそ、お礼が言いたい」
「私、お礼を言われるようなことしてませんよ?」
「デートのやり直しをさせてくれた。あのままじゃ、嫌な思い出になってしまったからな」
深い紫の瞳がまっすぐ見つめてくる。なんだか恥ずかしくなり俯いて「これって本当にデートなんですか?」と問いかけてみた。
「俺はそのつもりだけど?」
「そうですか。ならこれは、私の初デートですね」
「そう、なのか?」
「おかしいですか?」
問い返して彼を見上げると、レオさんは口元を抑えて、顔を反対側に反らせていた。二十歳にもなって初デートとはと、笑われてしまったのかもしれない。
マルシェに戻り、お昼ご飯に作りたての『おにぎり』と『緑茶』を買った。まさか緑茶まであるとは、この国の食文化には恐れ入った。最早納豆が出てきても驚かないだろう。
ただ緑茶はルフィナ茶よりも高級で、宿舎の食堂には置いていないらしい。それがちょっと残念。
広場の片隅にあるベンチに座り、二人でおにぎりを食べながら、行き交う人々を眺める。
追いかけっこしている子供達と、それを怒るお母さん。奥さんの手を引いて歩くお爺さん。大荷物を抱え、奥さんの後を付いていく旦那さん。手を繋ぎ、寄り添って歩く恋人同士。
このマルシェには、たくさんの笑顔が溢れている。
その笑顔を見ている私も自然と笑顔になり、幸せのお裾分けをしてもらっている気分になった。私が竜母になるということは、この人達の笑顔を守ることにもなるのかな!?
「レオさん、私覚悟が決まりました。明日、竜の卵に会いに行ってみようと思います」
まっすぐ前を見ながら、彼にそう告げる。
「本当にそれでいいのか? 納得、出来たのか?」
「はい、ここに来て良かった。私がやるべきことがはっきりとわかったから」
「ありがとう。必ず俺達がユイさんを守るから」
右隣に座る彼を見上げると、深い紫色の瞳と目があった。
「よろしくお願いします」
私はもう迷わない。
「この後はどうする?」
「街の中を歩いてみたいな」
「じゃあ、適当に歩こうか」
彼はそう言って私の手を取ると、立ち上がり歩き始めた。
また、手繋ぐんだ!? 少しだけ、私の心が跳ね上がった。
西の広場から王城へ繋がる大通りを、話をしながらゆっくりと歩く。
「レオさん、さっきの女性の事聞いてもいい?」
聞くことを躊躇う気持ちもあったが、気になるものは気になるのだ。
「もう何年も前から交際を申し込まれていて、ずっと断っている。付き纏われてると言っていい」
「そっか、元恋人とかかと思った」
「恋人がいたことはない」
「ないの?」
こんなカッコイイ人に、恋人がいなかったなんて不思議。
「正直にいえば、特定のかな」
彼はすごくばつが悪そにしている。
「十代のころは色々あったが、今は女性と付き合うつもりも結婚するつもりもない」
「縁談も断ってるって言ってましたね」
「あぁ、そうだな。隊長のところには話が来ているらしいが、受けるつもりがないと言ってあるから、俺のところに話が来ることはない」
少しの沈黙の後、彼が遠慮気味に「ユイさんは?」と問いかけてくる。
「今までデートもしたことない私に、恋人がいたと思います?」
「たしかに」
「今は運命の人が現れるのを、待ってるところです」
少しおどけるように答えると「現れるといいな」と、呟くように彼に言われた。私の手を優しく包み込むレオさんの大きな手に、少しだけ力が込められたような気がしたのは、気のせいだろうか。
暫く歩き大通りを半分くらい進んだ所で、遠くの方から馬が駆けてくる音が聞こえた。
「ユイさん、ちょっとごめん」そう言って、立ち止まったレオさん。
「クラネル副隊長、至急宿舎にお戻りください」
大通りを前から掛けてきた二頭の馬に乗った騎士さん達が、レオさんの名前を呼ぶ。
「どうした?」
「竜王の森で、緊急事態が起きました」
馬から降りた騎士さんから、詳しい説明を受けるレオさん。邪魔にならないよう、私はレオさんから離れ馬に歩み寄った。二頭の馬のうち一頭はクレイで、私は彼に「迎えに来てくれたの?」と話しかけた。
騎士さんから話を聞いている彼の周りの空気はさっきまでと異なり、穏やかだった表情は厳しい形相へと変わっていった。
「ユイさん、直ぐに帰らなければいけなくなった。もう少し街をみたいなら彼らに」
「いいえ、レオさんと一緒に帰ります」
彼の言葉を最後まで聞かず、私はそう答えた。
「急ぐから飛ばすけどいいか?」
「大丈夫です」私は大きく頷いた。
クレイに急いで飛び乗った彼に引き上げられ、私は定位置に座ると彼の服を掴んだ。
「それじゃ危ない」
彼は私の両手を自分の腰に回し「しっかり捕まって離すな」そう言うと、クレイを直ぐに走らせた。彼に抱きつく形になり焦ったのは最初だけで、予想以上の速さで街中を駆け抜けるクレイの上で、私は怖くてギュッとレオさんにしがみついた。
きゃぁぁぁぁ、馬ってこんなに早く走るの? おしりが~!!
緊迫した状況をちゃんと理解出来ていなかった私は、そんな呑気なことを考えていた。
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