深淵を照す一筋の光
龍造寺隆信の最後を伊東義祐は見ていた。否、見ていることしかできなかった。
伊東家は幾度となく大友家との小競り合いを行ってきた。立花道雪隊とも何度も矛を交え、埋めがたい戦力差を誤魔化し欺いてきた。
勝てはせずとも戦死者を極力減らす撤退戦を繰り返し、決戦の兵力を温存することで一気の侵攻を抑止してきたのである。
だが今相対しているその男は以前の立花道雪とは全く異質な雰囲気を纏っている。
以前の奴は武勇も高く頭もキレるものの、どこか荒々しい気を放っておりつけこむ隙も存在した。
しかし今は森の神域を思わせるような余裕を纏い、死体を焼き焦がしながら地獄の業火に彩られた道を悠然と進んでいる。
以前は前衛数人を焼き、その周りを焦がす程度に留まっていた雷炎。
去れども目の前には百人を越えようかという死体、大勢の負傷者で阿鼻叫喚となっている。
明らかに成長していることを伊東義祐は頭ではなく、背を流れる汗によって感じ取っていた。
再びゆっくりと上段に構える立花道雪を視界に捉えた。狙いは龍造寺隆信隊の残党のようだ。
「隆信隊の指揮は某が引き継がせて頂く!!!この場に残れば炭と成り果てようぞ!!!動けるものは怪我人を運び速やかに本陣へと帰還せい!!!!殿はこの伊東義祐がつとめん!」
挺身の作戦。危険を一身に受けることを覚悟した男の姿。
龍造寺隆信の戦死に怒るもの、恐怖するもの、狼狽するもの等様々であった。しかし両隊は見事な伊東義祐の撤退によりそれ以上の被害を抑え本陣へと帰還を果たした。
撤退の際に立花道雪より目を離さなかった彼は1つの疑問を抱く。
なぜ潰走状態に近い我が隊を追撃しない?
格好の的であり、島津の戦力を削ぐ絶好の機会であったはず。
特設の物見櫓から一部始終を観察していた九重鉄山も伊東義祐と同様の疑問を抱いた。そして遠くからでもよく見えた刀の光の増減は彼にある仮説をもたらした。
戦を有利に進めるには妖の力を全面に押し出し続ければ良い。あれほどの威力をもってすれば群がる雑兵を全て叩きつぶし、敵将の首をとることも難しくはないだろう。
だかこれまでそのような作戦をとっては来なかった。
戦の伝統のため?兵の練度の問題?流儀の貫徹?
どれを考えてもしっくり来るものではない。
となればおそらく何かそれをしない理由があるのだろう。
間違いない。あの力には制約がある。
敵は目前、軍議を開く時間はない。
されどこの情報は、奴らの無敵の陣形を切り崩す一手に繋がるやもしれぬ。
お久しぶりです。
またゆるりとやっていきます。




