大国の本領
水分を多く含む夏の暁風が彼の頬を優しく撫でる。
夜露に濡れた若草は昇る朝日に照らされ光輝いていた。
大軍の先頭部隊を率いて行軍していた立花道雪は件の忌まわしき平原へと到達していた。
島津家は此度の戦もここに陣を構築し、大友を迎え討たんとしているようだ。
「兵力は先の負戦により逆転されてしまった」
昇る血液を深い呼吸で鎮める。しかし如何に隠せどもほどばしる闘気に、長年使えてきた直轄軍さえも畏れおののいていた。
六万にも及ぶ大兵力。
その巨体は道ゆく草花を踏み潰し、大気を痺れさせ、島津の大地を悠々と行軍する。
今の兵士達の顔つきは前回のそれとは大きく異なっている。
島津は強敵だ。
我々の全てを以て戦に臨まねば奴等はそれを越えてくる。
どの程度功績を伸ばせるか仲間内で競う戦いではない。
同等の強者達を捩じ伏せるために我ら一本の槍となり、大友家の覇道を日ノ本に示すのだ。
眼前に広がる島津の大軍はその数およそ七万。この短期間で土塁と馬防柵を補修し、更には物見櫓を改造しているように見える。
しかし此方も前回の教訓から学び、馬鎧を先鋒の騎馬隊に装備させた。兵は弓矢の対策のため厚手の甲冑を着用していたが、前回は馬の守りが手薄であったため馬を撃ち抜かれ機動力を削がれてしまった。
更に龍造寺隆信の裏切りによって血気盛んな前衛達は軒並死地に赴くこととなってしまったのだ。
虚を突かれ浮き足立った者。訳も判らぬうちに鉛玉の雨をうけ、日々研鑽を重ねた実力を発揮する機会も与えられず死んでいった者の無念。
彼らは何も悪くはなかった。
家のため、勢力のため、己の武勇を示すため、彼らには様々な願いがあり想いがあった。
皆、未来に夢があったのだ。
腰の雷切にゆっくりと手をかける立花道雪は散っていった者達一人一人に想いを馳せる。
落ち着いた表情が徐々に変貌する、とともにゆっくりと柄に力を込める右手。
スラッと刀身が空気に触れた瞬間に煌めく紅焔が周囲へと拡散し、すぐに鍔から鋒を覆うように形を変えた。
「一番槍は某が貰い受ける。異議を唱えるものはおるか」
地獄の鬼のような威圧感のある、がどこか優しげな立花道雪の声に反対する者は一人とて居なかった。
「道雪よ」
大友軍総大将である大友宗麟は軍の中心から前線へと移動していた。
「怒りは身を滅ぼす、と助言に来たつもりであったが無用のようであったな」
宿る怒気は炎刃へと凝縮され、凛と馬に跨がる道雪。神々しくも見えるその姿は不思議と安心感を与えるようであった。平時のそれには無かった柔らかな佇まいは、只でさえ優れた武将が敗北を糧としてその先へと成長したことを感じさせる。
(成ったな、道雪よ)
「お気遣い痛み入りまする」
「すまぬな、ワシに言えるのはこれだけじゃ」
大きく息を吸い込んだ大友宗麟はまるで全軍に聞こえるような大声でこう叫んだ。
「大友家に属する全ての兵に告ぐ!これより我らは島津家との因縁に決着を着けるつもりである!これはこれまでのような一方的な蹂躙ではない!同等の力を持った敵を更に力で上回り、完全に討ち滅ぼすものである!今こそ雌雄を決する時だ!皆一層士気を発揚し、我らの武勇をこの九州の空に轟かせるのだ!!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
決戦の時はすぐそこまで迫っていた。




