万雷の痛撃
「かっかっか。隆信はうまくやったようだのう、なぁ鉄山よ」
島津日新斎は高齢ではあるが身に纏う戦鎧姿は生涯を戦争に捧げてきたというだけはあって凛とした佇まいである。
「今のところは順調で御座いましょう。このまま敵は第二の矢をうけることになりますでしょうな」
これはまだ作戦の第一段階である。
相手視点ではこの混乱は比較的新規加入した龍造寺隆信が功を焦ったと考えることになるだろう。
そう。まだ彼の裏切りはバレていないのである。
寝返りというのは戦において大きな威力を発揮する。
もしガチガチに固めた前線の一部が敵軍へと内通しており、部隊丸々寝返ったとしよう。
すると内通部隊の両端にも前線が発生するために裏切られた軍は前左右の多正面作戦を強いられる事となるだろう。
更に質が悪いのは後方の部隊が内通していた場合である。
その折は先鋒部隊が大きな危険に晒されることは言うまでもない。
有名なものは関ヶ原の戦いにおける小早川秀秋の東軍への寝返りであろうか。
味方に囲まれていたはずであるのに突如として何倍もの敵軍に包囲されていた大谷吉継の無念は想像に難くない。
それを防ぐ方法は絶対的な防諜力、そして義と利の天秤を上手く調節してやることである。
等と考えていると突き進んできた龍造寺隆信隊の何人かが我が鉄砲隊の射程へと入り始めた。
しかし鉄砲隊は撃鉄をあげたまま待機している。
大半が射程に入った。撃ちかける絶好のタイミングだろう。
しかし火縄は静かに狙いを着けているのみである。
「おのれ謀ったな!龍造寺隆信よ!!」
立花道雪はこの時に確信した。
龍造寺隆信は島津側についたことを。
しかし武勲のみに眼が眩んだ大友軍その他大勢にとっては違和感までは感じつつもその突撃を止める判断を下すまでには至らなかった。
隆信隊に追随する後続部隊と他の突出部隊を充分に射程へと収めた
と同時に鉄山の振り上げた手が静かに敵方へ差し向けられた。
凄まじい雷轟が天地へと響き渡った。
震わす大気はそれまでの過程を問わず耳へ腸へ、そして戦意へと駆け抜ける。
蹄鉄、草鞋により打ち鳴らされた大地は新たな主ににその身を寄せた。
三千を超える火縄の初撃の衝撃はこの世界では初めてのことであり、日頃の鍛練を積んできた鉄山隊でさえ数秒は立ち眩むものがあらわれるほど凄まじいものであった。
火縄に長けた島津兵でさえ僅かな被害が出たのだ。
大友兵はその継戦能力を失うほどのショックを受け、初弾に撃ち抜かれた者の何倍もの放心する者が出た。
ここまでは第一の矢である。
そして作戦は次の段階へと移行されようとしている。
成功すれば大友は窮地に陥ることとなるだろう。
それを告げる鉄山の口元は狂喜に彩られていた。
「龍造寺隆信隊、反転し敵後方へ突破せよ」




