蛮熊の一撃
遥か遠くの空が震えている。
地面を踏み鳴らし続ける大軍の進行。
その振動はゆっくりと、しかし確実に迫ってきている。
鉄山は決戦が予想されるであろう平野へと到着していた。
大友軍は先日侵略を繰り返した西部ではなく旧伊東領である東部へと一斉に越境を開始した。
前線の兵は少なく容易に突破を許し、猛烈な勢いを孕んで南下していると斥候より情報が入った。
前線部隊の目標は大友兵を押し返すことではない。
必死で戦っているように見せかけ、尚且つしてやられたりという雰囲気を醸し出しながら後退することである。
勿論被害は最小限、生存して後方の決戦地へと帰還しろとの命を下してある。
この非常に高難度な任務を担うのはわが隊の中でも選りすぐりの精鋭達。
そう。俺が初めて内城に登った時に薙ぎ倒してやった侍達である。
彼らはあの悲しい事件より我が隊へと志願入隊し、厳しい訓練で知られているトレーニングメニューを更に増し増しにして鍛えあげた。
そして遂には我が自慢の特殊部隊となるまで成長を遂げたのである。
奴等は皆、並みでは無いため今頃上手くやってくれているだろうと信じている。
そんな事を考えていると退却部隊の先鋒が蹄鉄を打ち鳴らしながら戻って来るのが確認できた。
ということは大友軍はすぐそこまで迫っているということになるだろう。
「何故じゃ!島津を追いたてているというのに何故首の一つも取って来られぬのじゃ!」
津波のように押し寄せる大友軍の中央にて戦果の物足りなさを喚くのは大友宗麟である。
今までの戦と同じように攻め寄せてはいるのだ。
そして同じように敵は驚きと屈辱に顔を歪ませながら後退を続けては蚊が止まったような反撃を繰り返しているのである。
しかしいつもと異なるのは島津兵の見事な撤退戦により今のところ敵兵を一人も討ち取れていないことであろうか。
奴等は確かに大きな兵力差に怖じ気付き、混乱しているように見える。
しかしあと一歩の所で殲滅を行えずに後方への撤退を許してしまっているのが現状だ。
「わっはっは。殿、そう焦りなさるな。兵力に損害は与えられずとも我らは一歩毎に領地を拡大しているのですぞ。このまま追い詰めに追い詰めて炙り出して仕舞うのがよろしいでしょう」
有馬晴純が調子を取り持つ。
ただ当主の機嫌をとるためのみの発言のように思えるがこの有馬晴純の発言はある程度正しい。
本来前線は最も強固な防衛拠点の一つであり、それが押し込まれるということは何かしらの策がない限りは戦略の転換を余儀なくされるだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・」
立花道雪は完全に異変を感じ取っている。
島津兵が混乱の中で時折見せる組織だった行動が腑に落ちないのだ。
とはいえ自分の勘のみで練った大友家の戦争手順を変更するにはまだピースが足りない為、警戒するのみにとどまっているのだ。
「そうであるといいがのう。おお、あれは島津が築いていると噂の陣・・・・地・・・・・・?」
その時大友軍目の前に現れたのは報告通りの頓狂な陣地と
その隅々まで配備された報告の数十倍はいるであろう島津の大兵団であった!
事前の情報では度々西部へと兵の輸送を行っていたために多くても数千である。あったはずである。
しかし実際に布陣しているのは守りの鬼九重鉄山、四男坊島津又七郎、旧当主島津日新斎率いる重鉄砲兵団であり、待ってましたと言わんばかりに柵の後ろで撃鉄を起こしていたのであった!
「殿ぉ!これは島津の罠でございます!ここは一時撤退を!」
これ迄目算してきた戦力差と大きな乖離があるために継戦は危険だと判断した立花道雪はすぐさま混乱した当主へと進言する。
その時だった。
先鋒部隊を担当していた龍造寺隆信が
ぬらり
と刀を抜いた
と同時に
「我こそは大友家重臣、龍造寺隆信である!この戦において一番槍をもらい受ける!功を立てたき者は続けぇ!!」
と咆哮し、隊と共に島津陣地へと駆け出したのだ!
次々に後続部隊が吼えながら追随し、その顔は興奮に満ちていた。
これこそが鉄山の計略である。
勝ち戦の連続。
連戦に連勝を経るうちに彼らは無意識に戦を命のやり取りからスポーツハンティングのような一方的な蹂躙へと変化させてしまっていた。
勝利は当然。であるならば多くの功績をあげてやろう。
多少危険であろうとも臆していては名誉を逃すかもしれぬ。
その心理に斬り込む謀将の一手。
龍造寺隆信ら先鋒隊によって自制心のタガの外れた野心は決壊したダムのように彼らを敵陣へと駆り立てた。
制止しようとする立花道雪の声は最前線の雄叫びに飲み込まれ、水が低きに流れるが如く両軍の鋒が触れあおうとしていた。




