軍拡と戦の歴史
島津家の本城である内城より東へ位置する旧伊東家の佐土原へ九重鉄山は留まっている。
大名島津貴久の考えによって鉄山隊は更に人員が強化され、今では一万人を越えようとしている。
例にもよって新規加入した兵とベテランとでは練度に大きな開きこそあるものの皆鉄砲を使う上で最低限の訓練は行ってきたつもりである。
自国で火急に生産している火縄銃はギリギリわが隊を充足してくれているようだ。
鉄山隊はいままで籠城戦を行ってきた。
それには城門という盾で敵を防ぎながら弾幕をもって敵戦力を削ることがもっとも此方の被害を抑えながら戦う道であるからだ。
しかしながら戦というものはいつも思い通りにいくとは限らない。
城門とは強固ではあるものの最後の砦に他ならないからである。
破られれば最後そのまま敵軍に城を占拠されることと同義であるために安易に戦略に組み込むべきではないのだ。
だからこそ今回は鉄砲隊として初めて討って出る。
おそらく今回が鉄山隊にとって初めての野戦となるだろう。
鉄砲兵科は乱戦に極めて脆弱である。
それは一発発射するために弾ごめなどの幾つもの手順を踏む必要があり、迫り来る敵の刃はそんな事お構いなしに数太刀は切り込んで来るわけだ。
とりわけ何の準備もなければ騎馬隊こそ乱戦において鉄砲隊の天敵となるだろう。
第一射で敵の先鋒部隊を多少削れたとしても後続の突破を用いた展開速度はこちらの再装填時間より大きく優れ、近接戦に持ち込まれてしまうことは容易に想像できる。
少ない単位の騎馬隊と時を懸けて打ち当たることで初めて火縄が優位に立てるのだ。
城門の裏側という安全圏からの一方的な射撃はもう使えない。
ならばどうするか?
作ってしまうよりはない。
敵陸戦兵科、とりわけ速度と突破力に優れた騎馬隊を封じるための防備を。
そう。織田信長が長篠の戦いにより用いた騎馬隊キラーである防御方法、何重もの馬防柵と土塁を用いてみることにしている。
なぜ武田勝頼があの合戦で敗れたかには諸説あるものの事前情報の少なさであると俺は考えている。
端的に言えば騎馬隊は鉄砲隊と戦うことに馴れてはいなかったため、そして鉄砲隊は騎馬隊と戦うことを想定されて編成されていたためについた決着であろう。
そして今回もそれは成功する可能性が高い。
しかし唯一の懸念点は同じく未知の戦力である妖の存在だ。




