異形と決戦の火蓋
陣太鼓の音が冷える山風に乗って僅かに聞こえる。
大人数と推察される足音は未だに姿は見えねど大気を震わせている。
既に肝付軍は内城より数キロ先にたどり着いており、まもなく陣を構築し始めるだろう。
味方にいっそうの緊張が走る。
しかしこの鉄城門には万全とも言える準備を整えたつもりだ。
百五十人が城門の狭間に沿って並び、城門の上にもう百五十を一列に配置した。
一人の銃手の後ろにはそれぞれ二人を並ばせ、次の射撃に備えて弾ごめなどの再装填を行わせる。
この三人一組の銃手のサイクルによって今までの三倍の連射速度を実現したのだ。
あとは彼らを太鼓の音と連動させ撃たせればよい。
火縄の最終調整を行わせていると、貴久の使者がやってきた。
どうやら肝付軍の偵察に行った忍びがようやく帰還したとのこと。
報告内容をまとめると次の通りだ。
肝付兼続を"喰った"妖の名はひょうすぼうというらしい。
ひょうすぼうの加護は兵士の基礎戦闘力の増加の他に眼力、つまりは視力の大幅上昇が確認されたということだ。
そのため陣容を監視していた他の忍びはことごとく弓兵に撃ち抜かれてしまった。
でかしたぞ忍びよ!
これは値千金の情報である。
現在の内城の狭間は弓を想定して作られているため縦長の構造となっており、これでは内部の砲手は容易くカウンターで撃ち抜かれてしまうだろうな。
「聞けええええい者共ぉ!火急の仕事だ!今よりその無駄に広い狭間を砲撃に必要な部分を残してふさいでしまえ!」
「どうしたんだ?鉄山様は。」
「もうすぐ戦なのに城門を整備するのか?」
「何でもいい。鉄山様がそういったんだ。はやいとこやっちまおうぜ」
「もっともだな。この後"ふるまらそん"の鍛練なんてさせられたくはないからな」
「急げ、と申した筈だが」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
敵は陣の構築が済んだとの報告が入った。
後は大将の号令で一斉に攻め寄せて来るだろう。
もう少しで全ての作業が完了する。
敵について知っておく必要があるな。
九十九神よ、ひょうすぼうとか言う妖はどんなやつだ?
〈九州に伝わる河童の妖でございます。等級は一級に分類されます。頭には皿があり、大きさは一メートルに満たないとのことです。仏の茶と鉄を苦手としていると伝承にあります〉
鉄を苦手とする、か。
鉛玉では代用できないだろうか。
それならばいやと言うほどぶちこんでやるのだがな。
そんな事を考えていると伝令より敵、出陣の報が入った。
これだけ近いのだ。角笛や陣鐘がけたましく鳴り響けば報せずとも判るものである。
まもなく敵の先鋒が姿を見せ始めた。
士気も高そうだ・・・・が、何か違和感を感じる。
籠城戦のため此方から出ていく訳にはいかないので詳しく観察するには肝付軍が近づいて来るのを待つ他なかった。
はっきりと見える位置まで来るとようやく違和感の正体が判明した。
まず敵の兵士は隊列こそ組まれているものの行軍の様子がおよそ人間のものではないのだ。
ゾンビ映画のようにふらついている奴はまだましな部類だろう。
ひどいものは四つ足で歩いたり、体を引きずりながら高速で移動している。
これが無秩序に行使された妖の力の代償か・・・・。
更に待っていると軍の中心付近に旗を掲げた仰々しい部隊を発見した。
おそらくあれが肝付兼続の隊であろう。
どれ、顔を拝んでやるか・・・と軽い気持ちで本人を見つけたところ、そのおぞましい姿にゾッとせざるを得なかったのだ。
なんだあれは・・・・。
河童と言えば可愛らしいマスコットのような姿を想像するかもしれない。
しかし奴の容貌は苔むした頭の皿、禿かかった頭髪、醜悪な顔面、ぶよぶよと垂れ下がった皮膚、紫がかった甲羅全てをとっても何一つポジティブな印象は抱けなかった。
だが、不思議なことに負けることが想像できなかった。
理由のひとつがやつの顔から慢心がにじみ出ていたことにある。
おそらく単純な戦力からして充分に攻め落とせると考えているのだろう。
肝付軍は最短距離で直進してくる。
あと数十秒もすれば奴等の先鋒が射程範囲に入る筈だ。
確かに従来の戦術では或いは我らの敗北が濃厚だったであろう。
しかしいつの時代も新しい兵科、兵器、戦法、戦術などでいとも容易く世の流れは変わってゆくのだ。
それを奴等に教えてやらねばな。
「者共。準備はよいか?」
騒がしく接近する肝付軍とは対照的に鉄山隊は静まり返っている。
「島津鉄砲隊の産声を万雷の砲声をもって世界に知らしめよ」
最前線の部隊を全て射程に捉えた。
「今じゃ!っ撃てーーーーーーー!!!」
鉄山の号令と共に未だかつて同時に使用されたこともない量の火縄が一斉に火を吹き始めた。




