暁の軍議
決戦の時は近い。
未明に肝付の兵約一万が一斉に越境を開始したとの報告が入った。
既に国境沿いの砦は突破され、じりじりと内城目掛けて進軍してきている。
「父上!敵はじきにに縦長の林道へ差し掛かりましょう。そこで道に沿うように二つの隊を配置し、延びきった戦列の横腹を急襲、本隊を撹乱、分断さえすれば如何に強化された肝付兵とはいえひと溜まりもありますまい!」
軍議にて語気を強めて発言する義弘。
セオリー通りで悪くない戦術だ。
すぐそこまでとはいかないが確実に脅威が迫ってきているため、既に皆鎧を着用し、いつでも出陣できる状態で待機している。
「私は籠城を進言します、父上。敵の戦力は一万、此方は二万とはいえ敵軍は例の"ひょうすぼう"の加護がついております。不意を突く作戦も悪くないとは考えますが、一旦しくじれば多くの兵を失う危険もありましょう。ここは籠城に切り替え、相手の出方を待ちつつ機会をうかがうのが得策かと」
長男義久が冷静に答える。
これも悪くない。
肝付軍の様子を探りに行った忍びはことごとく帰っては来なかった。
つまりは有効な情報が何一つ手に入っていないのだ。
これは不確定要素を多く含む対妖戦では非常に不利である。
「しかし兄上。籠城などしていてはやつらの前に城門はすぐに破壊され、容易く侵入を許してしまいますぞ」
「その心配はない。先日より肝付軍の動きを察知し、防衛のため城門を鉄を用いて改修が終わった所だ。如何にやつらの筋力が強くともそう簡単には突破できないだろう」
「だからこそ最後の砦をこんなところで使いたくは無いと言っているのです!仮に突破されてしまえばその先の余裕はないのです!敵が城内に侵入し、我らの同胞が嬲り殺しにされ、島津家は滅びて仕舞いますぞ!」
「そんな事は百も承知だ!だからといって未知の敵に大群を投入する危険と天秤にかけてみろ!それが失敗すれば我らに戦う力は残されてはいないのだぞ!」
熱を帯びる言葉の応酬を他の兄弟、日新斎、貴久は静かに聞いている。
義弘も義久も家を守ることに必死なのだ。
熱くなるのも無理はない。
無限に続きそうな論争に区切りをつけるべく貴久は他の者にも是非を問うた。
「私は籠城に賛成です」
「うって出た方がいいと思うな」
歳久、又七郎の意見も食い違ってしまった。
「正直、どちらの戦術も同じくらい妥当じゃなぁ。いまのところは情報が無いゆえ決められん」
日新斎もお手上げか・・・・・いや、そうではないらしい。
うって出る場合は今すぐの出陣が必要であることに対して、籠城の開戦まではしばらく時が稼げる。
つまりは送り込んだ忍びが帰還する希望がある籠城を暗に示しているのだ。
「鉄山、お主はどう考える?」
「愚考ながら籠城に賛成致します」
「ほう、籠城か。何か策があるようだな?」
「勿論でございます。理由の一つが偵察の忍びが帰還する可能性を考え、出陣はなるべく遅らせるべきであると考えます。やはり素性の知れない敵というものは侮れません。次に内城の城門には多数の狭間があることを確認しております。要塞化された城門を用いれば有利に戦いを進められるでしょう。最後に、その狭間に我が鉄砲隊を配置させて頂きたくお願い申し上げます。文字通り鼠一匹城内に入れさせぬつもりです」
日新斎がにっこりと笑う。
はっきりと自分の意見を通さないことは気にくわないが、俺とだいたい同じ考えだろう。こいつはキレる。
「鉄砲隊による防衛か・・・・あの狭間は弓の運用を想定して作られたものだ。火縄に応用はできるのか?」
「問題ありません。密度の高い鉄砲部隊は防衛にこそ真価を発揮致します。狭間についてはあれより小さければ敵からの被弾が抑えられ都合がいいのですがこの際は致し方ありません」
「そうか。この前見た演習の限りではお主の兵の練度は一兵卒に至るまでまるで鬼のように著しく高かった。これは島津存亡を賭けた戦いである。では・・・任せてよいのだな?」
「父上お待ち下さい!ついこの前流れてきた得体の知れぬ男にこの重要な戦を任せるなどとは私は納得がいきません!そもそも腕っぷしだけで勝てるほど戦が甘くないことは父上が一番わかっているはずです!」
島津歳久が噛みついてきたか。
この男はリスクマネジメントが上手いがいまいち俺に好意的ではないのだ。
しかしそれは本当に島津を守ろうとしての行動である。
使える男なだけにどうにかして信頼を取っていく必要があるな。
「かっかっか。どれ、歳久や」
日新斎が激昂する歳久をなだめる。
臆病だが普段冷静な男であるがゆえに兄弟たちは凍りついている。
普段おとなしい奴ほど怒ると怖いものである。
場を取り持つ余裕がないと判断したのだろう。
「お前はあの日の"三十人切り"以来この男、鉄山を避けてきたのう。確かに異例の速さで成り上がったこやつを不審に思うのも無理は無いじゃろうて」
なんだ?三十人切りって。
実際切った訳ではないのだがな。
城内のしのびごとでちらほら聞いていたがそんな事件にされていたとは少し驚いた。
「しかしな?歳久や。それでは必要な情報を得られていないかも知れんぞ?お前は一度でも鉄山隊の演習に出向いたことがあるかの?」
「・・・・・いいえ。一度もありません」
「まぁ百聞は一見に如かずとはいったものじゃ。この戦を通して鉄山の能力諸々見極めるがよい」
「・・・・・・・・・・・爺様がそこまでいうのならば反対はいたしません」
「落ち着いたようだな。他に鉄山隊の防衛について反対するものはいるか?」
大名貴久が場をまとめる。
「・・・・・・よし、きまりじゃ。万一に備えて我らも内部に布陣する。気負うことはない。存分に暴れて見せよ」
「ははっ。身命を賭して敵を粉砕してみせまする。ご期待くだされ」
こうして軍議は終わり、各々持ち場へ戻っていった。
いよいよ俺は武将として初陣を飾ろうとしている。
ここまで来るのに一年も・・・・・いや僅か一年で成り上がったというべきか。
部隊は洗練され、強豪島津軍の中でも一際能力が高く仕上がっている。
待ちに待った人生初のお互いの命を引き寄せ会う戦争。
なぜだろうか。鳥肌が常に発生する。
腹の中で溶岩が対流しているように体が熱い。
雄叫びを何度も噛みしめ、こらえる。
握りこむ拳は全てを破壊できる確信が持てた。
世界が俺を祝福しているように感じる。
ああ、これが戦か。
抑え切れぬほど高まった闘志を胸に部隊と共に城門へ向かった。




