療養の途に
「やっぱりダンナはすげえお人だよ!あの"鬼"と称される島津義弘様と互角に渡り合うなんてなあ!」
新築の我が家でゆっくりと刀傷を治療する・・・はずであったのだが。
看病してくれる太助はいいとしても喧しい弥吉と外の人だかりが目障りで静かに休めもしない。
やはり皆見にきていたか。
あの戦いを見て俺の噂はかなり広まってしまったらしい。
義弘も相等な手練れだと思ってはいたが、この日ノ本で五本の指に入る実力者だという。
そんな男を相手に大立ち回りを演じた強者がいるとかで、毎日武芸者がやれ立ち会えだの名を上げるだので押しかけてくるのだ。
他にも弟子入り希望者迄出て来てしまっているらしい。
「わかったわかった。その話は先ほど聞いただろう。第一俺は義弘に負けたじゃないか。あやつのほうが余程上手だと思うがな」
「ダンナぁそれは違うよ。だってダンナは始めに右肩を切られちまってただろう?けっこう血も出てたし、不利だったんだよ。もしかすると義弘様よりも強いかもしれないな!それにーーー」
心底どうでもいい俺の武勇伝を勝手に製作し読み上げ続けている。困ったものだ。
そう言えばこの村の正確な位置情報が特定できた。
ここは内城の城下町よりも三キロほど南に位置するようだ。
森が広がっているため意外と判らぬものだな。
だから町人や武芸者が頻繁に訪れられたのだろう。
城から近いのは大変好都合だ。
九十九神の調合薬のおかげでまだ三日しか経過していないのに最も重症な肩でさえ七割ほど回復している。
そう言えばもう三日経ってしまったようだな。
そろそろ使者が来るだろうと思っていると
「鉄山様!お侍様がいらっしゃいましたがーーー」
と見張りが呼びに来ると同時に後ろから義弘がぬっ、と部屋に入ってきた。
この時の驚きはここに来てから最も大きなものだった。
何故ならあり得ないからだ、こんな村の汚い家のなかに大名殿の息子があがりこむなんて。
ましてやそれが数日前に命を賭けて切り結んだ相手だというのに。
そもそもどうして使者に任せれば良いのに自分から赴くとは。
俺は治療中で布団の上。
太助は水の入った杯を床にぶちまけながら土下座。
弥吉は白目を剥いている。
俺が考えていると
「皆楽にしろ。この屋内で形式的なものは窮屈でたまらん」
と言い、俺の寝ている横にどっかりと座った。
相変わらずの闘気、ぶちギレ具合だと思ったのだが、どうやらこれが義弘の素、のようだ。
この前も別に怒っていた訳ではなく、強面とただならぬ雰囲気のおかげで誤解してしまっていた。
「鉄山、具合はどうだ、うん?」
処理が追い付かない頭に質問を投げ掛けられる。
「あ、ああ。だいぶ良くなったようだ」
弥吉が泡を吹き初めた。
太助が伏ながら震えている。
ひれ伏さず、あまつさえ敬語を使わない俺がぶったぎられると思ったのだろうか。
切り結ぶ前、最中、後、敵対するものへ敬語を使う必要はないと判断し、その場の雰囲気で多くの失礼であろう口調を使用した。
今さら変える方が不自然であるし、何よりこやつに優越された気がするので不愉快だ。
「わっはっはっは、それはなによりだ」
「しかしあの深い傷が短期間でここまで回復するとは普通の人間では考えられないな、有り得ぬことだ」
義弘の口角は上がっている。
しかし眼は鋭く、少しも笑ってなどいない事がわかる。
大方俺の素性を探っているのだろう。
この話題は都合が悪い。
「昔から怪我が治りやすい体質でな。それで本題に入ったらどうだ?」
論をずらされ多少不服そうな義弘が答える。
「それもそうだ。して、答えを聞こうか。お前は我が勢力で武人として、あるいは文官として働く意志があるか?」
「ある・・・・・が、条件が二つある」
勿論願ったり叶ったりな提案だが、俺が二つ返事でホイホイついて行けば用心棒を失ったこの村は再び絶望に落ちることとなる。
半年程とはいえ俺が指揮を執り復興してきた村だ。
情が沸くのも無理は無いだろう。
「一つ。この村に兵を配置し、俺がこなしてきた護衛に努め、村人とその財産を守ること」
これが成されれば村も安泰、俺もやりたいことができる。
「一つ。俺を正式に武将として登用し、望む戦総てに自由に参加できる権利を与えること」
これは後半なかなか難しいが、取り付ければこれまでの戦術等に囚われない戦いが周りの目を気にせずにできる。
「まずは最低限この二つだ。場合によっては逐次追加して行く、何か質問はあるか?」
義弘は目を閉じ、静かに聞いていた。
そして目をカッと見開き、こう答えた。
「先ず初めの提案だが、問題なく受け入れよう。後に兵十五人ほどでこの村を守り、お前がいた頃と同等の安全を保証する」
「問題は二つ目だ。前半は良い。それが今日の目的だからな。」
「しかし後半は俺の一存で決めることの範疇を越えている。直接我が父、貴久に交渉してくれ」
ほう。どうやら俺はかなり高く買われているらしいな。
一介の素性もしれない浪人崩れが世迷い言をと一蹴され、切り捨てられることも覚悟していた。
それほど今の俺と義弘は文字通り身分が違うのだ。
「わかった。此方も無理を言っている自覚はある。困らせてすまなかったな。城へ連れて行ってくれ」
心配そうに見送る村人達に暫くの別れを告げ、ここに来てからはじめての乗馬に感動しながら城へ向かう。
こうでなくては。
まるで綱渡りのようだ。
不注意な者、才無き者は容赦なく"死"という谷底へ沈む。
放浪から用心棒へ、そして武将へと成り上がってきた。
まだだ。まだ足りない。俺の杯は満たされない。
真っ赤な昼空を見上げながら内城へと向かう。




