エピローグ
かの事件から、一年と少し。
今日は卒業式だというのにシアは一人、神山の頂にあるシェリティリアの群生地に来ていた。
「……無事卒業、出来るみたいだよ、アルド」
群生地を守るかのようにして立てられた墓標に、シアは柔らかな笑みを向ける。
彫られているのはアルドの名前。この墓標は、アルドのお墓だった。
王宮にある共同墓地ではなく神山の頂にというのが、かねてからのアルドの望みだったというシェダの口添えにより、この場所に作られたのだった。
龍の庇護下に置かれ、白の花々に見守られながらひっそりと佇むその墓標に、そっとシアは手を添わせ。
「……落ちこぼれだった私が、カラミスとエレミアと、一緒に同着一位だって。……驚くよね」
苦笑を浮かべて呟くシアの頬を、春の訪れを告げる温かな風が、柔らかに撫でていく。
一年と少し前に峡谷で起こった出来事は、調査中の事故、という名目で処理され、シアやカラミス、エレミアが関わっていた事は秘かに伏せられた。
゛騎士団長″が死した事に嘆くものは数多にいたが、(上層部の配慮により)それ程大きく報道される事もなく、団員達によってささやかな追悼の儀が行われたのだという。
それに、いく事は出来なかった。
旧友であるスティリドならば兎も角、直接関係のないシア達がその場所に行く事は流石に、憚られた。
それは仕方がない事ではあったが――……、墓標が立てられたその日から、シアはそこに、毎日のように通うようになった。無論、守護龍にこっそりと、入れてもらってではあったが。
『……毎日毎日、飽きもせずよう来るものよ。我は、そう暇ではないのだがな』
群生地の奥から、のっそりと顔を出して告げる守護龍に笑みを向けて。
「……ごめん。でも……もう、此所に来る事はないかもしれないから」
『行くのか』
龍の言葉に、やっぱりお見通しなんだね、と苦笑して。
「……゛このまま″じゃ、やっぱりダメだと思うし……。出来るならちゃんと、゛自分の力″で――……」
「何が、ダメなのですか?」
シアが最後まで言葉を紡ぐより先に、一つの声が滑り込む。
神山に入れる者は、限られている。
だから特に驚く事なく、後ろを振り返り告げるシア。
「久しぶり、かな。……身体は、もういいの?」
「お久し振りです。えぇまぁ。一人で出歩けるくらいには。暫く見ない間に、ちょっと背が伸びましたね」
そう言いながら銀の髪をなびかせて歩み寄ってくるのは、シェダだ。
事故によって深傷を負ったシェダは、長期の療養を余儀なくされた。
表向きには、外交視察に赴いている、とされているが。
その間、シアは自身の決心を鈍らせない為にも、シェダに会う事も、手紙でのやり取りすらしていなかった。
それ故に、微妙にタイミングが掴めずシアがもたついている間に、苦笑混じりにシェダが呟く。
「それで、一体何がダメなのですか?」
「えっ、えっと……」
目を逸らしながら、呟くシア。
そんなシアに、守護龍から含みある声。
『そう焦らすものでもないであろう。もう、既に決めているのだからな』
「う……」
守護龍にずばり言われてしまい、息を詰まらせるシア。
因みに、この時茂みの影にはカラミスとエレミアがいたのだが、シアは気付いていなかった。
暫ししてから息を吐き。シアはぽつりと呟く。
「……゛返しに″、行こうと思って」
「まさか゛力″を、ですか? 一位卒業して、影武者に正式決定されたというのに?」
それに驚くシェダに苦笑して、シアは続ける。
「うん。折角決まったのに、ごめんね。でもやっぱり゛この力″は、私のじゃないと思うから。在るべき所に、返さなくちゃ。それに、ちゃんと自分の力で立たないと、怒られちゃうだろうしね」
言い切って、ちょっとスッキリしたような表情のシアに、やれやれと肩を竦めて苦笑するシェダ。
たった半年そこらで、落ちこぼれから一位に上り詰めたシアだったが、それは単に努力の甲斐あって――、というだけのものではない。
確かに、゛その力″を馴染ませモノにしたのはシアの努力によるものだが、所詮それは゛貰った力″で。
このまま使い続けていていいもの、ではなく。
しかし、元々のシア自身の力は、未だ扱う事は出来ず。
それでも首位卒業、もとい一位卒業して゛大魔導師の影武者″で居続ける為には、使わざるをえなかった。
しかし、その事に一番悔しい思いをしているのは他ならぬシア自身であり、このままになど、しておくつもりは毛頭なかった。
゛ちゃんと生きる″為に。
「場所は……分かっているのですか?」
穏やかに掛けられたシェダのその言葉に、ぱちくりと目を瞬いて驚くシア。
しかし、どうやら驚いたのはシアだけではなかったらしい。
「ちょっ!? シェダ様、止めないんですかっ!?」
「返しにって……そんな事私、一言も聞いていませんわよっ!?」
驚いた声を上げ、茂みから出て来るカラミスとエレミア。
「なっ!? なななっ、なんで二人とも此所にっ!?」
それに驚きの声を上げるシアだが、今までの会話を思い出して慌てる。
「まっ、ままままさかっ、いっ、今までの話、聞いて……っ!?」
慌てるシアに、しれっとカラミスは言い放つ。
「言っておくけど、今知った訳じゃないからね? それに僕の就職先、一体何処だと思ってるのさ」
「就職先、って……」
ふふんとした表情で告げるカラミスをぽかんと見やって、すぐ脇でくすくすと笑っているシェダの顔が目に入り。
「シェダ知って……っ!? まっ、まさか……」
嫌な予感に、シアがサーッと顔を青ざめさせていると、きょとんとしたエレミアが不思議そうに告げた。
「シアリート、貴女知らなかったんですの? カラミス、大魔導師様の補佐官見習いなんですのよ?」
「ええぇえぇ〜〜っっ!?」
声を上げ、目を丸くして驚くシアに、とうとうシェダが笑い出し。
「まさかシアと、一切連絡取れなくなるとは、思ってませんでしたからね。それに、彼処まで関わっているというのに、二人に何も説明しない訳にはいかないでしょう?」
「そっ、それはそうだけど……。なんでまた補佐官見習いなんて……」
なんとか口を動かし告げるシアに、にっこりとしてカラミスは言った。
「何年、一緒にいると思ってるの? シアリート(君)の考える事なんて、手に取るようにわかるんだよ」
「…………。本気、なの……?」
カラミスの口調に、゛隠し事″が完璧にバレているのを悟って、ため息を吐き。紅と蒼の瞳でカラミスをひたと見つめて、シアは逆に問いかけた。
本当に、゛ついて来る″つもりなのか、と。
補佐官など官職の見習いは、本来なら先に補佐官に付いて色々と学びつつ成長し、現補佐官が退職するなどの際に、引き継ぎを経て見習いから補佐官に上がるのだが、゛大魔導師の補佐官見習い″は違う。
アルド(本来)の大魔導師の趣向そのままに、゛まずは現場から。細かい事は後″というのをシェダが汲んで、補佐官見習いを年単位で側に置き、手ずから教育指導するのだ。
それくらいは、シアも知っている。だからこそ聞いたのだが、カラミスはサラリと言ってのけた。
「一回決めたら、絶対折れないでしょ。そんな所までわかってるんだから、一人でなんて、尚更行かせられる訳ない。危なっかしくて見てられないし、゛見てるだけ″は、もう止めたんだ。だから一緒に行くよ。嫌だって言っても、ついていくから」
「……一緒にって……シェダの補佐官見習いなんでしょう? 一緒に行くなんて一言も」
と、シアが言葉を挟むが、
「おや? 既に私は、頭数に入っているものと思っていたのですが。私は、同行させては貰えないのですか?」
首を傾げて逆に問われる。それに驚くシア。
「えっ!? だ、だって療養中の身なんだよっ?」
「もう、そう心配される程でもありませんよ。それに、表向きは外交視察なんですから、調度いいじゃないですか」
さも当然のように告げ、にっこりと笑うシェダを、シアは目を瞬いて見つめ。
そんなシアを、同じくにっこりした笑顔で見つめながら、エレミアが呟く。
「観念なさいな、シアリート。私は一緒には行けませんけれど、ここまで関わらせておいて途中で放り出すだなんて、あんまりなんじゃありませんの?」
「えっ? いやあの、そーゆー問題じゃ……」
しどろもどろ呟くシアの耳に、パンッと手を打ち鳴らす音が聞こえ。
「さて。メンバーも決まった事ですし、そろそろ行くとしましょうか? 場所ももう、決まっているのでしょう?」
「えっ!? ちょ、シェダ、あのっ……」
「ほらほら。早く言わないと、行き当たりばったりな旅になっちゃうよ?」
「ええぇっ!?」
声を上げるシアに、にっこりとしてシェダとカラミスが共に告げる。
「それで、何処なんです?」
「で、何処なのさ?」
「………………」
一緒に行く、等とは一言も言った覚えはないが、二人、いや三人の中では、既に決定事項らしい。
笑顔の奥の、その強固な思いまでもが見えるかのようで。
シアは、諦めたようにため息を吐いた。
「……゛四季の郷″に行こうと思ってるけど、守護龍も場所までは教えてくれなかったし、取り合えずフェリツァ学園を目指そうかと思ってるんだけど……」
「四季の郷は、精霊に守られし場所だと言われてますからね。それを教えている本場に行けば何か情報が得られるかも、という訳ですね」
にっこり告げるシェダに、茂みの中から引っ張り出してきた荷物の中から、地図を取り出し広げ、続けるようにカラミスが呟く。
「西方の方なら比較的穏やかだし、いいんじゃないかな。まぁ山や森があるから、付近に差し掛かったら用心は必要だろうけどね」
人数分の荷物に地図まで出してきたカラミスに、シアが呆気に取られていると。
「――方向は合ってるようですし、調度良いみたいですね。そういえば、力を返すと言っていましたが、゛誰に返しに″行くつもりですか?」
カラミスとエレミアが順路について話し合っている傍らで、シェダがこそりとシアに問う。シアはそれにきょとんとした顔をして、そっと距離を詰め囁いた。
「誰にって……。大樹に、でしょ? アルドは、大樹の精霊(子供)なんだから」
だから四季の郷に行くんだよ? と、事も無げに告げるシアに苦笑するシェダ。
アルドが大樹の子供だという事は、自分達だけの秘密だったというのに。
(……随分とあっさり……いえ、その身にアルドの魔力を宿しているのですから、当然といえば当然ですか。ですが……)
首を傾げるシアに、苦笑したままシェダは告げる。
「どうせなら、ちゃんと゛本人″に返しませんか?」
「は?」
言葉の意味がわからず、目をぱちくりとして聞き返すシアに、平然とシェダは言い放った。
「アルド、゛生きて″ますよ」
「ええっ!?」
あまりの事にその目を瞬きつつ驚き、口の開閉を繰り返すシア。暫しそうしてから、やっとのこと声を出す。
「……い、いくらなんでも……それはないんじゃないかなぁ……?」
苦笑しつつ呟くシアに、にこりとしたままシェダは告げる。
「おや。シアにはわからないのですか? 消える直前、゛命″の方の縁は断ち切っていったようですが、魔力の方はどうやら、切っていくのを忘れたようですよ。微かに、ですが、まだ繋がりを感じますから」
「う、うそっ」
シェダの言葉に、反射的に声を上げるシア。それに、訝しげに此方に顔を向けるカラミスとエレミアを笑顔で制して、シェダは更に続ける。
「こんな事、嘘なんかついてどうするんですか。確認すればわかる事ですよ? 今、各々の力の大部分を持っているのはシアなのですから、感じてみればわかりますよ」
さぁ、と。シェダがその手を差し出す。それをじっと見つめ。次いでにっこりしたままのシェダを見やり。
おずおずと、差し出されたその手にそっと自分の手を重ねる。
そうして静かに目を閉じて。
感覚を内に内に、沈ませる。すると、内部に揺らめく光たちが確認出来る。
魔力の源。
本来なら、命と同じであるこれらは人ひとりに一つの筈だが、今のシアは、自分を含め五つの源を持っていた。
混じり溶け合っているものが大半である為、それら全てでひとつ、と言えなくもないが。
一つ一つ、確認するように触れていく。
その中から、まだそのままの状態を保っている、比較的新しいモノ――アルドの魔力に触れ。
それに意識を集中させる。
すると、そこから外部に向けて、筋が延びているのが見えた。
「えっ!?」
それに驚き、意識を現実へと引き戻して、ぱちくりと目を瞬いた後此方を訝しげに見つめるシアに、シェダが苦笑を浮かべて告げる。
「……言いたい事はわかりますが、゛繋がり″を、私から断つ事は出来ないんですよ。アルドが主で、私が従ですから。魔力が移って今はシアとまで繋がってしまっていますが、大元を担っているのはアルドですからね。アルドでないと、切れないんです」
「………………」
困りましたねぇ、と笑顔で呟くシェダを、シアはただただ見つめ。
先程内部で感じた魔力の筋は、二本。
一つは、太くしっかりとシェダと繋がっており。 もう一つは、今にも切れそうな程か細く、断続的にしか魔力を伝えて来ていないが、確かにまだ、繋がっているのが感じ取れて。
まだ、微かにだけど繋がっている。
その事がまさかこんなにも――、嬉しいだなんて。
「……っ……」
自然と、涙が溢れてくる。
終わったんだと、思っていた。
失ったものばかりが多くて。
手を伸ばしても、結局また、届かなかったんだと思っていた。
でも感じた魔力は、僅かだったけれど、それでも確かに伝えてきていた。
まだ、繋がっているのだと。
手を伸ばせば今度こそ、掴めるかもしれないと。
「ツメが甘いんですよ、アルドは」
くすりと呟くシェダに、
「……ホントだよっ……! 格好つけて、一人でいっちゃったくせに、こんな中途半端っ……文句の一つでも言ってやらなきゃ、気がすまないんだからっ!」
目端の涙を拭って呟いて。
シアはシェダに、カラミスに向き直って、しっかりと告げた。
「――今更だけど……、一緒に、行ってくれる?」
それに顔を見合わせ、
「勿論ですよ」
「当たり前でしょ」
シェダもカラミスも笑顔で、応じるようにシアを見つめ呟いた。
それにはにかんで、小さくありがとう、と呟くシア。
そんな三人を柔らかに見つめて、エレミアが声を上げる。
「さぁさぁ。そうと決まれば善は急げですわよ! 今からなら、汽車に間に合うかもしれませんわ」
その声に互いに頷き合って、エレミアの後を追うように、荷物を背負い歩き出す二人。
その後ろに続くようにしてシアも足を踏み出しかけたが、くるり、後方を振り返る。
ひっそりと佇む、アルドの墓。
それを囲むようにして群生する、国の宝である白き花。
それらを守る龍の腕に抱かれて。
ふわり、後方から風が吹く。
それは、優しく先へ促すかのようにその背を撫で。
うん、大丈夫。
一人じゃ――、ない。
なくしたものは、確かに多いけれど。
与えられていたものは、それよりも遥かに多くて。
それにまだ、繋がっているモノがあるなら。
きっとそれだけで、前に進める。
あの人みたいに。
「――うん。きっと大丈夫」
自分に、言い聞かせるかのように呟いて。
シアは、強く。
その一歩を踏み出した――……
終
拙い物語を最後まで読んでくださり、どうもありがとうございました
作者の小藍と申します、初めまして
ある所が書きたくて衝動的に始めたこの物語ですが、(二巻に続く、みたいな終わり方になってしまいましたが)、なんとか終わらせる事が出来ました
ありがとうございました
書き始めた当初は、こんなに長期で掲載するつもりも、こんなに長い話にするつもりもありませんでした
飽き性なんです(苦笑)
よく続けられたな、自分
とあるお方は言われました
四時間で、小説一本書き上げろと
更にとあるお方は言われました(此方は漫画家さんですが)
一万枚書いたら、漫画家になれると
特に参考にしたという訳ではありませんが、きっかけにはなったものではある筈です、たぶん(苦笑)
取り合えず四時間やら一万枚目指すとか思った訳ではありませんが、三ヶ月で一巻終わり、みたいなので書けたら一年に四巻分くらい書ける計算だから、それくらい書けたら上手くなるかなぁ、と思い書き始めたのがこの話でした
結果は…見ての通りですが(苦笑)
なかなか上手くいかなかったり、今読み返したら抹殺したい所とか抹消したい所とか、葬り去りたい所とかいっぱいなんでしょうが(苦笑)終わらさせられたことに、今は満足しときます(笑)
きっと、何かの糧にはなっている筈…ハズ(苦笑)
暫くは上げたままにしておくかと思いますが、羞恥に堪えられなくなったら(苦笑)下げるかもしれません、ご了承くださいませ
今の所、続きを書くとか新作を、とかは考えてません
まぁ、衝動にかられたら、また性懲りも無く書き始めるのかもしれませんが(笑)その時は、ちょっとは上手くなれてるといいな
ここまでお読みくださり、誠にありがとうございました
乱長文大変失礼致しました
また、皆様にお会い出来る事を祈りつつ、この辺で失礼させて頂きます
冷え込みが厳しくなり、布団から出るのが辛くなってきた朝に
小藍 拝




