九話
「そうか、では売らぬ。すべて大坂に運ぶ。しかし先ほどの話を大坂の商人達にすれば飛びつくに違いない。
伊予大洲藩は半年に一度この質とご加護付きの蝋燭を一万八千組出せる。せっかく江戸で流行りを作ってやったのに残念だ。そなたたちは明日から店先で来る客来る客に頭を下げろ。ちなみに偽物など出せぬように紙店組が仕入れをしなかったと私が江戸市中にまた噂を流す。残念だ」
そう言って茶を啜りながら珠一郎に目配せをした
「しかしそなたたちは惜しいことをしたな、総利益だけで一万千七百両にもなる大商いを溝に捨てたのだから」
横から飛び出したその一言に商人たちは驚きと共に冷や汗が背中を伝うのがわかった
今までこれだけの計算などしてきた藩は一つもない
意次は驚いて脇息を外して上座にゴロンと寝転がった
寝転がりながら商人たちに言った
「小津屋、誠に惜しいことをしたのぉ、この時期は各大名家も江戸詰めが盛ん、しかも伊予大洲藩の蝋燭は神仏の加護があるという噂は御城でも皆が知っておる。もったいないもったいない。そうだ、せめて上様に御献上仕りたい。加藤殿、一組だけ儂に預けてあとは大坂に送られるがよかろう」
「田沼様、ありがとう存じます。昨年の上様の御就任に伊予大洲藩が神仏のご加護を献上仕るとお伝えくださりませ」
これは二人のアドリブである
しかしこのやりとりは商人たちを震え上がらせた
江戸ですでに話題になっている伊予大洲藩の蝋燭、それが献上品になる。御上のお墨付きになるという事である。黙っていても売れる条件が目の前に並んだのだ
「加藤様!申し訳ございませぬ!」
小津屋一同商人たちが額を畳にこすりつけた
「はて?謝るような事は何もなかろう。謝るとすればここまで来てもらった私の方に落ち度がある、手ぶらで返して申し訳ない、許せ」
そういって空の茶碗で茶を飲むふりをして薄目で商人たちを見るとガタガタ震えながら懇願している
「我らが浅はかでした、ぜひ加藤様のおっしゃった値段でお売り下さいませ。何卒!何卒!」
俺は意次を見た、意次は笑いをこらえ切れないのか、扇で口元を隠しているが肩が小刻みに揺れている。更に俺は至って真顔で見つめた、その悪ふざけに意次は声を上げて笑ってしまった
これを裁量の時とみた意次は
「加藤殿、江戸の商人達もこう申して居る、儂に免じて売ってやってはくれぬか?」
俺はその言葉を待っていた
「小津屋、紙店組一同、面を上げよ。田沼様の願いとあればこの廉之助断るわけにはいかぬ。蝋燭はすべてそなたたちに卸して遣わす」
その言葉に商人たちは安堵した。しかし俺の狙いはここからだった
「そなたたちは田沼様に商いの機会を与えられた、田沼様の為に何かせねばなるまい。そこで提案なのだが、売り上げは三万六千両になる。お主たちは半年に一度利益が舞い込む。そのうちから千両を田沼様に納めよ、その都度納めても利益は十分にあろう。さらに、伊予大洲藩の蠟燭についてこのお屋敷を借りて振り分けや出来不出来による納入数の会合を開く。半年に一度、五月と十一月の二十七日に揃って集まる。そうすれば利益は未来永劫続く。もちろん献金が絡む故、皆の連帯責任と証文は取る。いかがかな?小津屋」
ここまでの話になるとは思っていなかった意次は脇息伝いに起き上がりながら驚いている
これから更に上を目指す意次にとって金はいくらあっても足りない、しかし献金の類は危険を伴う
「加藤様、いくら証文を取ったとて、われらの誰かが裏切るとは思いませぬのか?」
小津屋が言った、半年で千両もの献金、ばれれば首が飛ぶ。田沼家も加藤家もただでは済まない。しかし俺はまっすぐな目で答える
「小津屋、これだけの大商いを前に商人なら何が最善の策か理解できよう、ここまでの話の中で誰も損をしておらぬ、それどころか笑って話せる仲間が増えたではないか。江戸に神仏のご加護が広がる、紙店組はまっとうに利益を上げる、伊予大洲藩は金が入り助かる。これをまとめたのが田沼様である。何か違っておるか?」
ここまで話すと小津屋も廉之助の器を認めざるを得ない
「委細承知いたしました、加藤様のお申しつけ通りに致します」
その言葉に紙店組一同は頭を下げる
ここからは珠一郎が淡々と業務をこなす
卸値と売値の確認
売値の変更の禁止
半年に一度の会合参加
誓紙の提出
勿論献金に関しては書かれていない、どこぞの隠密に盗まれでもしたら大変なことになるからだ
誓紙の提出も終わって俺が
「しかし、紙店組一同が田沼邸で会合とは少々聞こえが悪い、そこで『二七会』という市中の物価や暮らしを聞き取る会としてあつまるというのはいかがかな?」
と、提案した
ここまでで企みが一段落となる
「それは良き名にございます。我らはあくまで市中の報告を田沼様に話に来るだけにござりますれば」
紙店組はこの言葉で献金を持参する事を約束した




