八話
広間には蝋燭を取り扱う株仲間である『紙店組』に所属する十人の商人が勢ぞろいで並んでいた
紙店組とは、上方や北国から江戸へ入ってくる蝋燭と紙の流通管理と販売を一手に行っている株仲間である
平伏して待つ商人達の上座に意次、意知、俺が座る
「面を上げよ」
意次が言うと商人たちは恭しく顔を上げた
「江戸紙店組、年行事を勤めます小津屋の小津清左衛門でございます、本日はお目通り頂き誠に有難うございます」
商人の代表者が挨拶をする、年行事とは一年毎に変わる代表者のことである
「小津屋、大儀である。儂が屋敷の主、田沼である。これは息子の意知、そしてこちらが伊予大洲藩の加藤殿だ、そなたたちは加藤殿に用があって参ったのであろう。儂らはただ臨席するのみ、あとは加藤殿に任せる故」
そういって俺に話を任せた
あえて加藤殿と言ったおかげでこれから起こるであろう『何か』に対して御側御用取次である意次が箔をつけた形となった
俺が商人達を一通り見渡すとおもむろに
「そなたたちは今、市中で話題の伊予大洲藩の蝋燭を仕入れに参ったのであろう?」
と言った。小津屋は
「江戸に入る蝋燭は、われら紙店組が取り仕切っております、話題に上がっておるうちに卸していただければと思いはせ参じました」
その言葉には少々裏がある
国許で作った蝋燭を早々に我らに売れ、それを今のブームに乗って大儲けする。という心持が透けて見える
俺はその言葉を聞いてから一服茶を啜ってから
「そなたたちが江戸の物流を支えておるのは重々承知して居るが、今回の蝋燭の卸値と売値は私が指定する」
それを聞いた商人たちは耳を疑った
「加藤様、申し訳ございませぬ。聞き間違いやもしれませぬ、もう一度おっしゃっていただけますか?」
「難しかったか?卸値と売値は私が指定すると言ったのだが」
商人達は顔をしかめた、卸値を上げてくれというのはよくある話だが『売値の指定』など聞いたこともない
屋敷の当主である意次でさえ驚きを隠せていない
「珠一郎、これへ」
「はっ、失礼仕る」
そういって木箱を小津屋の前に差し出した
中には提灯の灯りや寺などで使う一匁(三.七五グラム)の蝋燭と大名屋敷や吉原などで使う百匁(三七五グラム)の百目蝋燭が入っていたその出来はまさに一級品である
小津屋は蝋燭を手に取りもの良さを見て取った
「小津屋、今江戸市中で皆が喉から手が出るほど欲しい蝋燭だ。良い品であろう」
商人達は蝋燭を手渡しで回してその品の良さに唸った
「されど加藤様、売値を決めるは我々商人の仕事にて、お武家様方にはちと難しいかと思われますが」
そう言いかけた小津屋に俺は言葉をかぶせる
「では聞くが、この蝋燭を大坂からわずか五日で運んできたのは誰だ?巷で流行りを起こしたのは誰か?答えてみよ」
小津屋は言葉を詰まらせた
噂の出どころもこの分では目の前の幼き武士が起こしたとすぐに感じ取ったからだ
「小津屋それに紙店組の皆をいじめるつもりはない、私の言い分をまずは聞いてみぬか?」
すでに主導権が廉之助にあるのは意次にも分かった
(こやつ、ただの田舎大名の子倅ではない)
意次は脇息に体を預けながら次第を黙って聞く
「小津屋、まず卸値と売値だが『一匁蝋燭の卸は六文、売値十文。百匁蝋燭は卸三分、売値は一両』とする」
商人達は開いた口が塞がらない、余りにも売値が強気すぎる
意知は顔を背けて笑いをこらえた
(結局伊予大洲のご子息は江戸の相場を知らぬのだ)
更に俺は続ける
「卸しには条件を付ける、一匁蝋燭四〇〇と百匁蝋燭一本を一組とする。卸しはこの組数単位で行うどちらかを多く仕入れることは禁ずる。ただしそれぞれの店同士で融通することもあるだろう、その際は卸値での融通のみ許可する。ちなみに値段だが、仕入れ一組で一両一分一朱と百五十文。売値一組で二両。利益は二分二朱と百文。悪い話ではあるまい?」
ここまでくるとさすがに商人たちは笑いがこらえきれなくなった
「加藤様、なかなか面白き算盤ですが、その値段で売れるかどうかもわからぬのに値踏みや組数などと、商いは我ら商人にお任せいただいて・・・」
と小津屋が言ったところで俺は顔つきと声色を変えた




