十話
俺は珠一郎を呼び
「珠一郎、紙店組の者たちを寿町の下屋敷へ案内して蝋燭を早速引き渡せ、一万八千組きっちりとな」
「御意にございます、して金子は?」
「売り上げてからでよい、数日で片が付くはずだ」
「では、その様に」
珠一郎は紙店組一同を促して退室した
忠矩が俺に耳打ちをした
「金子を先に取らぬのですか?」
「そうだ、先に払わせるからどうしても値が下がる、売り上げてから支払いをすれば余裕も生まれるし、一括で支払える。さすれば『売り買い両方』に感謝が生まれる」
「ほほぅ、そういうものですか」
忠矩は商いにはあまり興味がない
「しかし、一割ほど余りませぬか?」
「それは別で使い道がある、しばし忘れておけ」
数字に明るい珠一郎は一万八千組と言われただけで蔵にある蝋燭の一割を残すことを理解している
「そういうものですか・・・」
忠矩は興味が無いような返事をする、しかし幼き主君に全幅の信頼を置いている。だからこそ俺の心の内を探るような野暮はしなかった
広間が静かになった
「さて、色々と聞きたいことがあるが・・・対局がまだ途中だ、戻るとするか」
意次の言葉にいざなわれて書院の間に戻った
忠矩は廊下で控える
意知は蝋燭騒動の前まではどこかにいたはずが、意次と俺が将棋盤に向かい合った時には何故か同席している
「さて、儂からだったかの・・・」
意次はそういうとしばらく棋盤を眺めてから一手指した
それに応えて俺も指していく
先ほどまでは会話をしながら打っていたのに二人とも無言で指していく、意次は何から話せば良いのか考えながら指している、そのうちに意次が悪手を何度か指すようになった
「田沼様、対局はまたの機会としませぬか?あまりにもお気持ちが別のところに行き過ぎております」
「見抜かれておったか、実を言えばこちらに戻ってから何を指せば良いか全く考えが及ばぬ」
対局は中止となった
横で対局を見守っていた意知は、父が将棋で劣勢になるなど思いもよらなかった、父を負かせる腕前は御城の上様くらいだと思っていた。それを目の前の十歳の伊予から来たという田舎大名の息子が・・・と頭にぐるぐると解のない問題が巡り巡って長い間息を止めてしまっていたせいか、顔を真っ赤にして座っている
「意知、如何した」
その言葉でようやく意識を取り戻したといっても良い
「いえ、少々考え事を・・・」
といいつつ一人で息を荒くしている意知を二人で不思議そうに見つめた
「父上、そんな事より加藤殿に先ほどのいきさつを聞いて下さりませ、気になって仕方ありませぬ」
「そうだな、しかし何から聞けばよいものか・・・」
田沼父子があまりにも困っているので俺は自分から話し始めた
「先ほどまでの話の続きですが、武士が米で年貢を受け取りそれを銭に換える、これがずっと行われて参りました。幕府も藩も家臣も全てです。銭にせねば生きてゆけぬのです。ならば藩や幕府が一括で銭をつくり銭で禄を渡せば一番楽なのです。しかし武士は土地にこだわる、米にこだわる。これは何百年も前から続く歴史であり武士の本分でもあります。しかし世は変わり銭に支配されつつある中このまま米や土地にこだわり続ければ必ず武士の世は終わります。
そこで、米は食えるだけ作り、産業を興し、商いを充実させ皆で富めばよいのです。農業も一つの産業と思えば良いのです、米を売るのを農民だけにすればおのずと米も増えるようになります。米を売った銭、商いの儲け、新しき産業の儲け、そこに税をかけて幕府や藩が受け取り家臣を養う。米ではなく銭で世を回す。その方が圧倒的に簡単で、わかりやすい世になると思うております。
私はこれから五千石の喜連川藩に養子に参ります、伊予大洲よりも更に小さき藩です、だからこその強みもあると思っております。自分なりに日ノ本で一番の藩にするつもりでおります」
意次は最後まで自信に満ちて語る十歳の武士に尊敬にも似た思いを抱いた
意知は二つしか違わない廉之助に恐怖すら感じた




