十一話
少しの間静寂があった
すると書院の廊下から男泣きが聞こえた、忠矩が聞いて感動していた
「加藤殿の供の者も中に入るがよい」
意次は気を使って忠矩を部屋に通した
障子が開き部屋の隅に入り座して礼をする
「がだじげだぎおごどば、ばぃでぃばずる」
(剣の達人も泣きながら話せばこうなるのか)
俺は吹き出してしまった
意次も意知も笑った
「ほれ、忠矩。鼻を拭け」
そういって懐紙を渡す
ぶひーーーっ
すっきりした忠矩が改めて挨拶をする
「加藤廉之助が家臣、榊山忠矩と申します。御見苦しき姿の段、平にご容赦くださりませ」
意次は達人とまでは言えないが武芸の嗜みはある
(ほぅ、加藤殿は良い家臣を持っておる)
意次は、廉之助を守るためだけに生きる忠矩に武士の魂を感じた
意次は俺の話に質問をして返した
「加藤殿、銭で世を回すは儂も同感だ、されどそれでは金のある所に金は集まり続け、貧しきものはずっと貧しきままにはならぬか?」
「おっしゃる通りです、どこまで行っても偏りは生じます。ただし今の世よりは幾分かましになるかと思います。お上が銭を集め、それを再配分すれば貧しきものも食うには困らぬかと存じます」
この言葉に意次は
「なるほど・・・しかしこれ以上はやめておこう、御政道の批判は重罪。今の話はその時が来たらまたするとしよう」
と話題を無理やり変えた
「まだ解せぬことがある、なぜ儂が半年で千両もの金を受け取らねばならぬのか?という事だ」
この言葉に俺は居住まいを正して
「田沼様にはまず『御老中』になっていただかなければなりませぬ」
意次は顔色を変えた、幕臣として出世は喜ばしいことだが田沼家の出自で老中になれるとは思えない
「当家は老中になれる家ではない」
その言葉に嘘はない、しかし先ほど
「その時が来たらまたするとしよう」
と、意次自ら世を変える意思を持っていることを明かした
その意気込みを支えれば良いだけだ
「なれます、必ず。」
「そうか、そなたに言われればなれる気がする」
意次は廉之助に不思議なものを感じた、と同時に自らの手元に置くことは叶わないにしても手放してはならない縁だとも感じた
「加藤殿、この先喜連川藩に向かわれても当家とは御縁を頂けるとありがたいがいかがかな?」
「もちろんです、末永くよろしくお願い申し上げます」
ここに意次と廉之助のタッグが誕生した
「して、喜連川藩にはいつご出立なされるのか?」
「しばらくはまだ加藤として浅草寿町の下屋敷に詰めております、蝋燭の金も回収せねばなりませぬので」
「そうか、では出立は年明けになるかの?」
「いえ、今月中には喜連川に向かいます」
「待て待て、今月とは、あと十日ほどではないか?全部でいかほどの蝋燭があると思うておる」
「一匁が七百二十万、百目蝋燭が一万八千にございます」
「簡単に言うがそれだけの蝋燭がわずか数日で売れると申すか?」
「いえ、まずは卸しの分だけ売り上げたら持ってこさせれば良いのです、支払ってしまえば後はすぐ売ってしまうも良し、馴染み用に取っておくも良しです」
「なるほどな、流行りに乗せて売るか、馴染みに売るかは商人たちの差配次第か・・・」
「えぇ、しかし更なる追い風は吹かせます。すでに家臣が動いているはずですそれに先ほど、最大の追い風を田沼様が吹かせましたので」
「言うてくれる。しかし抜かりない、抜かりないうえに理にかなっておられる。そうだ意知、加藤殿が江戸に居る間加藤殿の屋敷に通って色々学んで参れ」
「私がですか!?」
「そうだ、儂は御城勤めがある、年も近いそなたなら気も合うことが多かろう」
「はぁ・・・」
意知はあまり乗り気ではないらしい、しかし俺はあえて目を輝かせながら
「江戸に兄が出来たようでうれしい限りです、意知殿、江戸の名所なども色々教えて下され」
廉之助の中身は未来で三十年生き、江戸の世で十年生きている。中身だけなら意次よりも年上になる十二歳の少年に響く言葉くらいはすらっと出てくる
「しょうがないのぅ」
口をとがらせながらも、まんざらでもないという表情をしていた




