十二話
翌日、伊予大洲藩の下屋敷に意知は行くと照れながら約束した
俺は意次にそろそろ帰ると伝えた
「加藤殿、将棋の駒を忘れておる」
「持ち歩くには重すぎます故、次の対局までお預かり頂けませぬか?使っていただいて一向に構いませぬので」
「そうか、では大切にお預かりいたす」
意次はこの駒の意味を考えた
あとで誰かが咎めても『これは預かった将棋の駒だ』と言い張ればよい、二百両の小判を持ち込めばたちまちスキャンダルだが江戸でも将棋の腕前が有名な意次の家に将棋の駒を持ってきただけという完璧な言い訳が成り立つ
表玄関に俺と忠矩を送り出したあと意次は横に立つ意知に語り掛けた
「加藤廉之助・・・抜け目ないのぅ、あやつは敵に回してはならぬ。意知、お主は廉之助殿と絶対に敵対するな。そなたでは叶わぬ、もしやすれば儂でも叶わぬ相手やもしれん」
「父上がそこまで言うのであれば・・・ただしこの数日で私があの者を見定めてまいります、お答えはその後にさせてくださりませ」
そんな田沼父子の言葉が交わされているとき、俺と忠矩は門を出て大洲藩下屋敷へと向かっていた。
浅草寿町の下屋敷に近づくにつれ大量の大八車とすれ違う、江戸の民たちはその大八車の通る姿を見るたびに
「伊予から届いたご加護の蝋燭、いよいよ明日は店に出る」
と洒落を交えて歓声を上げていた
途中、瓦版屋が蝋燭の事を口上にして売っていたので一枚買ってみた
『伊予大洲藩の若君様が命がけで運んだ金毘羅様のご加護の蝋燭、ついに江戸で販売される。家庭円満、無病息災、照らせばかかあも美人に見える』
とあった
「少し盛りすぎではないか?」
俺は声を上げて笑った
忠矩に至っては
「あの船路が命がけならお池の舟遊びはいつも命がけですな」
と珍しく冗談を言った
「忠矩、お主鼻が通って少し固さがとれたかの」
「いやはや、若君もお人が悪い」
忠矩というまっすぐな男は堅物に見られることが多い、しかし俺や仲間の前では愛嬌たっぷりの男だ
「若君、そろそろお屋敷です」
「このまま浅草寺まで行ってくれ、行ってみたい」
そういうと一行は屋敷の前を通り過ぎてそのまま少し北へ向かった
わずか十分程度で浅草寺の入口に着いた
浅草寺風雷神門、この時代に大きな提灯は無い
(いっそのこと、俺がここに大きな提灯でも飾っちゃおうかな)
などと考えつつ仁王門(現在の宝蔵門)をくぐり本堂へ向かう。俺が転生する前に見た二つの門は鉄筋造りだったが、この時代の門は木造だが朱塗りで立派な門であることは一緒だった
「少し見て回るか」
「御意」
忠矩が居れば少々の人込みも怖くない、駕籠や荷物持ちなどの衆は先に下屋敷に帰らせた




