五話
大坂から江戸まで通常でも十日から二週間ほどかかる海路を約五日で進んだ。
当時、藩の船は到着予定を事前に江戸に知らせておかなければならない、遭難したことがわかるようにする制度でもあったが
まずは幕府の役人が大騒ぎした、その噂は江戸中に広がった
「伊予大洲藩の船が大坂から五日で江戸に着いちまったってさ」
「なんでも、積んでた蝋燭は金毘羅様の縁起物だっていって取り合いになってるってよ」
当時の江戸っ子たちは何かにつけて縁起や粋を楽しんでいた、「金毘羅様の加護で半分の期間で運んだ蝋燭」を高値でも買う、それが江戸っ子の粋だった
しかしこのブームも実は廉之助の作り上げたものだった
それは浦賀で船改めを受けている間
「度三郎、品川沖で艀役を行っている間に忠矩と共に河岸へ先回りしてこのように触れて回れ」
そういって託した言葉は
「金毘羅様のご加護で、伊予大洲藩の船が倍の速度で江戸に着いた。積み荷の蝋燭で家を照らせばそのご加護を受けられるって噂だ。買わないなんて粋じゃない。とな」
そういうと度三郎と忠矩はにやりと笑って一礼した
この主従たちは特殊な絆で結ばれている、通常は平伏して主人に答えるのが常である世に廉之助はそれを極力禁じた
公の場ではしょうがないがこの六人が集まる場でそんなかしこまった儀式は『時間の無駄』という決めごとを廉之助が日ごろから命じていた
江戸での最初の歴史改変は『ブームの創作』となった。
廉之助丸と名を改めた伊予大洲藩の船から茶船十艘に蝋燭をすべて移し替えると『浅草寿町』にある伊予大洲藩の下屋敷にすべて運び込んだ。廉之助丸は佃島沖で待たせた。その間の小遣い等も充分に配った
運び込みが完了するころに度三郎と忠矩が屋敷に戻ってきた
「この大量の蝋燭をどのように売るのですか?」
度三郎が目を輝かせながら蔵に入った大量の蝋燭を眺めている、商売の才が頭を駆け巡っているらしい
「そのうち蝋燭の問屋どもがここに押しかけてくる、その前にやることがある。忠矩、珠一郎に例の駒を持って今すぐ出かける用意をせよと伝えてくれ。そなたも共として付いて参れ」
「御意」
それだけ言うと忠矩は奥に消えていった
「度三郎、私が出かけている間に蝋燭問屋たちが来るはずだ、商人達には『若君は呉服橋門内の田沼様のお屋敷にいらっしゃる、蝋燭欲しくば追ってこい』と伝えてくれ」
その指示に度三郎は満面の笑みで「承知」とだけ答えた
俺は蝋燭の山から二種類の蝋燭を一本ずつ抜き取り木箱に入れて一緒に持っていくことにした
珠一郎と忠矩が準備を手伝う、俺は小袖に長羽織に着替える。胸には伊予大洲藩の『蛇の目紋』
「この紋を付けるのもこれで最後か」
その言葉に家臣二人は無言で着付けを手伝う
「さて、若君。整いました。そろそろ行先をお教え願えますか?」
珠一郎のその質問に俺は
「呉服橋御門内、御側御用取次『田沼主殿頭』様のお屋敷だ」
その言葉に珠一郎と忠矩は首を傾げた
「どなたですか?それは?」
珠一郎がわからなければ忠矩はもっとわからない
この頃、田沼意次はようやく出世の階段を駆け上がり始めた頃であり外様である伊予大洲藩までは名は届いていなかった
「将来間違いなく私の一番の味方になり、最大の後ろ盾になるお方だ。今のところ大博打だがな」
俺が少しはにかみながら刀を二本差した、その瞬間顔つきを引き締めた
その顔つきを見た珠一郎と忠矩は日ごろしないはずの平伏で応えた、廉之助の大博打に全身全霊で乗ったのだった




