三話
父は心内を悟られまいとしながら続けた
「喜連川藩と言えば、御公儀から唯一『客分』として扱われる立派な藩だ、堂々と胸を張って向かうがよい、あと少なくて申し訳ないが金二千両と我が藩の特産である蝋燭を支度金として持って行け。それしかできぬ父を許してくれ」
父として精一杯の愛である、息子を貧乏藩に送るつらさで目は涙ぐんでいた。
家臣一同も頭を項垂れていた
「父上、お願いがございます」
その言葉に一同も頭を上げた
「して、願いとは?」
「私の家臣の五名を連れていきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「無論、問題ない」
父として出来る事はしてやりたい泰衑は即答で快諾した
「ありがとうございます、父上。立派に勤めてまいります」
と言いながら心の中ではようやくスタートラインに着いたと俺は心の中だけで笑った
(数年前から五人には才能を伸ばす教育を仕込んでおいた、その家臣達を連れてゆく)
俺はこの時代に来て決めたことがあった
『一橋は時代に合わせて、経済で倒す』と。
まさにこの時代に転生された意味はそこにあると自分なりに出した答えだった。
宝暦十一年十月 伊予大洲藩 長浜港 廉之助十歳
加藤家が入封以来、藩の公式な外港として栄えている港である、俺と家臣五人はここから下野の国『喜連川藩』への道のりをスタートさせる
先方には翌月十一月の到着をすでに連絡済みだ
この度用意された船は藩主である父が乗る御座船『駒手丸』の予備船である『矢速丸』四百石積みができる船で通常は藩と大坂を行き来して藩を支えている船である
「矢速を出してくれるとは、父上も気を使ったのだな」
その独り言は誰も反応しない、なにせ行先が五千石の小藩という旅程だからだ
父は約束通り、船室に二千両の金子と船倉には藩の持つ『蝋燭』を蔵から出せるだけ用意してくれた、藩の財政から考えれば精一杯の餞である
「さて、では行くとするか」
俺の声を聞いて船頭が船衆達に声をかける
「若様、まずは大坂でよろしいんですね?」
船頭が俺に声をかける
「そうだ、まずは大坂に向ってくれ、そこで補給を行い、休息を取る。その後一気に江戸へ向かう」
「へい、この船で江戸まで行くのは初めてですが、精一杯努めさせて頂きやす」
この船頭も俺を子供の頃から可愛がってくれている、といっても他人から見れば十歳なので今でも子供なのだが
大坂に寄るのは補給も兼ねてだがもっと重要な要件が一つだけあった、事前に「純金と純銀で出来た将棋の駒」を大坂の細工師に発注しておいた、二百両もの大金を掛けた特注品である
伊予大洲長浜港から大坂の港へは通常五日から七日掛かる、しかし俺の強運が発動したんだろう、三日で着いてしまった
「風が良すぎて早く着いちまいやした、補給と休憩はやっておきやす」
船頭がてきぱきと指示して水や食料が運ばれていた
俺は供を連れて細工師の店に行き金銀の駒を受け取り二百両きっちり支払う
「若君、いったいこのような贅沢なものをどうするおつもりですか?」
渋い顔をして語りかけてきたのは、今回の下士五人のリーダー格である「高岡珠一郎」経理のプロに仕立て上げた男だ
「これはな、使い道がきまっておる。その時になったら明かす故それまで無くさぬように保管を頼む」
俺はそれだけ言って珠一郎にずっしり重い将棋の駒の入った木箱を渡した




