十四話
「ではこれを早急に田沼様のお屋敷に運べ・・・いや待て少し考えがある、誰ぞ墨と紋付の木札を持て」
その声に江戸詰めの藩士たちが動いた
ちなみに紋付の木札とは荷車などに指して『大名家の荷物である、無礼は許さん』といった意味を持つ差し木札である
「珠一郎、『伊予大洲藩 御献上蝋燭』と書け。これをわざと日本橋などを回って田沼様のお屋敷に届けさせる」
珠一郎は書の名人でもある
木札が出来あがると皆がその字を褒める、珠一郎は当然だという顔をするが、あれは照れている証だ
書を皆が褒めているとき度三郎がその木札を見て
「若君、いっそのことお祭り騒ぎで運ばせますか、この蝋燭に手を合わせて明日売りに出る蝋燭を灯せば幸せになれるとか言いながら・・・」
「面白いな、度三郎すぐに手配せよ」
「承知いたしました!」
度三郎は商才に長けているが、突然突拍子も無いことを言う時がある。しかしその策はほぼ成功する。国許に居るときに何度その策を使い城を抜け出したか数えきれない
「珠一郎、上様の献上品と共に田沼様にもそれなりの数を包んで一緒に運んでくれ」
「御意」
一言で返す時は大体すでに準備ができている、先回りして用意しているが自分からは言わない、会話だけでは無く行動にも計算を用いている証拠だった
度三郎の策の準備を待つ間、俺は着替えを済ませて皆で買ってきた菓子や饅頭を頬張った
しばらくすると度三郎が帰ってきて準備が出来たと言った
皆で屋敷の門まで見に行った
「おい度三郎、やりすぎじゃないか?何人おる?」
俺は度三郎に言った
「若君もそう思いますか・・・ちょうど百人おります」
荷車を囲んで鳴り物や踊りで大騒ぎの大集団が屋敷の前から大騒ぎで少しずつ離れていく
「度三郎、あれはどのように手配した?」
「口入屋に頼んで、手の空いている若い役者や鳴物師、あと大道芸人たちを急遽集めてもらいました。手が空いているものすべてを早急にと言ったらあの人数になってしまいました。いやぁ江戸はこのところ景気が良くなり始めていて芸事を始める者が多くなってきたそうで、さすがは江戸ですね、人が多い。ははは・・・」
度三郎も自分で立てた策なのに事の大きさに尻込みしている
「して、度三郎いくら使った?」
俺のその言葉に度三郎は一歩下がった
「逃げるな!」
度三郎は逃げようとしたが忠矩に一瞬で捕まえられた、忠矩に羽交い絞めにされて宙に浮いている
「まぁ、ちょっとはずんでしまった気がするような、しないような」
言葉を濁す度三郎
「私は怒ってはおらぬ、正直に申してみよ」
その言葉に観念したのか度三郎は抵抗をやめた、忠矩もゆっくりと度三郎を降ろした
「一人頭『二朱』、口入屋には手数料として『二両二分』合わせて十五両です・・・」
頭を項垂れながら度三郎は答えた
「十五両とは!何たる大金!」
珠一郎は目を吊り上げて度三郎に声を上げた、度三郎は泣きそうになっている、しかし俺は
「そんなに安く済んだか、あの規模で。さすがじゃ、褒めて遣わす」
と褒めた
「え?」
皆が俺を見た。度三郎ですら驚いている
「若君、十五両ですぞ?我々の月の禄よりもはるかに多い額をあの『ちんどんぴーひゃら』に使ったのですぞ?次第によっては詰め腹でもおかしくない」
珠一郎はカンカンに怒っている、しかし俺は純粋に褒める
「待て待て、珠一郎の怒りは最もだ。しかしよく考えてみろ、急遽集めてあの大騒ぎ、まずはそこを褒めねばなるまい。その上あの大騒ぎで日本橋や天下の往来を練り歩いて献上品を運ぶのだ、否が応でも噂になる。しかも運んでいるのは巷で話題の『伊予大洲藩の蝋燭』ときた。まぁ事前にあの連中を用意できればもっと安く済んだかもしれんが、それにしても今回の十五両は効果が勝っている。珠一郎、今回は私が差配させたのだ、許せ」
この言葉に珠一郎は怒気を治めるしかなかった




