一人の買い手
雨は、もうほとんど霧のようだった。
俺たちは、すぐには灰葉村へ戻らなかった。
エリスが言うには、こんな天気でも市には人が少なからずいるらしい。薬草をそのまま背負って帰るよりは、ここで売ってしまったほうがいいという。
だから俺たちは濡れた石畳を歩き、町の西側にある狭い市へと入っていった。
市は、古い建物に挟まれた空き地だった。
普段はそれなりに賑わうのだろうが、今日は屋台がいくつか出ているだけだった。
炭売りの老人は居眠りをし、木の匙を売る女は油布を荷車の半分にかけ、自分は軒下に縮こまっていた。
風が吹くたび、あちこちの雨除けの布がばたばたと音を立てる。
俺たちは一番奥の壁際に粗い布を敷き、灰葉根を長さごとに二列に並べた。
エリスは屋台の前にしゃがみ、折れた根を脇へ寄せていた。
俺は壁にもたれて座り、麦わら帽子を顔にのせた。
足は伸ばせず、半分曲げたままだった。
「少し寝ててもいいよ」
エリスが言った。
「私が見てるから」
俺は遠慮しなかった。
体の中身が抜けたみたいに、骨の奥から眠気が来ていた。
さっき教会の前でやったあれで、残った力の全部を持っていかれたようだった。
目は閉じた。
でも、本当には眠れなかった。
耳には雨音と風の音。
それから、エリスが時々小さく言う声が聞こえていた。
「灰葉根です。熱を下げて、傷にも効きます」
その声は落ち着いていて、この寂しい市と同じように、慌てていなかった。
どれくらい経ったか。
誰かが近づいてくる気配がした。
「これ、全部いただくわ」
声は小さく、わざと低くしていた。
俺は目を開けた。
帽子が少しずり落ちる。
目の前には、古い外套を羽織り、顔の半分を襟巻きで隠した人間が立っていた。
エリスが立ち上がった。
表情はなかった。
手は体の横に下ろしたまま、灰葉根の束のすぐ近くにあった。
「一人で来たの?」
エリスが聞いた。
「ええ」
「教会からここまで、結構歩いたでしょ」
相手は否定しなかった。
俺はゆっくり体を起こし、帽子をかぶり直した。
その人は俺を見て、それからエリスを見て言った。
「敵意はないの。あったら、一人で来たりしない」
エリスは動かなかった。
数秒、その人を見てから言った。
「襟巻きを外して」
相手は少し迷ってから、襟巻きを外し、頭巾を下ろした。
エレナだった。
髪は外套に押されて少し乱れ、黒い髪が数本、頬に張りついていた。
彼女は俺たちを見た。
淡い金色の瞳は静かで、教会のときとは少し違っていた。
「この薬草、本当に全部いただくわ」
彼女は言った。
エリスは屋台を見て、それから彼女を見た。
「いくら払うの?」
エレナは懐から巾着を出し、数えずにそのまま差し出した。
エリスは受け取って、中を開けて見て、また閉じた。
「多すぎる」
「お詫びよ。教会で、少し取り乱したから」
「別に怖くなかった」
エリスが言った。
「兄のほうは、いつもあんな変なことばかり言うから」
エレナが俺を見た。
俺は何も言わなかった。
彼女も、どうしてあんなことを言ったのかとは聞いてこなかった。
ただ俺の髪を見て、少しだけ視線を止めた。
「あなたたち……ここの人じゃないわね」
彼女が言った。
エリスも俺を見た。
俺は彼女の視線を追って、自分の髪を触った。
指に色がついた。
染め草の汁が雨に濡れて、毛先からゆっくり落ちてきていた。
「お兄さんの髪、色落ちしてる」
エレナが言った。
「このまま町を歩いたら、誰かに見られるわ」
エリスは慌てなかった。
しゃがんで折れた灰葉根を一本拾い、指の間でゆっくり回した。
「家の染め草が良くなくて。雨に濡れると落ちるの。あとで染め直す」
「お兄さんの金色の瞳は、隠せないわ」
エレナが静かに言った。
エリスの手が止まった。
「私たちは悪い者じゃない」
エレナが言った。
「ただ、ここは立ち話をする場所じゃない。場所を知ってるわ。私がごちそうする」
エリスは俺を見た。
俺も彼女を見た。
彼女の目が、どうするつもりかと聞いてきた。
「お前が決めろ」
俺は言った。
エリスはうなずいて、薬草の包みを俺に一つ渡した。
「わかった。案内して。ついていくから」
俺たちはエレナについて市を離れ、濡れた狭い路地を何本か抜けた。
彼女は足早で、時々後ろを振り返った。
エリスは俺の半歩前を歩き、体をわずかに横に向けていた。
いつでも何かを遮れるように。
「誰かに見られるのが怖いの?」
エリスが不意に聞いた。
「私はヴァンドリック家の娘よ」
エレナは振り返らなかった。
声は小さい。
「あなたたちと歩いているのを見られたら、面倒になる」
「私たちはただの薬草採りよ」
「灰葉村に金色の瞳の人はいない」
エレナが言った。
エリスは黙った。
俺は薬草の包みを担いで、最後尾を歩いた。
麦わら帽子が風で傾いたが、直す気にもなれなかった。
雨はもう上がりかけていたが、空はまだ曇っていて、路地全体が古い水に浸かったみたいに灰色だった。
俺たちは古い建物の裏口の前で止まった。
エレナが軽く三回、間を置いて二回叩いた。
扉が少し開いて、白い前掛けをした若い女中が顔を出した。
彼女を見るなり、慌てて扉を開けた。
「エレナ様、いらっしゃいました」
「二階の静かな部屋を一室」
エレナが言った。
「かしこまりました。こちらへ」
女中に案内され、勝手口脇の小階段を上がった。
床は古い板張りで、踏むとぎしぎし鳴る。
階段は狭くて、俺は体を横にしなければ、両側の壁にぶつかりそうだった。
エレナの外套の裾は泥水で濡れていて、階段に細い水の跡を引いていた。
二階は短い廊下で、油灯がいくつか灯っていた。
女中が一番奥の部屋を開けた。
部屋は広くない。
四角い卓が一つと、古い椅子が数脚。
窓は厚い布で覆われていた。
卓の上には、もう蝋燭が一本灯っていた。
火は小さく、卓の半分だけを照らしている。
「座って」
エレナが言った。
俺は薬草を置いて、壁際の椅子に座った。
エリスは隣に座った。
背もたれに寄りかからず、腰も完全には落としていない。
遠くの足音を聞いた猫みたいに、いつでも立てる恰好だった。
エレナは外套を脱いで、扉の後ろの木釘に掛けた。
髪を整え、袖を直してから、向かいに座った。




