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夕暮れの時

遠い昔。


カールが、まだ生きていた頃。


俺たち五人は、あの「鮮血と殺戮の神」の神選者を、九日間追い続けた。


最後に辿り着いたのは、深い谷だった。


奴は、そこで血の呪いを使った。


血の川が四方から押し寄せる。


エルメリアの聖光さえ、黒く染まった。


バルトスは法力を使い果たした。


リオナの矢は、すべて折れた。


そして――


カールが、空へ上がった。


彼は、俺が一度も聞いたことのない古い言葉を、長く唱えた。


空の彼方で、天界の門が開いたようだった。


六つの巨大な聖光十字架が、雲の上から降りてくる。


一つ。


また一つ。


それが大地へ降りた瞬間――


血の川が、すべて蒸発した。


神選者は、六本の聖釘の中央へ縫い留められた。


叫ぶ暇すらなかった。


その身体が、光の中で砕け散った。


後になって、俺はあの技の名を知った。


「ヘルヴェイン神罰」


あの時。


俺は、カールの傍らに立っていた。


天から降り注ぐ聖光の十字架を、ただ見上げていた。


まるで――


神跡だった。


そして今。


それが、来た。


---


「神よ。ご覧ください」


「これが、あなたに背いた王」


「魔女と共に眠る竜」


「どうか裁きを」


「この不滅の罪を――永遠に、大地の上へ縫い留めてください」


空が、突然、極端なまでに明るくなった。


白昼ではない。


白昼よりも、なお聖なる光だった。


雲が、左右へ退いていく。


まるで空全体が――


何かのために、道を譲っているようだった。


六本の聖光十字架が、天から降りてくる。


大きすぎた。


一本一本が、王都の鐘楼よりも高い。


落ちてくるのに、音はなかった。


ただ、光だけがあった。


光が戦場全体を、金色に染め上げる。


すべての人間が跪いた。


竜でさえ、頭を垂れた。


そして――


第一の聖釘。


ニーズヘッグの右翼を貫き、大地へ縫い留めた。


第二の聖釘。


左翼を貫く。


第三の聖釘。


後ろ足を貫く。


第四の聖釘。


前胸を貫いた。


第五の聖釘。


王都の中へ落ちた。


城壁が、次々と崩れ落ちる。


そして――


第六の聖釘。


俺へ向かって、落ちてきた。


俺は、避けなかった。


空中に立っていた。


赤い竜雷が、まだ身体の周囲で燃えている。


額から流れた血が、片目を覆っていた。


血の膜越しに、俺はその十字架を見つめた。


あまりにも明るい。


あまりにも清らかで――


あまりにも、カールがかつて掲げた剣に似ていた。


俺は、口を開いた。


「カール」


声は、静かだった。


「お前の誓いは――この一本で受け取る」


第六の聖釘が、俺の胸を貫いた。


痛みは、なかった。


ただ――


一瞬で、すべての雷が止まった。


風も止まる。


音も消える。


そして俺は、自分の心臓が――


最後に一度だけ、鳴るのを聞いた。


俺は、赤い星のように。


空から、墜ちていった。


ニーズヘッグは、光の中で顔を上げた。


俺が墜ちていく方角を見つめる。


口を開く。


だが――


声は、出なかった。


---


奴らが俺を見つけたとき。


俺は、瓦礫の中に横たわっていた。


呼吸は、なかった。


鼓動も、なかった。


胸には、あの聖光十字架が突き立っている。


あまりにも大きく――


俺自身を、大地そのものへ縫い留めているようだった。


竜雷は、身体から消えていた。


残っていたのは、全身の血と――


焼け焦げた黒衣だけだった。


だが。


腐らなかった。


血は、乾かなかった。


皮膚の下には、ほんの僅かに温もりが残っていた。


教会の者たちが、俺を囲んで見ていた。


跪く者。


嘔吐する者。


そして、誰かが言った。


「彼は……まだ、死にきっていない」


そこで奴らは――


さらに三本の小さな聖釘を持ってきた。


右肩。


左腹。


右足。


一本。


また一本。


俺の身体へ、打ち込んでいく。


打ち込まれるたび、大地が微かに震えた。


俺の指が――


一度だけ、動いた。


そして。


動かなくなった。


奴らは俺を王宮の地下へ引きずり込んだ。


崩れた壁。


砕けた石。


それらで俺を何層にも覆い隠した。


そして――


帝国は、城を壊し始めた。


摂政教宗メルキオ二世は、王都で最も高い場所に立っていた。


まだ煙を上げる廃墟を見下ろし、静かに言った。


「完全に破壊せよ」


「後の世の者に――」


「彼の都市を」


「彼の王座を」


「彼の灰を」


「二度と見つけさせるな」


連合軍は、壊し始めた。


神殿。


竜の巣。


広場。


噴水。


玉座。


階段。


竜を刻んだものは、すべて砕かれた。


竜誓王国の歴史は――


石から。


鉄から。


一片ずつ、抉り取られていった。


王族の遺品は運び去られた。


運べないものは、黒い塊になるまで焼かれた。


その後――


法師協会の者たちが動いた。


宮廷大法師、オズヴァル・グリム。


十人の高階地系法師。


二十人の戦闘牧師。


詠唱は、丸一日続いた。


「大地よ」


「この国を呑み込め」


「再び太陽に見られることのなきよう」


「石を棺とせよ」


「土を衾とせよ」


大地が、裂けた。


王都は、ゆっくりと。


そして――抗うことすら許されず、沈んでいった。


王宮。


城壁。


神殿。


焼け落ちた竜の巣。


断ち切られた街道。


崩れた鐘楼。


一つ。


また一つ。


すべてが、大地に呑み込まれていく。


土煙が立ち昇った。


空を覆うほどの土煙だった。


数キロ離れた連合軍の足元までも、震えていた。


やがて――


土煙が晴れる。


王都は、消えていた。


そこに残っていたのは――


灰黒色の荒原だけだった。


まるで神が掌を伸ばし、国そのものを地の底へ押し込んだようだった。


こうして。


ドラコファルは――


灰燼荒原となった。


---


五百年後。


灰燼荒原の下。


さらに深い場所。


一人の銀色の長い髪の女が、瓦礫の中に半ば埋もれていた。


半身を、崩れた煉瓦に押さえつけられている。


服は、数枚の布切れしか残っていない。


肌には、聖光による灼傷の痕が白く浮かんでいた。


まるで、焼け焦げた石のようだった。


呼吸は、なかった。


それでも――


彼女の指は、まだ地面を掴んでいた。


まるで最期の瞬間まで、どこかへ這っていこうとしていたかのように。


彼女の意識は、深い水の中へ沈んでいた。


光もない。


音もない。


果てもない。


そして――


さらに深い場所から、声が浮かび上がってきた。


「目を覚ませ」


その声は、男のものでも。


女のものでもなかった。


鱗が石を擦る音。


灰の下で、火が再び灯る音。


「古竜ヴィスタリア」


「まだ、お前が眠る時ではない」


彼女の指が――


瓦礫の下で、かすかに動いた。


彼女は、影を見た。


六枚の翼。


巨大だった。


山よりも、なお大きい。


それは首を垂れ、暗闇の中で彼女を見つめていた。


その目は、光を放たない。


二つの、古い月のようだった。


「彼を探せ」


「彼は――まだ死んでいない」


そして、影は消えた。


闇が、再び閉じる。


彼女は、瓦礫の下で目を開けた。


どれほどの時が経ったのか、わからなかった。


長かったのかもしれない。


そうでもなかったのかもしれない。


ただ、一つだけわかっていることがあった。


指が、動く。


彼女は、初めて息を吸った。


肺いっぱいに入ってきたのは――


灰だった。


彼女は、掘り始めた。


自分の爪で。


自分の指で。


まだ砕けきっていない骨で。


上へ。


上へ。


ただ、掘り続けた。


灰黒色の荒原。


その上では、教会の旗が一番高い場所に立っていた。


兵士たちは、すでに遠くへ去っていた。


風が灰を巻き上げ、北へ吹いていく。


空は、冷たかった。


大地の下で――


一人の少女が、手で石を掘り続けている。


そして――


五百年後。


俺は、暗闇の中で――


誰かが話す声を聞いた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。皆さんにもたくさんのメッセージを残していただきたいです。¯꒳¯


これが『灰燼の竜帝』の、本当の始まりです。竜誓王国は滅び、アルドは大地の底へと縫い留められ、エリスは暗闇の中で目を覚ましました。


次章、五百年後。


それでは、また次章でお会いしましょう。

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