↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/30

八天使断罪

「まだ足りぬ」


教宗が言った。


その直後だった。


召喚物が、一斉に押し寄せてきた。


四体の高階構装巨像が、法陣の中から立ち上がる。


頭も、顔もない。


そこにあるのは、人間より太い四本の腕と、破城槌のように重い巨体だけだった。


二十体の高階元素生物が、各方面から殺到する。


風元素が翼を押さえつける。


土元素が足を殴りつける。


火元素が竜の炎を押し返す。


水元素が首に絡みつく。


さらに、聖光騎士団が数百体もの聖光造物を呼び出した。


天には、巨大な聖眼が開く。


無数の光の鎖が聖眼から降り注ぎ、ニーズヘッグを幾重にも縛り上げた。


「アルド」


声が、また聞こえた。


助けを求めているんじゃない。


俺を逃がそうとしている。


「下の連中は、俺の命までは取れない」


「だが、お前がここで死んだら、もう終わりだ」


俺は聞いていた。


でも――


もう、竜の背から飛び降りていた。


落ちながら、古竜の血が燃え上がる。


熱じゃない。


雷だ。


骨から。


血から。


皮膚の下から。


赤い雷が、一斉に爆ぜた。


目から。


口から。


爪の先から。


赤い雷が溢れ出す。


頭上では黒雲が渦を巻き、雲の奥から何本もの稲妻が落ちてくる。


それらが次々と、俺の身体へ突き刺さった。


まるで――


空そのものが、俺に雷を喰わせているようだった。


俺は、赤い災星となって天から墜ちていた。


右手を上げる。


純粋な竜雷が凝縮する。


掌の中で、巨大な雷槍が形を成した。


金色じゃない。


赤だ。


空の血を、すべて搾り取ったような赤だった。


「失せろ」


雷槍を投げる。


狙いは――あの聖眼。


赤い光が、空を裂いた。


戦場全体が、赤く照らし出される。


帝国兵たちは一斉に空を見上げ、手にした剣を下ろすことすら忘れていた。


聖眼が、雷光の中で爆ぜた。


閉じる暇すらなかった。


竜雷が瞳孔の位置から流し込まれ、焼けた釘のように聖眼を貫く。


白金の破片が天穹へ炸裂した。


それは、無数の燃えるガラスのようだった。


光の鎖が寸断される。


聖光造物が連鎖する光の中で悲鳴を上げ、次々と砕け散った。


そして俺は、両腕を開いた。


赤い竜雷が、身体から怒涛のように溢れ出す。


十。


百。


千。


空が逆さまになって注ぎ込まれたようだった。


雷が海となり、天そのものを覆い尽くしていく。


ニーズヘッグを縛る、すべてのものへ。


雷が降り注いだ。


天穹聖棺の十二本の光柱が、竜雷の中でひび割れる。


重力深淵が弾け飛ぶ。


龍封咒鎖が引き千切られる。


奥術天牢が砕け散る。


元素逆流が、逆流したまま押し戻される。


禁空法陣が、破れる。


四体の構装巨像には、数百の赤い雷が同時に命中した。


巨像は熔け、崩れ落ちる。


まるで天雷に焼かれた黒鉄の塔だった。


風元素は散った。


土元素は砕けた。


水元素は霧となった。


火元素は竜雷と己自身の炎に焼かれ、消滅していった。


封印も。


束縛も。


ニーズヘッグを大地へ縫い留めようとしたものすべてが――


その一瞬で、引き裂かれた。


やっと動ける。


「立て!」


俺は叫んだ。


ニーズヘッグが勢いよく身体を起こした。


翼が開く。


突き刺さった光の槍も。


絡みついた鎖も。


残骸と化した法陣も。


死んだ蛇を振り落とすように、あいつはすべてを弾き飛ばした。


だが――


その瞬間。


三百基の竜狩り弩砲が、一斉に放たれた。


矢は、前もって用意されていた。


一本一本に祝福文が刻まれている。


ただの鉄じゃない。


竜の鱗を噛み破る――聖鉄だ。


最初の黒い雨が、降り注いだ。


ニーズヘッグは避けなかった。


立ち上がったばかりだった。


まだ、完全には束縛を抜け出せていない。


黒い矢が、次々と身体へ突き刺さる。


首。


腹。


翼の根元。


後ろ足。


鱗が弾け飛び、黒い血が泉のように噴き出した。


ニーズヘッグが、震天の慟哭を上げる。


その慟哭が、俺の骨にまで響いた。


「止まるな!」


俺は叫んだ。


「大丈夫だ」


あいつは歯を食いしばった。


口を開く。


竜の炎が、滝のように溢れ出した。


狙いは――竜狩り弩砲。


炎が赤い川のように地上を走り、最前列の弩砲と砲手をまとめて呑み込んだ。


あいつは止まらなかった。


重傷の身体を引きずりながら、それでも前へ進む。


爪で台座を砕く。


尾で矢の陣を薙ぎ払う。


一本の矢が左目に突き刺さっても――


まだ燃やし続けた。


もう一本が下顎から上顎まで貫いても――


まだ噛み続けた。


地上では、重歩兵。


残存する元素生物。


生き残った構装生物。


それらと殺し合いながら、ニーズヘッグは一歩も退かなかった。


俺は、天に立っていた。


「アルド」


見下ろす。


ニーズヘッグの声が、下から聞こえた。


「上は任せた」


俺は答えなかった。


天は、もう裂けていたからだ。


雲が裂けたんじゃない。


光が裂けた。


金色の門が、虚空から開く。


ガリアン・ルシファルが地面に跪いた。


その周囲では、百人の聖騎士と百人の大牧師が詠唱を始める。


地上から、声が昇ってくる。


「天界降臨――八天使断罪」


八つの光が、門から墜ちた。


第一使。


四翼。


白光の長槍を構え、俺の顔面へ突き込んでくる。


俺は手を上げた。


槍を掴む。


竜雷が柄を逆流した。


指先から腕へ。


腕から身体へ。


天使の身体が、焼かれた磁器のようにひび割れていく。


最後には、身体そのものが丸ごと爆ぜた。


金色の破片が、星のように散った。


第二使。


四翼。


銀の鎖が、背後から俺の足首へ絡みつく。


俺は逃げなかった。


足から竜雷を走らせる。


鎖が焼ける。


火のついた導火線のように、銀の鎖が半空で寸断された。


そのまま天使の身体も、光となって砕け散る。


第三使。


六翼。


聖光の大剣を、斜めに振り下ろしてきた。


王都の外壁すら斬り裂けるほどの一撃。


俺は身体を捻って避けた。


重い。


大剣が空を切り、天使の身体が前のめりになる。


その瞬間――


俺は距離を詰めた。


掌に竜雷の短槍を凝縮する。


そして。


左翼と胴の境目へ、突き刺した。


天使が、人ならざる悲鳴を上げる。


次の瞬間。


無数の光片となって、目の前で砕け散った。


第四使。


四翼。


金の盾を構えている。


攻めてこない。


防ぐだけだ。


雷槍を撃つ。


砕けない。


もう一発。


今度は盾の中央へ、拳を叩き込んだ。


竜雷が腕全体から炸裂する。


金の盾が、中央から裂けた。


金色の破片が飛び散る。


天使は余波で吹き飛び、空中で三つに千切れた。


第五使。


四翼。


光の弓。


連射。


矢は、光そのものを引き裂くほど速い。


俺は避けない。


竜雷が身体の表面に網を張り、すべての矢を三尺先で弾き飛ばす。


そのまま飛ぶ。


一気に間合いを詰めた。


天使が退こうとする。


遅い。


俺は、顔のない光の顔を掴んだ。


握り潰す。


五体。


あと三体。


俺が振り返った、そのときだった。


ニーズヘッグの叫びが聞こえた。


下を見る。


重歩兵の長槍が、後ろ足を押さえ込んでいる。


祝福の矢が左翼を何本も貫いている。


聖火の槍が背骨を突き抜けている。


それでも、まだ戦っていた。


噛みつく。


炎を吐く。


倒れない。


俺が気を取られたことに気づいたのか、あいつが怒鳴った。


「下を見るな!」


俺は歯を食いしばり、顔を上げた。


残る三体の天使が、包囲を固めている。


第六使。


六翼。


聖火の槍。


第七使。


四翼。


両手で印を結び、聖光の牢柱を降ろす。


第八使。


八翼。


半透明。


まるで天界そのものから伸びてきた手のようだった。


俺たちは、同時にぶつかった。


雷と光が、雲の中で炸裂する。


人間には見えない戦場。


赤い光と金の光が、ひっきりなしに天から降り注ぐ。


まるで――


二柱の神が、雲の中で殴り合っているようだった。


第六使の聖火の槍が、左肩を貫いた。


俺は天使を槍ごと引き寄せる。


額を叩き込んだ。


顔が砕けた。


第七使の聖光の牢柱が、四方から迫ってくる。


俺を光の檻へ閉じ込めようとしていた。


俺は両手を伸ばす。


柱を二本、掴む。


そして。


勢いよく中央へ叩きつけた。


柱同士が衝突し、砕け散る。


俺はその破片を蹴り、檻の外へ飛び出した。


第八使が、まだいる。


一番高く。


一番冷たく。


そして――一番、神に似ていた。


あいつは俺を見ていた。


目があるのかどうかすら、わからない。


同時に動いた。


光剣が、俺の胸を裂く。


俺の雷槍が、奴の心臓を貫く。


同時だった。


俺の血が胸から溢れ、雷を帯びる。


奴の身体は心臓から裂け、光を帯びる。


一瞬。


目が合った。


そして――


天使は、天の光の山のように。


金色の破片となって炸裂した。


そのときだった。


声が聞こえた。


教宗の声。


とても静かだった。


天から直接注がれてくるようでもあり――


跪いたすべての者の喉から、同時に吐き出されているようでもあった。


「神よ。ご覧ください」


「これが、あなたに背いた王」


「魔女と共に眠る竜」


「ヘルヴェインよ――」


「あなたの裁きが、下りますように」


瞳孔が、縮んだ。


俺は、振り返らなかった。


あれが何なのか。


知っていたからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。