嵐の前
最後の会議。
俺は中には入らなかった。
扉は半分開いていて、冷たく湿った石壁に背を預けて立っていた。
油灯は二つだけ。
光が扉の隙間から漏れて、地面の雨を細い金の糸のように照らしていた。
トランの声は途切れ途切れで、ときどき雨音にかき消された。
彼は三つの隊の人数と時間を、もう一度確認していた。
広場隊は五十人。
ベイタンとガストンが率い、事前に黒茨町へ紛れ込ませる。
東門は百人。
トランとコーンが率い、最初の煙が上がったら、ガストンの手の者に門を開けさせる。
俺たち要塞突入隊は四十二人。
裏山の古い用水路から入る。
「正午だ。奴らが広場に人を引っ張り出す。斧が上がったら、火を点ける」
トランが言った。
彼は少し間を置いた。
机のほうへ歩いていって、何か重いものを置く音がした。
「ひとつ、はっきりさせておく」
彼の声は、先ほどより落ち着いていた。
前から決めていたことを、ようやく口にしたようだった。
「エレナの竜は、見た。旧採石場でな。月が明るくて、あれが雲の上から降りてきた。翼を広げたら、この教会より大きかった」
中で誰かが息を呑んだ。
「本当だ。この目で見た」
トランは続けた。
「あれは作り話じゃない。俺たちは戦える」
中が静かになった。
数秒して、誰かが低く頷くような声を出した。
歓声ではない。
ずっと堪えてきた者が、ようやく息を吐いたような声だった。
俺は振り返って、扉のほうを見た。
バルが一番外に立っていて、アイリスがその隣にいる。
二人の影が灯りに長く伸びて、敷居の外まで届いていた。
会議はすぐに終わった。
皆、裏口から出ていく。
足音は軽く、誰も喋らなかった。
俺は入り口でアイリスを待った。
彼女はバルと一緒に出てきた。
バルは俺を見ず、低い声で彼女にだけ言った。
「俺の後ろにつけ。要塞に着いたら、伏せろと言ったら伏せろ」
アイリスは「はい」と答えた。
俺は二人を見たが、何も聞かなかった。
アイリスが俺の横を通るとき、小声で言った。
「本当は私、行かせてもらえなかったの。ずいぶん頼んだ」
「なんて頼んだんだ?」
「ちょっとした魔法なら使えるって。最初は信じてもらえなかったけど、そのうち面倒になったみたいで」
彼女は古い革鞄の紐を引き直し、俺に少し笑った。
だが、その笑みはすぐに消えた。
俺も何も言わなかった。
会議が終わってから、俺たちは灰爐村には戻らなかった。
あの数日、雨は止まなかった。
バルはもう待てないと言った。
彼は俺たち数人を先に連れて行き、残りは二手に分かれて後から来る手筈だった。
コーンとトランは東へ向かった。
ベイタンは前の晩に出発していた。
水路だ。
ガストンの連中はとっくに町の中に潜り込んでいて、もう二日も漁倉から出ていない者もいるらしい。
ガストン自身も、それきり姿を見せていなかった。
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出発は明け方だった。
空はまだ暗く、雨は白く細かく、山の上から灰が降っているようだった。
俺たちは小道を歩いた。
道は水でぬかるみ、一歩ごとに足を取られた。
老いたバルが先頭を歩く。
彼は弓を背負い、火を点けず、ときどき立ち止まって地面に耳を近づけた。
巡回の馬の蹄音が遠ざかると、彼は身を屈めたまま手を上げ、俺たちを進ませた。
俺たちの隊は四十二人。
灰爐村の若者、ガストンの配下、白水村から来た男たち。
誰の顔にも恐怖はなく、かといって昂揚もない。
皆、ずっと長い道を歩いてきたように、表情を硬くしていた。
俺はアイリスの少し前を歩いた。
彼女は古い革鞄を提げている。
中は傷薬と包帯だ。
道が滑り、俺は何度か踏み外しかけた。
彼女は何も言わず、後ろから俺の腕を支えた。
「大丈夫だ」
俺は言った。
「私は何も言ってない」
彼女は小さく言い返した。
俺は黙った。
バルが前で振り返り、俺たちを見たが、何も言わずにまた前を向いた。
空はますます暗くなった。
黒茨の枝がときどき顔に当たる。
乾いた手のように、水を含んで、肌を打った。
最初は冷たかったが、そのうち感覚がなくなった。
後ろで誰かが転んだ。
灰爐村の若者だった。
彼は声を上げなかった。
隣の二人が彼を抱えて立ち上がらせ、そのまま歩き続けた。
裏山に近づくころ、雨は弱くなった。
雲の切れ間から月が出た。
薄い月だった。
磨き残した古い銀のように、ぼんやりと光っていた。
俺は要塞を見た。
黒茨町で見るより、ずっと近い。
灰色の壁、塔の上にいくつかの灯り。
その灯りは風に揺れて、今にも消えそうだった。
バルは俺たちを止めなかった。
さらに半刻ほど歩き、彼は俺たちを低い窪地の林へ導いた。
木が密生していて、要塞側からは見えない。
彼は一度、林の周りを回った。
それから林の端まで行って、長いこと城壁を眺めてから戻ってきた。
「ここだ」
彼は言った。
皆、木を探して座った。
火を点ける者はいない。
武器は手元に置く。
刀は布に巻かれ、光を反射しないようにしてある。
乾物を噛む者もいれば、寄りかかって目を閉じる者もいた。
俺は黒茨の木の下に座った。
地面は湿っていて、冷えが土から染み込んで、足から這い上がってきた。
とっくに濡れていた。
俺は麦わら帽子を脱いで、膝の上に置いた。
アイリスは足を擦りむいた若者二人に薬を塗っていた。
彼女はしゃがみ込み、手早く処置をしていた。
俺には薬のことはわからない。
だが、彼女が初めてではないことだけは見てとれた。
薬を配り終えると、彼女は俺の隣に来て座り、鞄から硬いパンを半分取り出した。
「食べて」
彼女は言った。
俺は受け取った。
パンは硬く、噛むと木を噛んでいるようだった。
それでも、俺は何口かで食べきった。
「ずっと城壁を見てたでしょ」
彼女が言った。
「位置を覚えようと思って」
実際には何も考えていなかった。
ただ、見ておくべきだと思っただけだ。
「明日は西の壁の下を通るの。あそこに古い用水路がある」
彼女は、ずっと前から知っていたことを繰り返すように言った。
「ああ」
「ガストンが言ってた。明日の朝は城壁の見回りがある。外には出られない。ここで夜まで待つの」
「それから?」
「それから、正午の鐘が一度鳴ったら、水路の入り口に近づく。三度目の鐘で、突っ込む」
彼女はとても落ち着いて言った。
俺は彼女を見た。
彼女の顔は月明かりで白く見え、この雨の夜にすべての色を洗い流されたようだった。
「怖くないのか?」
俺は聞いた。
彼女はすぐには答えず、鞄の紐を結び直した。
「何が怖いの」
彼女は言った。
「それに、伝説の竜帝が隣にいるじゃない」
俺は少し笑った。
何と返せばいいのか、わからなかった。
風が吹いて、彼女の髪が肩に流れた。
黒い髪の下から、何本か銀色の髪が根元から覗いていた。
そのあとバルが来て、
「少し寝ろ。前半は俺が見張る」
と言った。
アイリスは立ち上がり、怪我人たちのほうへ行った。
俺は木に寄りかかり、外套をきつく巻いた。
地面は冷たかったが、体はもう麻痺していた。
林の外から風の音が聞こえた。
誰かが遠くで山全体を押しているような音だった。
どれほど経ったか、俺は目を覚ました。
空はまだ暗い。
月は山の裏へ傾いていた。
バルはまだ林の端に座り、弓を膝の上に置いていた。
まるで地面から生えた古い木のようだった。
俺は立ち上がり、彼のほうへ歩いた。
彼は気配に気づいたが、振り返らなかった。
「眠らないのか?」
彼は聞いた。
「目を覚ましただけだ」
「もうすぐだ。後半だ」
彼は空を見上げた。
「明日の今ごろは、俺たちは城壁の下で死んでいるか、要塞の中で座っているかだ」
彼は町へ塩を買いに行くかのように、淡々と言った。
俺は何も言わなかった。
しばらく彼と並んで立っていた。
遠く、黒茨町の方向はまだ何も見えなかった。
火も、音も、ただ広い暗灰色の夜があるだけだった。
「若いころは、俺もお前みたいだった」
バルが突然言った。
俺は横顔を見た。
彼の目はまだ前を向いていた。
夜では皺は見えず、ただ顔が硬く見えるだけだった。
「この戦いが終わったら、別のことをしようって、いつも思ってた。家に帰って、畑を作って、羊を飼おうって」
彼は言った。
「だが、戦が終わったときには、家もなかった」
「軍にいたのか?」
実は見当はついていた。
「ああ。北の霜境だ。ここよりずっと寒い。歩哨のときは、髭と槍の柄が凍ってくっついた」
彼は声を出さずに笑った。
「あのころは帝国を信じていた。半生をかけてな。あとで息子たちも信じた。あの子らも北へ行った」
彼はしばらく止まり、それから続けた。
「クルヴィアの戦いを知っているか。帝都から来た王族の指揮官が逃げて、連中は冬の只中に置き去りにされた。最後はあのヴォスガル人に全滅させられた」
彼は言った。
「ああいうことは一度や二度じゃない。俺たち北の人間は、とっくに帝国に愛想を尽かしている。ただ、ハインリヒ様はまだ何も言わない」
風が俺たちの後ろを通り抜けた。
彼が弓を握る手の指が、一瞬白くなった。
「若いころは、聖恩帝国の軍人であることを誇りに思っていた。息子たちにも、国を守ることを憧れさせてしまった」
彼は言った。
「俺のような年寄りがここに来たのも、父親としての俺自身に、けじめをつけるためだ」
そう言って、彼は林のほうへ歩き出した。
二歩ほど行って、振り返った。
「死ぬな。お前が死んだら、あの小娘がまた俺のところへ来る」
俺は何も答えなかった。
その場に立ち、彼の背中が木陰に消えていくのを見ていた。
ふと、聖恩帝国ができたばかりのころを思い出す。
俺はあの男と共に、帝国軍を率いて、神選戦争の残滓を掃討して回った。
あのころ、人々は皇帝カールを、まるで神が降りてきたかのように見ていた。
ヘルヴェインの恩寵のもと、聖恩帝国は永遠に栄光だと。
カール。
これは、お前の望んだ未来じゃない。




