竜帝
聖恩歴五十三年、秋。
帝国と教会の連合軍は、南と西の二手から同時に侵攻してきた。
最初に国境を越えてきたのは、ハインリヒ大公、霜境の主だった。
北境の重歩兵二万五千。
腐肉の匂いを嗅ぎつけた狼の群れのようだった。
奴らは、あまりにも速く進みすぎた。
空からは何も落ちてこない。
そう思い込んでいた。
――俺は、奴らを失望させなかった。
夜明け前。
俺はニーズヘッグに乗り、雲海の上へ昇った。
太陽が昇り始めていた。
雲海は金赤色に染まり、遥か彼方まで広がっている。
俺は右手を掲げた。
その瞬間。
二百余騎の竜騎士が、雲の中から一斉に急降下した。
遮天蔽日の竜族の大軍が翼を広げる。
その影が地上を覆った瞬間、川面がわずかに震えた。
最初に、竜の炎が落ちた。
川全体が、白い蒸気に包まれた。
ハインリヒの前軍は、神が焼けた鉄を水へ押し込んだかのように、一瞬で崩れた。
重歩兵の盾壁は、音を立てる暇すらなく、水面に浮かぶ黒い殻へと変わった。
戦馬は岸辺で狂ったように走り回り、騎手を泥の中へ振り落とす。
人々は次々と倒れていった。
刈り取られた麦のように。
そして、竜の群れが降下した。
竜の爪が旗を砕いた。
竜の尾が矢の陣を薙ぎ払った。
帝国兵は武器を捨て、北へ逃げた。
だが――
北にも竜がいた。
奴らは川の湾曲部へ追い詰められた。
この一戦で。
ハインリヒの二万五千は、一万二千も残らなかった。
俺は止まらなかった。
竜騎士団を率いて、北から西へ。
西から東へ。
戦場を駆けた。
帝国軍が最も恐れたのは、竜の炎ではなかった。
――速度だ。
竜は雲の上から急降下する。
人間には、瞬きをする一瞬しか与えない。
次に目を開けたときには――
目の前にいた部隊は、もう消えている。
連合軍の最初の包囲は、俺たち竜騎士によって引き裂かれた。
俺は何度も自ら出撃した。
竜雷を放ち、連合軍の竜狩り弩砲陣地を粉砕した。
事前に造られていた弩砲は、最初の攻勢を迎えることすらできなかった。
枯れ草のように焼け。
鉄屑へと変わった。
それでも――
奴らは来る。
帝国の兵は、いくら倒しても尽きなかった。
戦争三か月目。
帝国は攻撃をやめた。
奴らは――囲み始めた。
ハインリヒの残兵は北へ下がった。
エステルレ侯爵、金原の主は、二万の騎兵で陸路を断った。
オルドリッジ侯爵、碧潮の主は、水軍で河道を封じた。
フォン・クライナッハ公爵、黒石の主は、あらゆる山道に砦を築いた。
奴らは、竜騎士とは戦わなかった。
どの出口にも、新しい弩砲と法師を配置しただけだった。
竜誓王国には、海の盟友もいない。
陸の援軍もいない。
声を上げてくれる国など、どこにもなかった。
アルドは三十騎を突破に送った。
戻ってきたのは七騎。
二騎は途中で死んだ。
一騎は、戻ってきたときには、もう正気を失っていた。
竜だけが、帰り道を覚えていた。
その竜が騎士を背負い、王都へ降り立ったとき。
翼には矢がびっしりと突き立っていた。
まるで、打ち捨てられた古い旗のようだった。
その後。
連合軍は、殺した竜の首を陣の前に並べた。
数百個。
一列に。
隙間なく。
大きいものも。
小さいものも。
その中には、アルドがまだ覚えている竜もいた。
「霧牙」。
白竜だった。
卵から孵る瞬間を、アルド自身が見守った竜だ。
その首は、一番高い場所に掲げられていた。
目には祝福された木釘が打ち込まれている。
それでも、まだ王都を見つめているようだった。
城壁の泣き声は、朝から晩まで止まなかった。
アルドは城頭に立ち、それらの首を見ていた。
ニーズヘッグは、その後ろにいた。
初めて。
何の音も出さなかった。
ただ首を垂れている。
雨に濡れた岩のようだった。
「陛下」
傍らの者が、小さく言った。
「もう、ご覧にならないでください」
アルドは振り返らなかった。
「まだ飛べる者を、全員呼んでこい」
「陛下?」
「俺たちは死ぬ」
アルドは言った。
「だが――」
「王都で死ぬ」
最終決戦は、黄昏から始まった。
王都の外には、十二万の帝国軍が原野を埋め尽くしていた。
旗は秋の落ち葉のように、何層にも重なり、果てしなく続いている。
聖光教会は、白い祭壇を最も高い場所に築いた。
摂政教宗メルキオ二世が、その上に立っている。
聖光騎士団長ガリアン・ルシファルは、その前に跪いていた。
宮廷大法師オズヴァル・グリムは空中に立ち、法杖を柱のように掲げている。
俺は、ニーズヘッグに跨った。
ニーズヘッグは、ずいぶん痩せていた。
肋骨が鱗の下から浮き出ている。
黒い石に埋め込まれた刃の列のようだった。
それでも。
ニーズヘッグは立ち上がった。
翼を広げる。
王都の広場が、まるごと覆われた。
百八十余騎が、後ろに続いた。
鎧はない。
鉄は、とっくに尽きていた。
多くの者が手にしているのは、竜槍と古い剣。
そして――最後の火だけだった。
「ついて来い」
俺は言った。
ニーズヘッグが飛び立った。
連合軍が城下に陣を敷いたとき。
俺はすでに、奴らの航空戦力を目の当たりにしていた。
ヴァンドリック家とヴァルデマー家。
三十騎の竜騎士が、雲の下で三列に並んでいる。
その右側には、第二騎士団「天鷲」。
三百頭の鷲獅子。
鷲獅子は竜ではない。
竜の炎は吐けない。
だが――四本の爪は鉄を砕き、翼は戦馬を薙ぎ倒す。
どの鷲獅子の背にも重装騎士が跨り、騎槍を構えていた。
穂先は、雨上がりの空の下で鈍く光っている。
さらに外側には、巨鷹隊。
帝国が北境から調教してきた巨大猛禽だ。
翼を広げると、音もなく飛ぶ。
巨鷹の背には、第四騎士団「風羽」の弓兵。
矢が天から降ってくるとき。
まるで、風そのものが牙を生やしたかのようだった。
さらに高くには――
法師協会が召喚したものがいた。
十数頭のガーゴイル。
黒い岩の体。
蝙蝠の翼。
まるで古い神殿の屋根から剥がれ落ちた、巨大な生きた彫像のようだった。
風元素と雲元素が、帝国軍の上空を漂っている。
そしてさらに。
錬金術によって育てられた双足飛竜。
竜の炎もない。
竜の言葉も話せない。
ただ、噛みつくだけ。
それでも――数が多かった。
空の半分を覆い尽くすほどに。
これが。
奴らが竜騎士団のために用意した――
「空」だった。
俺は振り返らなかった。
ニーズヘッグの背に立つ。
痩せていた。
だが、その翼はまだ王都の広場を覆える。
あいつが翼を開いた瞬間。
後ろの百八十余騎が、一斉に飛び立つ音が聞こえた。
竜の翼が、空気を裂く音。
大地全体が、息を吸い込むような音だった。
「ついて来い」
ニーズヘッグが、最初に動いた。
上へ昇る。
そのまま、前へと圧し掛かった。
赤い竜雷が、すでに俺の腕を這い上がっている。
二百余頭の竜が、後に続いた。
最初の接触は――
竜の炎だった。
二百本の火柱が、こちらから一斉に噴き出した。
空が、二つに裂けた。
鷲獅子隊が最初に散った。
奴らは、所詮竜ではない。
炎が来れば、乱れる。
巨鷹はもっと素早い。
だが――竜の威圧は、弓矢よりも速い。
ガーゴイルは炎を恐れない。
だが、竜の爪はそれらを引き裂ける。
錬金飛竜は――
ニーズヘッグに近づくことさえできなかった。




