聖戦の雨
古き竜の神、ヴァルゾクシスよ。
灰より生まれし者に、再び翼を。
忘れられし者の記憶に、再び火を。
これは、帝国に消された王の物語。
古き竜の神、ヴァルゾクシスよ。
灰より生まれし者に、再び翼を。
忘れられし者の記憶に、再び火を。
これは、帝国に消された王の物語。
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第五紀元 聖恩歴五十三年
聖恩帝国 帝都聖ヘルヴェイン
雨は長く降り続いていた。
帝都の秋が、これほど冷え込んだことはなかった。
白い石畳は雨水に浸され、暗い灰色へと変わっている。
まるで、街そのものを走る古傷のようだった。
聖光大聖堂の尖塔は、厚い雲の下から半分だけを覗かせている。
遠くから見ると、今にも折れてしまいそうな骨のようだった。
その高台に、一人の少年が座っていた。
カール二世。
十二歳。
痩せた身体には、身の丈に合わない白金色の皇袍が着せられている。
まるで、白い蝋の塊を無理やり服の中へ押し込んだようだった。
両手を膝の上に置き、唇を固く結んでいる。
高台の庇から落ちてきた雨が、何滴か彼の足元を濡らした。
それでも、彼は動かなかった。
その傍らには、摂政王兼教宗メルキオ二世が立っていた。
老人は傘を差していない。
純白の法衣をまとい、胸元には金色の太陽紋が刺繍されている。
雨の雫が皺だらけの顔を伝い、襟元へと流れ落ちていた。
それでも彼は、まるで何も感じていないかのように立っていた。
ただ顔を上げ。
前方を見つめている。
やがて、手にした巻物をゆっくりと広げた。
巻物は垂れ下がり、まるで祭壇から人の世へ零れ落ちる光のようだった。
「聖恩歴十一年」
教宗が口を開いた。
その声には、魔法など込められていない。
それでも。
その声は、一人ひとりの耳の奥へと落ちてきた。
天から沈み。
地の底から浮かび上がるように。
「先帝カール・聖恩と、竜誓王国の王アルド・ヴァーミリオンは、古い瓦礫の上で、血と火をもって誓いを立てた」
「二人は一頭の竜に共に乗り、一つの杯を分かち合った」
「先帝は掌を切り裂き、竜帝は雷で手首を灼いた」
「血は泥に落ちて、白い焔の花が咲いた」
教宗は、一度だけ言葉を切った。
天地は静かだった。
「その日、聖恩帝国とドラコファルは永遠の血盟を結んだ」
「――『双王の誓い』は、ここから生まれた」
再び、教宗は口を開く。
「先帝は言われた」
「竜帝がいる限り、帝国は竜の国を攻めない、と」
教宗は顔を上げた。
そして。
冷たい声で、告げた。
「だが今――」
「アルド・ヴァーミリオンは、誓いを裏切った」
声はなかった。
ただ、雨だけが降り続いていた。
「彼はアズ・ファラの魔女を匿っている」
「旧時代に焼き尽くされるべき災厄だ」
「彼はその魔女を王宮の奥に隠し、竜の巣の下に隠し、自らの影の中に隠した」
教宗の声が、次第に冷たくなっていく。
「彼は先帝に背いた」
「ヘルヴェインに背いた」
「自ら押した誓いに背いた」
「彼は竜騎士を増やし、竜を育て続けた」
「彼はドラコファルを、戦争しか知らない機械に変えた」
「誰もが竜を駆る――恐怖の王国を築き上げた」
教宗は、一歩前へ出た。
そして。
巻物を握りしめる。
「我、メルキオ二世」
「聖光教会の権を以て」
「先帝カール一世の名を以て」
「太陽と審判の神ヘルヴェインの名を以て」
その声が、雨の帝都へ響き渡る。
「ここに、アルド・ヴァーミリオンを裁定する――」
一言ずつ。
刻みつけるように。
「異端」
「叛教」
「棄誓」
その言葉の向こうには――
大軍がいた。
大聖堂の高台から見渡す限り。
地平線の果てまで、人が満ちていた。
皇帝近衛軍二万。
完全武装の兵士たちが整然と並び、二筋の銀の川のように皇城の門から外城まで流れ出している。
その前方には、五つの騎士団。
数は多くない。
だが。
大地の最も目立つ場所に突き立てられた、五振りの神兵のようだった。
第一騎士団――「銀冠」。
第二騎士団――「天鷲」。
第三騎士団――「鉄雨」。
第四騎士団――「風羽」。
第五騎士団――「日環」。
五つの騎士団を合わせても、二千五百余り。
だが。
その団長たちは、全員が英雄級の戦力を誇っていた。
どの団も、単独で一個普通軍を引き裂ける。
その外側には――
聖光騎士団二万。
白い軍服に、金色の太陽紋。
彼らは泥の中に跪き、剣を目の前に突き立て、額を柄に押し当てていた。
その後方には、千人の戦闘牧師。
さらにその後方には、四千人の白袍審判軍。
彼らは盾を持たない。
持っているのは――
聖火と鎖だけだった。
さらに。
法師協会の六百人の法師たち。
灰袍の見習いから紅袍の大法師まで、弧を描いて並んでいる。
杖が地面に突き立てられ、まるで葉を落とした鉄の林のようだった。
その中心。
宮廷大法師オズヴァル・グリムは、浮遊する石台の上に立っていた。
雨は、彼の三尺手前で左右へ滑り落ちていく。
そして――
六大領主連合軍。
帝国の腹から泳ぎ出してきた、六匹の大蛇のようだった。彼らは自らカールに忠誠を誓った。
霜境の主。
金原の主。
緑海の主。
碧潮の主。
王畿守護。
黒石の主。
その軍勢が、最後に到着した。
北東には、二つの王国軍。
ヘルマン王国――二万。
ゼルラン王国――一万五千。
二つの軍勢は、二本の灰色の川のようだった。
そして空には――
ヴァンドリック家とヴァルデマー家。
三十騎の竜騎士。
彼らはただ、空中に浮かんでいた。
まるで、鎖に繋がれた猟犬の群れのように。
彼らもかつては、ドラコファルに属していた。
竜誓王国の光復戦争の後、追放された者たちだ。
今は――
帝国に属している。
帝国は戦後、彼らに竜誓王国を共同統治させると約束していた。
ドラコファルの新たな栄光を築かせる。
そう約束したのだ。
そして。
この大軍の最前方には――
三百基の竜狩り弩砲が並べられていた。
それは、一列に伏せた黒い巨獣のようだった。
砲口は天を向いている。
弦は海獣の筋で撚られ、矢は人よりも長い。
その矢じりには、祝福文が刻まれていた。
各弩砲の傍らには、数名の兵士。
彼らは聖油と絹布を手にしている。
この弩砲は――
戦時に造られたものではない。
先帝が崩御した年から、ひそかに造られてきたものだった。
帝国の工匠と法師協会が、三年をかけて設計し。
そして今。
この地へ運び出された。
教宗は、もう一度口を開いた。
「聖戦の名の下に」
その声は、静かだった。
だが。
その言葉は、帝都全体を震わせた。
「ドラコファルを――」
一拍。
「浄化せよ」
その最後の言葉が落ちた瞬間。
聖光大聖堂の鐘が轟いた。
塔からではない。
四方八方からだった。
城壁から。
軍営から。
修道士たちの口から。
そして――
すべての聖章から。
鐘の音と雨が混ざり合う。
まるで、大地そのものが吠えているようだった。
三十万の兵が、一斉に剣の柄で胸甲を叩いた。
――ドン。
――ドン。
――ドン。
その音は遠雷のように。
帝都から。
天の果てまで。
転がっていった。




