予想外の収穫
雲の切れ間から、月光が薄い刃のように尾根へ落ちていた。
赤疤が、前触れもなく首を振った。
レオンは竜の背に跨がり、黒い鎧の上から防風用の厚い外套を羽織っていた。
夜風が耳を満たしている。
だが、竜の首元の鱗が突然張り詰めた感触は、風よりもはっきりと伝わってきた。
赤疤が速度を落とす。
左の翼端をわずかに傾け、竜ごと南へ半町ほど進路を変えた。
「どうした」
レオンが聞く。
赤疤は低く喉を鳴らした。
怒りでもない。
警告でもない。
何かの匂いが気に障る――そんな鳴き方だった。
レオンは竜の首越しに前方を見る。
灰燼荒原の方角は、真っ暗だった。
風に白く削られた古い石垣だけが、地平線に立っている。
月光がその輪郭を浮かび上がらせていた。
死人の肋骨のようだった。
「やめろ」
レオンは言った。
だが、赤疤は聞かなかった。
飛ぶ高さを下げ、ゆっくりと旋回を始める。
竜の翼が冷たく湿った空気を擦り、ざらざらと音を立てた。
レオンは眉をひそめた。
赤疤がこんな行動を取るのは珍しい。
この竜は普段、食うことと怒ること以外には、ほとんど興味を示さない。
赤疤が、もう一度首を振った。
今度はレオンにも分かった。
北側の斜面。
その下にある、あの小道を見ている。
「何かいるのか」
レオンは竜の首を軽く叩いた。
赤疤は低く唸った。
そして旋回をやめる。
そのまま、小道の方へ滑り降りていった。
小道は黒茨の林に挟まれていた。
月明かりすら入り込まない。
遠くから見れば、大地に刻まれた古い傷跡のようだった。
赤疤は道端の土の高まりに降りた。
翼を畳むより早く、レオンは飛び降りる。
長靴が湿った泥に沈んだ。
数歩進んだところで、茂みのそばに二人の男が倒れているのが見えた。
一人は背の高い男だった。
木の幹に寄りかかり、顔は水に浸かったように青白い。
もう一人は、泥の中にうつ伏せで倒れていた。
鎧には泥が跳ねている。
レオンは靴先で男を仰向けにした。
月明かりが、ちょうどその顔に落ちる。
額から顎まで。
半面を横切る、焦げた火傷の痕。
皮膚はめくれ上がり、その縁は白く変色していた。
刀傷ではない。
油による火傷でもない。
まるで――雷に打たれたような傷だった。
レオンは、その傷をしばらく見つめた。
それから、小道の北端へ目をやる。
雨は半晩前に上がっていた。
それでも、この道にはまだ、かすかな匂いが残っている。
古い革。
焼けた鉄。
そして、それ以外の何か。
赤疤が後ろで落ち着きなく尾を振った。
喉の奥から、低い息が漏れる。
「誰がやった」
レオンが言った。
誰も答えない。
風だけが斜面を下ってくる。
茂みの水滴が泥へ落ち、ぱちぱちと小さな音を立てていた。
レオンは立ち上がった。
もう一度、北の方を見る。
何もない。
少なくとも、目には見えない。
「……戻るぞ」
レオンは赤疤の方へ歩いた。
「砦へ戻る」
手綱を引く。
赤疤は、まだ北を向いていた。
灰葉村の方角だ。
だが、やがて低く唸ると、ようやく翼を開いた。
竜の翼が巻き起こした風で、茂みが一斉になぎ倒される。
月明かりが翼膜に遮られ、小道が一瞬だけ暗くなった。
次の瞬間。
赤疤は夜空へ舞い上がった。
土と砕けた草が風に巻き上げられ、闇の中へ消えていった。
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ダミアン・ローワンは、黒茨領の領主ガレス・ローワンの次男だった。
その日の昼、彼は灰葉村へ向かっていた。
徴税のために連れて行ったのは十七人。
盾を持つ歩兵が四人。
その後ろに、穀物を背負う徴収係が二人。
さらにその後ろに、ダミアンと三人の騎手。
騎手たちは村の入り口を見張り、誰も左右の黒茨の林から逃げ出せないようにしていた。
隊列の先頭では、痩せた背の高い税官がローワン家の徴税旗を掲げている。
黒地に白い鹿。
その鹿の角には、茨が絡みついていた。
ダミアンは、村の入り口にある小さな空き地を徴収の場にした。
若者たちが家に残った最後の黒麦の袋を運び出す。
ダミアンは、それを一つずつ計量させ、台帳へ記させた。
そして――
「竜糧税も取る」
そう言った。
すると、一人の若い猟師が声を上げた。
「竜はここにいないし、補給も俺たちの管轄じゃない。なんで竜糧税なんて払わなきゃならないんだ?」
ダミアンは、そいつを一瞥した。
何も言わない。
ただ、ゆっくりと歩み寄った。
そして――
パァン。
村人全員が見ている前で、平手を一発くれてやった。
猟師は不意を突かれ、地面に倒れた。
口の端が切れ、血が流れる。
「なんで、だと?」
ダミアンは腰を屈めた。
声は大きくない。
だが、一文字ずつ相手の耳へねじ込むような声だった。
「お前らが食ってる麦は、ローワン家の土地から生えたものだ」
猟師は睨み返した。
ダミアンは笑わなかった。
「不服なら、今すぐ出て行け」
指先で、灰燼荒原の方角を示す。
「荒原がお前を養ってくれるか、見てみろ」
猟師は、二人の兵士に押さえつけられた。
もう何も言わない。
そのとき、マルサが進み出た。
「若様、叩かないでください」
老いた声だった。
「あれは、まだ半人前の子です。口が軽いだけです」
マルサは頭を下げる。
「竜糧税は、どうにか都合をつけますから」
ダミアンは背筋を伸ばした。
それから、手についた血を払うような仕草をした。
「最初から、そう言えばいいんだ」
結局、彼は種籾までは取り上げなかった。
父から言われていたからだ。
――畑を枯らせば、来年はもっと取れない。
だが、顔は立った。
帰り際、ダミアンは村の入り口にある古い柵を見た。
「……あれも要らないな」
騎手の一人が振り返る。
「壊せ」
「ですが――」
「置いてても無駄だ」
ダミアンは吐き捨てた。
「税も出せない場所に、囲いなど要るものか」
鈍い音とともに、古い柵が蹴り倒された。
灰葉村の入り口に、ぽっかりと穴が開いた。
ダミアンは、それを一度だけ見てから砦へ戻った。
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砦へ着いた頃には、空はすっかり暗くなっていた。
ダミアンは酒を二杯あおった。
それから、レオンに昼間の話をしに行こうと思い立った。
だが。
西側の夜警兵が詰めている土の小屋の前まで来たところで――
「ガンッ」
中から、何かが壊れる音がした。
ダミアンの足が止まった。
小屋の中から、続けて小さな音が聞こえる。
何かを引きずるような音。
それから――
静寂。
ダミアンは扉の前に立った。
手は、まだ扉に触れていない。
酒の酔いが、ほんの少しだけ醒めた。
「……何だ?」
返事はない。
ダミアンは、扉を見つめた。
そして、すぐには入らなかった。




