第15R さようならの接近
「まさに大願成就。ココロノソニック、14勝目は本場アメリカの頂点」
「そして伝説となった」
「この伝説を目の当たりに出来た我々は幸運とか言う次元の話ではない」
「日本はもはや最高のダート馬産地かもしれない」
まあ、何と言うか、すごい。
確かにこれまでのどんなそれよりも大きなレースだけど、正比例するかのようにこれまでのどれよりも賛辞が大きい。
そして。
「おめでとうございます!」
「英雄万歳!」
「バンザーイ!バンザーイ!」
「世界のココロノソニック、いやKokoro no sonic!」
馬たちも、万歳三唱で出迎えている。
こんなの初めてだ。
「あれから十二年…ヒガシノゲンブの親友の息子だって」
「アッパーグレード………!」
「ああ、こっちもまだもう一戦分だけ現役にしがみ付けるよ。自分なりにすっきり終われるかどうかは知らねえけどな」
「僕がアメリカに行った直後から活躍してたし」
「相手が大した事ねえからな。まあ、アスタリスクガールにはかなわねえけど」
アッパーグレードもまた、いい笑顔で迎えてくれた。
そうか、ヒガシノゲンブの凱旋門賞からもう十二年…またもやうちの厩舎から世界的権威を持ったレースの勝ち馬が出たって事か。
しかもお父さんはワンダープログラムと並ぶヒガシノゲンブの親友。あまりにもドラマチックな運命だ。
そしてそれに引かれるように、アッパーグレードも活躍していた。
僕がアメリカに旅立った直後に走ったオールカマーにておよそ一年半ぶりに勝利を上げ、秋の天皇賞も二着。本当に元気だ。
「もーココロノソニックさん、すごすぎますよー。あたしなんか霞んじゃってるし」
「栄光は栄光だ。気にする事は何もない」
また、アスタリスクガールも見事な物だ。
JBCレディスクラシックを制し、見事GⅠ馬となった。
これなら僕らが引退した後の浅野厩舎の看板を任せる事が出来そうだと胸を撫で下ろせるし、また単純に笑顔が可愛い。今度は、そう言えた。勝負のためではない心底からの笑顔。僕が相手でなければ誰にでも見せていたかもしれないこの笑顔。
僕は英雄にはなれたかもしれないけど、アイドルにはなれなかった。その事を思い知るには、十分すぎたほどの笑顔だ。
「……………………」
そんな中、ただ一頭こっちを向いてくれない馬がいた。
ココロノサケビだ。
「おーい」
「に、いやココロノソニックさん…」
「何だい」
「あなたはどこの世界から来たんです」
「な」
「アッパーグレードさん、ぼくはあなたの弟に生まれたかったです」
「俺だってGⅠ二勝馬だ」
「……ええ、贅沢ですよね」
僕の弟でいる事が、どれほどまで重いか。その事は自分なりに理解しているつもりだ。
あの後ジャパンダートクラシックに回ったココロノサケビ。羽田盃と東京ダービーを分け合った二頭に次ぐ三番人気にされ、東京ダービー馬には負けたが羽田盃馬には勝ち銀メダルを得た。
しかしそれでは、馬券の人気以上に大きな期待には応えられていない。GⅠを、しかも一つや二つでは到底補いきれないほどの期待がココロノサケビにはかかっている。
「月並みだけどさ、僕は僕でありココロノサケビはココロノサケビだ。ココロノサケビにはココロノサケビの武器があるじゃないか」
「どんなです」
「僕は芝だと未勝利だ、ココロノサケビはシンザン記念を勝った」
「GⅡ二着皐月賞五着馬が何を」
「一着と二着は全然違う」
「だから決めたんです、次はマイルチャンピオンシップだって」
「おお!」
「あなたはそうやってすぐ素直に、裏表なく感動する。その事を知らないと痛い目を見る…」
少なくともココロノサケビには、僕らが引退した後の浅野厩舎の看板を背負う役目がある。今年中とまでは行かないにせよいずれ芝でもダートでもGⅠを取り、二歳馬たちにその背中を見せなければならない。
ただ実際、浅野厩舎の看板はヒガシノゲンブ・ワンダープログラムからお父さん、ノーザンスザクを経て僕ら三頭とそれこそ生半ならぬ名前が続いており、その次を受け継ぐのはただただ厳しい。さらにその下の二歳からそれ以上の存在が生えて来ないとも限らないと来ている以上、ココロノサケビの焦燥がいかばかりかは僕もまた身につまされる想いではある。
「もう一戦で終わるんでしょう」
「ああ。もう二戦と行きたかったけどやっぱ無理だって」
「まさか名古屋」
「多分東京だろ。名古屋に行くにはもう時間がなさすぎる」
僕の最後の舞台は、一体どこなのか。
名古屋と言うか中京競馬場でやるチャンピオンズカップか。だが検疫その他を考えるとさすがに間隔が短い。間隔が短いのは嫌いじゃないがここまで行くともうそこまで行っていられない。体がどうとか言うより、前走で派手に力を使ったので少し心を落ち着けたい。
となるとやはり大井競馬場でやる東京大賞典か。いっその事年明けまで待ってフェブラリーステークスとか言うのもあるかもしれない。
(それともいっそ……)
あるいは、このまま引退と言う事もあるかもしれない。やるべき事はもうやり尽くしてしまった以上、最後の最後まで最強で居続けようとするのは傲慢と呼ぶべき行いなのだろうか。
—————いや、僕は最後の最後まで、最強でいたい。
いつから最強になれたのか正確な所はわからない。
馬券的な所で言えば三年前のジャパンダートクラシック、単勝1倍台になった頃からか。いや、その次のJBCクラシックにて古馬相手でも単勝1倍台となり、着順も人気のそれと同じのになれた時か。それともチャンピオンズカップを勝ちながらルーチンワークだと言う思いを抱けた時か。
最強だと思った瞬間に弱くなるとか言うけど、それでも今の僕はダート界で行けば最強に近いはずだ。
ラインラインラインやフィールマイハート、カースブレイカー。もちろんアスタリスクガールやあるいはココロノサケビとも最後の対決になるだろう。
その時のために、力を蓄えておかねばならない。
「決まったよココロノソニック!」
浅野先生だ。小走りにやって来て何かの紙を振り回している。
「アッパーグレードと一緒に有馬記念だ」
有馬記念————————————————————。




