第14R そして僕はワールドチャンピオンになった
自由の国。
アメリカの事はよくそう言われる。
でも、正直首を捻りたい。
「今更何しに来たんだ」
そうアメリカの馬から言われた事は、一度や二度じゃない。
確かにブリーダーズカップクラシックと言うレースは日本馬から見ればジャパンカップ、いや有馬記念ぐらいの地位を持ったそれであり海外の馬にひょいと勝たれるのはあらゆる意味で面白くないのは分かる。
しかしこっちはルールを満たして来ている。彼らに邪魔をする権利はない。もちろん盤外戦って言うのは海外にもある以上そっちがそうならこっちもやってやるまでだが、こっちだって正直面白くない。
(馬だけじゃなく人間まで容赦がない…いやそれはある程度知ってるつもりだったけど)
『既にピークは過ぎている。二年前なら勝ち負け出来たが現状では』
『ドバイは二度挑戦し連続で惜敗。ここでもだいたい似たような物か』
『強引に逃げて相手を潰す戦法、だがわかっている以上同じ手は通じない』
『アメリカのダートを知らずに挑むには年を取り過ぎた。日本の足抜けのいいダートでならともかく』
随分な言い草だ。実際これらの問題はわかっている。わかっている上でこっちだってやって来ている。
「なるほど、お客様をお出迎えする雰囲気ってのは本来こんな物か」
今更ながら、そう思わずにいられない。
ドバイって所はあれほどの競馬場がありながら普段どんなレースをしているのか及びもつかない。それこそ余所様からやって来たスーパースター様をお迎えするための舞台なのだろう。
だがアメリカは立派な馬産地である以上に伝統を持った地であり、ケンタッキーダービーなんかは日本ダービーより四十七年も古い。日本なんてのはアメリカからしてみれば後進国でありダートの本場は自分たちだと言う自負で満ち溢れている。
(にしても芝がちっちゃいな…)
また日本では芝>ダートだがアメリカではダート>芝であり、ブリーダーズカップでも「ターフ」とか言って区別される。チャンピオンズカップが「ジャパンカップダート」だったように日本におけるダートは脇役であり、本業ではないと思われているのだろう。
しかしヨーロッパやオーストラリア、香港にダートなんかない以上日本はアメリカに次ぐ存在であり強引に言えばそれらの国よりずっと上であり世界で二番目にダートが強いはずだ。韓国?あそこはまだ日本の重賞を勝てない馬が韓国最高級のレースを勝てる程度のレベルだ。
で、アメリカのダートの馬場はと言うと正直日本のそれとあまり変わらない。確かに少し重いかもしれないが、東京や中京ならともかく地方競馬のそれとはそんなに差異を感じない。
日本はスピード重視で馬場が軽くゆえに重厚なそれを好む海外の馬が来なくなったのがジャパンカップの低レベル化の原因とか言われているけど、それなら多少実績がなくとも馬場に合いそうな馬を連れて来ればいい。
かつてジャパンカップで成績を上げ日本に種牡馬としてやって来た馬は山と居る。時代が違うと言えばそれまでだけど、馬場が合うと思うから、会わないとしても勝てると思うからやって来ている。
思い上がり?そう思いたきゃ思えばいい。なめてかかってくれるのならばそれに越した事はない。
「しかしここのレース映像ばっかり見て何やってんだか」
「環境を知らなければ勝てない。一応日本にいる間も見て来たから」
「日本は馬も大真面目らしいな」
「称賛をありがとうございます」
「褒めてねえよ」
こっちが過去数年のブリーダーズカップクラシックのデータを眺める中ちょっかいをかけて来た馬もいる。真面目の何が悪い。
「戦は常に初陣と思うべし———」
「なんだそれは」
「日本の武将が遺した言葉です。常にデビュー戦の様にしっかりと心構えを持って臨めと言う事です」
「重い奴だ」
「最高の舞台にそんな軽い気持ちで臨んでる馬には負けませんから」
「おうおう、ご苦労様なこって」
後でその馬が今年のプリークネスステークスとベルモントステークスを制した二冠馬だって知った時には、笑うより先に呆れた。
当然の如く当日一番人気になったそのケンタッキーダービー二着馬は、僕の年齢すら知らなかったらしい。
腹が立たなかったのかって?立ったさ。でもそれ以上に可哀想に思えた。確かに三冠初戦二着(アメリカではケンタッキー「ダービー」が三冠初戦)その後残る二冠を連勝した上にその後も古馬相手にGⅠを勝った馬とは言え、これが一番人気なのは妥当ではあるが少し問題に思えた。
よく見ればプリークネスステークスのタイムもベルモントステークスのタイムも過去十頭の中で下から二番目と下から三番目。そりゃペースとか天気とかあるにしても強そうな感じはしない。
これはうまい具合に低レベルの年に当たった…なんて甘い事はない。一番人気がダメそうだからと言ってその下が弱いとは限らない。一応日本にいた時から調べまくってはいたけどその多くが古馬であり、やはり皆この国の馬場に慣れている百戦錬磨の存在こそ手ごわい。おそらくスタミナ比べになったら勝てる保証がない。
ならばやるべきはひとつ。
『日本からやって来たココロノソニック、スタートからいきなり飛ばしている!』
スピード。その武器を行使して最初から飛ばす。こっちを侮って単騎逃げさせてくれるのならばそれでよし、ダメでも構う事なく飛ばす。
あ、来ない。どうせ潰れると思っているのか。
よしわかった、中間で息なんか入れない。
「無謀だ」
誰かが言った気がする。
大きなお世話だ。
無謀だとか言うならば無謀にしてみろ。
ほら見ろ、もう最終コーナーが見えて来たじゃないか。ってかこんな小回りな競馬場で何のつもりだ。
いやもちろん、そんな簡単な訳はない事は分かっている。
「お前の出番はここまでだ!」
誰が言ったか知らないけど、一斉に追い付いて来る。
コーナーを曲がると同時に、後続が一気にやって来た。あの一番人気馬以下、アメリカの英雄たちが日本のローカルチャンプ様に目に物を見せに来た。
ここからが本番だ。この競馬場の直線は長くない。ここで思いっきり歯を食い縛り、最後の一滴まで力を出し尽くす。
「うおおお…!」
スピードにより突き放したリードを守るべく、前へと足を動かす。
後ろからどんどんやって来る。
足音が大きくなる。
ますいかもしれない。
このままでは追い付かれる。残り200だがどうなるか分からない。
(ならば!)
僕は脚を止めない、いや止まった。
いや、止めた。
これしかないと思った。
ほんのわずかだけ気を抜き、ペースを落とす。
「しめた!」
誰かの声が聞こえる。
馬鹿め、それはこっちのセリフだ!
もう一度、もう一度だけ気合を入れる!
また引き離し、は無理だろうけど粘りにかかる。
わずかだけど戸惑ってくれた気がする。
ここしかない!
『残り100!』
皆が待っている。
アッパーグレードも、ココロノサケビも、アスタリスクガールも!
シャットダウンも。ボンバーエンドも、ラインラインラインも、フィールマイハートも、同年代や先達たちも!
これまでになく苦しい。でももうこれまででもいいぐらいの気持ちで走る。
あ、外から黒い物体が入って来た。紛れもなく馬。
でも、そんな存在に負けやしない!
誰よりも早く、鼻先をゴールまでたどり着かせる!
————————————————————2分の1馬身。
その分だけ、僕は凌ぎ切った。
いつぶりかわからないその数字が、僕の永遠の勲章になった。
このエピソードの考えたの、フォーエバーヤングの走る前だもん(言い訳もいいとこ)。




