第13R 三度、海外へ
「なぜまた」
「結局、戦う相手は選べって事ですよ」
「そんな顔しなくてもいいじゃないか」
「ぼくはあなたの弟でしかない、その事を証明してしまったんですから」
ココロノサケビの顔は、不思議なほど生気がない。
日本ダービー以来となったレースを二馬身差で制したと言うのに。
「レパードステークスだろうが何だろうが重賞は重賞だ。その後はどうなるって」
「あなたの二番煎じですよ。ジャパンダートクラシックって言うね」
「GⅠか、頑張らなきゃな」
「簡単に言いますね、簡単に勝って来た馬らしく」
「月並みだけど挑戦者だと思えばいい」
「アッパーグレードさん、東京ダービーの時の人気って」
「既に一番人気だったよ、単勝1倍台の」
結局は同じ方向じゃないか。そう言われるのがココロノサケビの運命なのか。
「つまるところ、GⅢで通用したからと言ってGⅠで勝てるとは限らない。これでダメならもうダートに回る事もないんじゃないかな」
「二刀流ですか。一刀ですらまともに使いこなせない馬が大多数だって言うのに。ぼくの前にやってた三歳未勝利戦の馬たちなんか本当観ていて気の毒でしたよ」
「それぞれが与えられた立場相応にやるしかないんだよ」
「不満はないんですか」
「ないよ」
浅野先生を信頼しているつもりだから、どこどこへ行けと言われれば素直に従う。
それが役目だ。
僕らだって生き物だから時には面白くないと思う事もあるけど、一番速く走るために必要ならばちゃんと受け入れる。
「ココロノサケビ、お前の兄貴が仕切っていた競馬界は、もうすぐ終わる。お前の時代が来るかもしれねえ」
「競馬界って!」
「でもダート界は仕切ってたつもりなんだろ」
「………………………………結果的、には…………」
「結果的には、か。実績と発言力は比例する。いやお前の鼻息ひとつに多くの馬が怯えていた。お前の意に逆らう奴はどんどん肩身が狭くなって行った。わかるだろ」
だけど僕が当たり前だと思ってやっていた事が、他の馬を息苦しくしていた事も最近になって実感している。
元々そんな当たり前の事で息を上げるだなんて情けないとか思っていたけど、どうも当たり前だと思っていたのは僕だけらしい。そんな僕が頂点に立った結果その当たり前の圧力が強くなり、当たり前の事が出来ない馬が窒息したと言うのか。
「お前だって、次のレースの事そろそろ考える時が来たんだろ」
「でも何が来るか聞いてない」
「遠征だよ」
「岩手かい」
「アメリカだってよ」
アメリカ。
それが何のレースを意味するかは、僕でもわかった。
「アメリカ競馬の頂点中の頂点にお前をぶつけるって。言ってたぜ、浅野先生が」
「頂点中の頂点、それって」
「ああ、ブリーダーズカップクラシックだ」
ブリーダーズカップ、クラシック。
ブリーダーズカップと言う二歳から古馬、短距離から牝馬限定戦に芝レースまで、ありとあらゆるGⅠをたくさんやるアメリカ競馬界の祭典と言うべきそれの中でも、一番権威あるレースがブリーダーズカップクラシック。
「開催は十一月だよね」
「だが検疫とかいろいろあるから九月中には出立だそうだ」
「フェブラリーステークスからドバイワールドカップみたいには行かないんだね」
「ああ。帰国後もいろいろあるからチャンピオンズカップも無理だろうな」
「だろうね」
おそらく、競走生活における最後の大一番。
そのまま引退レースになるかもしれない。
だったら、やる事は決まっている。
「僕はそこに向けて全力を尽くす事になる。…ってあれ、アメリカでステップレースとか」
「ないらしい。ってかあるんならもう少し早くこの国を出てるだろ」
「ああそうか。しかし四ヵ月ぶりって事か」
「故障明けで八カ月ぶりの競馬を楽勝したのはどこのどいつだっつーの」
「それはもう一年以上前の事だ」
「まあな、後はお前が我慢できるかってだけだ」
「アメリカの環境に?」
「走りたがりぶりをだよ。アメリカじゃそんなに派手な調教もねえだろ、年が年だし」
もう二ヶ月以上休んだ上で、さらに二ヶ月休む。
環境に体を慣らし、一戦に備える。
地方競馬に出まくっていると飛び回っているように思えるかもしれないけど、帝王賞と東京大賞典はどっちも大井だしかしわ記念は船橋、要するにチャンピオンズカップをやっている中京競馬場よりはるかに東京に近い。ドバイを除けば南部杯がそれこそ最も遠い遠征地であり、平たく言えば本州から放牧とドバイ以外で出た事がない。
「でも」
「だから年なんだよお前も、若い時みたいにはいそうですかとは行かねえよ。ドバイは二回目だったし」
「そうだね」
「いくつになっても素直な奴だよお前は。だからはっきりと言わせてもらう。悔いの残るレースだけはすんじゃねえぞ、胸張って帰って来られるようなレースしろよ」
「わかった!」
アッパーグレードの言う通りだ。
僕の競走生活の総決算。
それが、ブリーダーズカップクラシック。
GⅠ級レース十三勝。
それが僕が積み上げてきた実績。
しかしその多くがいわゆるJpnⅠと言う日本ローカルの指標であり、「GⅠ」と言えるのはフェブラリーステークス・チャンピオンズカップ・東京大賞典だけ。それらの合計は各二勝ずつで、合計六勝。もちろんそれだけでも相当ではあるけど、果たして「ローカルチャンプ」でしかないと言う風評に抗えるのか。
「……勝利をあなたの手に」
「そうです!頑張ってください!」
「どうかお願いします!」
「ココロノソニックの名前を世界の物に!」
ココロノサケビの声と共に、若駒たちも古馬たちも一斉に声援を投げかけてくれる。
本当にありがたい。
気が引き締まる思いだ。
何が何でも、声援に応えなければならない。
(いかんいかん、ここで燃え過ぎてはいけない…)
高揚する気持ちを抑えながら、アッパーグレードの方を向く。
「頑張れよ」
実に嬉しい言葉だ。
それでこそ、僕の親友だ。




