第12R 「時代」
————————————————————最後だな。
浅野先生からの、唐突な宣告。
驚くでも呆れるでも反発するでもなく、ただ素直に受け入れていた。
それこそ、最後だと言う言葉を受け止めるに値する存在に、いつの間にか自分がなっていたと言う証だった。
「やっぱり辞めるのか」
「だと思ったよ」
「だと思ったよ、か。これでも見とけ」
スポーツ新聞の一面に躍る、僕の名前。
『ココロノソニック 今年限りで引退』
GⅠ前日でもないのに、こんなにも大きく名前が出ている。得難い体験だ。
「で、よ。最後の夏をどう過ごすんだ」
「先生は言ってたよ。当分はゆっくりしてろって」
「それこそ一番難題だろ」
「八月下旬になったらゆっくりやってこうじゃないかって」
「夏休みねえ、それこそお前は毎年夏休みだろ」
「調教はあったよ」
「種牡馬入りすれば毎年夏休みだよ」
二歳デビュー戦は九月下旬、そして三歳から今まで夏は東京ダービー及び帝王賞から次のレースまでの休養期間。
牧場に行ったり厩舎に留まったりいろいろあったけど、結局夏の日差しを浴びながらレースってことは一度もなかった。あ、四歳の帝王賞の時は最高気温32℃だったけど、たぶん真夏日での競馬は二度のドバイを含め他に一度もない。
「これでもう、あいつらがお前と戦えるチャンスは限られるって事だ」
「勝ち逃げ…」
「だな。シャットダウンみたいにな。この先どんなに勝っても「ココロノソニックには勝てなかった」と言われ続ける運命があいつらに待ってる」
「フィールマイハートやラインラインラインは勝った事あるけど」
「こりゃ失敬。でもいっぺんの勝利で数回の負けを補い切れるもんかね。俺は無理だと思うよ、それこそ勝利を恵んでもらったとか言われるかもしれねえ」
「随分な言い草だね」
「世の中はお前が思っているより汚ねえもんだ。お前って言う純粋無垢な支配者がいなくなった世界は荒れるぞ」
僕が三歳だった頃、ダート界に王者はいなかった。だからこそ僕がすんなり王者になれたとも言えるが、組織を作るのがトップである以上全体がトップの色に染まるって事なんだろうか。
「僕はそんなに清廉潔白でもないけど」
「清廉潔白でねえとしても正々堂々の四文字が大好きな誰よりも熱い男だ。少しでもルールを破ればすぐさま爪弾きにされる重たい空気があった」
「当たり前だろ」
「そうやって正しい事は正しいとスラっと言えてしまう。しかも嫌味ったらしさの一つもなく」
「だからフィールマイハートやラインラインライン、あとアスタリスクガールがいれば大丈夫かと」
「そいつらはイケメンとアイドルであっても絶対的な存在じゃねえ。優秀なチンピラに勝てるかどうかわからねえぞ」
そしてトップが変われば色も変わる。ラインラインラインがダート界を仕切ってくれるのならば安泰だと言いたいけど、下の世代からもっと強い馬が出て来て世界を変えるかもしれない。
「知ってるか、親父が活躍していた頃の競馬界を」
「紙の上では」
「ってかワンダープログラムの時代もひっくるめてだな。親父は大逃げで、ワンダープログラムは追い込み戦法で勝ち星を上げまくった。多くの馬がそれに習って、じゃなくて倣って極端な戦法を取ろうとした。結果は言うまでもねえだろ」
「鵜の真似をするカラス…」
「ああ。破天荒な天才たちが運命を全く害意なくぶっ壊した。普通に落ち着いてれば成功した馬が次々と挫折し、また二頭ほどじゃねえけど対応できて成功した馬もいた。
その結果、しばらくの間プチ・ヒガシノゲンブとプチ・ワンダープログラムがあふれ返ったらしい。この五年ほどでようやく止まり始めて来たみたいだが」
「五年って」
「ああ。二頭は本来はおぼっちゃまだけどレースぶりはかなり弾けてたからな、どうしてもそっちの印象のが強くなったんだよ」
そしてそれはいつの時代も変わらない。
あのヒガシノゲンブの伝説の日本ダービーが、もう十三年前。そのヒガシノゲンブとワンダープログラムの活躍はワンダープログラムの引退後も含めれば都合八年近くに渡り競馬界を染め上げ、影響を残し続けた。もちろんその間にも他の名馬はいたんだろうけど、時代を支配しきれたかと言うとできなかったようだ。
「その最後の世代が、あのノーザンスザクさんだったって言われてる」
「え!?」
そしてそこに出て来た、ノーザンスザクと言う全く思いもよらなかった名前。
「ノーザンスザクさんも阪神ジュベナイルフィリーズの時には派手に決めてたけど、三歳になってからは普通のやり方で走るようになった。自分がそういうやり方でいける存在じゃないって気付いたんだろうな」
「それでGⅠを六勝したから支配したって事じゃないの」
「かもしれねえがそうでないとも言える。ノーザンスザクさんもお前の親父に煽られてカっとなったけど落ち着いてみるとお前の親父のその狙いに気付いたらしくてな、いずれにせよ自分の父親やワンダープログラムのやり方では無理だってわかったんだろう」
「その事に気付いたからノーザンスザクさんは…」
「ああ。結局、先に気付くってのは偉い事なんだよ」
時代の終わりと始まり。それはどっちも唐突にやって来る。
そしてそれを掴めた存在が頂点に、いや掴んだ上で一番力のある存在が頂点に立つ。乗っかれたり先に知ったりした存在が上位に立ち、乗り損ねたり逆行したりした存在は埋もれる。
それが世の中の流れだ。
「だが、俺の親父やワンダープログラムさんはその事に気付いていなかった。自分が時代を作ったと気付かないままここを去った」
「そう…」
「そして指摘される事もない。だって気付かないまま時代を作り上げるなんてとんでもない存在に指摘できるような奴いねえからな」
「とんでもない権威になってるだろうからね」
「晩節を汚してくれればまだ別の意味で救いようもあるだろうけど、そういう存在って往々にして有終の美を飾っちまうからな」
時代を作った存在が消える。
時代を残したって自覚もないままに消える。
最後に醜態を晒せば時代は終わったと言えるんだろうけど、きれいに終わった場合は彼がまだ現役ならばとか言われ続けるしそのやり方に追従しようと言う存在も増える。
本当、厄介な話だ。




