第9R 「………………………………」
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アスタリスクガールは、何も話さない。僕の方を顧みようともしない。目線だけはそのままだが、まるでどこか遠くを見ているよう…でもなかった。
笑顔だけそのままで、こちらを強く睨み付けている。
「まあ、頑張りなよ」
「………………………………」
適当に声をかけ、枠順を改めてチェックする。その間もアスタリスクガールは笑顔を顔面にベッタリと貼り付けながら、僕に視線を送る。
一枠二番、カースブレイカー。
三枠五番、ラインラインライン。
七枠十三番、フィールマイハート。
そして
四枠七番、ココロノソニック。
四枠八番、アスタリスクガール。
ちょうど真ん中。レースを進めやすい枠。
「………………………………」
アスタリスクガールも同じ新聞を見ているはずなのに何も言わない。ひたすら無言。
「アスタリスクガールちゃん久しぶり!」
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「何だよそんなに緊張しちゃって、大変なのはわかるけどGⅠも四度目だろ?」
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「集中してるんだなよっぽど」
「まあそういう事みたいだから」
「ま、これ以上突っ込むのは野暮だな」
「そういう事だな」
カースブレイカーにも同じ調子。笑顔だけは崩そうとしないまま、それでも口から言葉を出す事がない。
大井は初めてって事で緊張しているのか、それだったらこんな笑顔なんてできない。引きつっているとか言うには自然だし、そのくせ闘志がないかと言うとありそうだし。
「でもさ、そんなんだとモテ男くんたちに引かれるぞ」
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「俺らはこれでも今年だけで重賞三勝、しかも連勝中のお前と当たるのを楽しみにしてたんだぜ、正直ダート路線ってのはオッサンが多くて砂っぽくて汗臭いからよ。しかもその頂点にいるのがスーパーエリートの癖にその自覚がなくて泥臭いの大好きな奴だからもう重苦しくて重苦しくて、同じエリートでもスパッと切れるフィールマイハートや芝でも走れる爽やかなラインラインラインとかみたいのならば俺らとしてもありがたいんだけどよ」
「自分が頂点に立つとは言わないんだな」
「馬鹿を言え、俺の年を考えろ。次代のダート界に必要なのはやっぱりモテ男なんだよ」
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しかしその無言の笑顔が、僕やカースブレイカーのようなオッサンに向けられているならともかくラインラインラインやフィールマイハートのような爽やかイケメンにも向けられているのかと思うと少し嫌になる。モテ男と言われた二頭は実際牝馬たちからの人気も高く、去年のJBCの時には牝馬たちがラインラインラインに向けて黄色い声を浴びせまくっていた。
その彼らが、このアスタリスクガールを見てどう思うか、その答えについて正確な事は分からないが、おそらくいい感想は出ないだろう。
「と言うかさ、フィールマイハートは来年で六歳、ラインラインラインも来年で五歳。次代とか言うには少し…」
「細けえ奴だな。六歳でも五歳でも一年仕切れば十分次代だよ。あるいはその二頭による対決の時代が来るかもしれねえけどな。もちろん下から突っついて来る奴もいる。お前みたいに全てをぶち抜く奴もいる。災難だったよな、いざここからだって思ってたとこを全て持ってかれたお前より一つ二つ上の世代の皆々様は」
「それが運命だろ。僕だって僕以上の存在がいたら日の目を見る事はなかった」
「安心しろ、そんなもんいねえから」
「………………………………」
その後の雑談も、アスタリスクガールは笑顔のまま無言で聞き流していた。表情筋がどこまで鍛え上げられているのかは知らないが本当に大した力であり、あるいは人間のアイドルよろしくどんな時でも笑顔を欠かさないと言うファンサービスのつもりかもしれない。
(ものすごい精神力だ…)
アスタリスクガールがこの次どこへ行くのかは知らない。だがおそらく僕と同じように当分はお休みでありその後はGⅠ街道に行くのだろう。JBCレディスクラシックを目標とするのか、それともその上で僕と同じようにGⅠ街道を歩むのか。夏に牝馬限定ダート重賞がどれだけあるのかは不覚にも調べてないけど、これほどの力ならばそれこそ総舐めに出来るかもしれない。
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「覚悟の深さは受け取った。でもこの舞台、手を抜く気は毛頭ないよ」
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「だからコースの上では本気でよろしくね。まあ、言うまでもないけど」
「………………………………」
アスタリスクガールは全く表情を崩さない。
笑顔はそのままに、目線をそらす事もない。
ただただじっとこちらを見つめ、その上でうんともすんとも言わない。
はい・いいえすら言わない。
「あ、ラインラインライン」
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「ココロノソニックさん、負けませんからね!」
「よろしくね!」
「アスタリスクガールは…」
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「彼女はレースに集中したいんだ。放っておいてやってくれないかな」
「わかりました」
ラインラインラインがやって来ても笑顔を崩さないし、口を開かない。
あ、呼吸するために口は開いてるけどそれまで。
レースは近づいてるっているのに全く動じる気配すらない。
「無駄にスタミナを浪費するもんじゃないよ」
「………………………………」
少し揺さぶりに行ってみたけど変わらない。
だいたい無駄に浪費って何だよ、頭の頭痛が痛いじゃないか。
そんな風に隙を見せればなめられるだけだ、動揺などするはずもない。いやなめてくれるならばありがたいと思うけど面相はびた一文変わらない以上無理だった。
—————悪いけど、思惑通りになる気もない。
結局は、それしか言えない。
それが戦術だと言うなら乗っかってやる理由もない。
それだけの事だ。




