第8R 決戦・帝王賞
六月下旬、帝王賞。三度目の舞台だ。
「絶対的な存在が手を抜かないと何が出来るか、それが今ここにいる」
つい最近デビューし始めた二歳馬たちにそんな風に説明されていた僕がやる事は、それまでとそんなに変わらない。三歳馬たちは弟を除き相変わらず遠巻きにしていたけど、二歳馬たちは様々な目で僕を見る。
恐れおののいたり、好奇心旺盛ぶりを発揮したり、単純に尊敬したり。もちろん六月の時点でデビューするような馬は少なかったけど、皆が皆それぞれの道を歩んでいる。
僕もまた、僕の道を行く。
「ココロノソニックさんって、なんかすごく熱そうなんですけど」
「ああ、この前も言ったけどあれは最大限の才能を持った馬が最大限の努力をしている姿だ。才能が足りないとああなる前に壊れる、努力が足りないのはしょうがない」
普通逆だろと言うツッコミをこらえていると、アッパーグレードが冷たい目線を向けて来る。僕はそんなに努力家じゃないと言おうとしてもさらに目線は鋭くなり、僕の口を閉じようとする。
「あれは苦労を苦労と思わない才能に長けている。そしてそれを成就できる丈夫過ぎる体と心を持っている。故障した事もあるけど、その結果余計に強く大きくなっている。そんな事が出来るのは天才じゃなきゃ何だ」
「確かに…」
「そしてあいつはいつも自分が本気で居られる理由を探し求めている。別によそ様の粗を付くわけじゃなく、闘志満々で出走する事が競走馬としての義務だと思っている。だからあれは常に真剣だ」
「なるほど」
「感心すんじゃねえぞ、普通の奴がそれをやったら倒れるのが先だ。ってかおそらくこれまで数多の馬がそれをやって砕け散って来た。真似するなら覚悟しろ」
真似をするなら覚悟しろ。まるで、僕の行っている道がとてつもなく険しいそれであるのだと言わんばかりだ。その自覚がないのかよと言われればそれまでだが、実際僕はそう思っていない。
また本気で居られる理由探しってのも、間違ってはいない。不覚を取った時はいつも気が抜けている時でありそれを避けるのが僕らの仕事のはずだ。
(利用させてもらう…って言った方がいいかな?でもそれってある種のお互い様だろ?僕に負けじと戦う、それでいいじゃないか)
—————ダービー八着の弟と、宝塚記念三着の親友の無念を晴らすために。
そんな大義名分を振りかざすのは確かに美しくないかもしれない。でもそれで勝てるならばそれでいい。それが勝負の世界だ。
「相変わらず人間からの人気だけはダントツなこって」
大井競馬場に一頭、やって来た僕を早速待ち受けるカースブレイカーの軽口。
実際
ココロノソニック 1.3倍
ラインラインライン 11.7倍
フィールマイハート 14.9倍
アスタリスクガール 24.8倍
カースブレイカー 33.2倍
となっている上に
『休養明けはあまり得意ではないとは言え他の上位陣がこの三戦で勝負付けが済んだ存在ばかり。東京大賞典の時点で強引に行っても無理である事が分かった以上枠順か馬場の変化を待つしかないか』
『ココロノソニックに付き合えば潰れる、後ろにいるとそのまま押し切られる。ただフェブラリーステークスやドバイワールドカップを見る限り近年はやや気を抜くようになったので突くとすればそこしかないか』
と来ている。それだけ言われてるなら勝つしかないじゃないか。
もちろん油断などしない。
『ラインラインラインは朝日杯フューチュリティステークスを勝った後芝で振るわずダートに転向して成績を上げるも今年に入り大外枠に入ったフェブラリーステークスに続き安田記念も二着であり、むしろこれからが完成の域であると言う話すらある。芝の様に脚抜きの良いスピード重視の馬場になれば逆転もある』
『ココロノソニックにラインラインラインが付き合うようなら極端なハイペース化する危険性あり。そうなればフィールマイハートが差し切る事も考えられる』
『フェブラリーステークスでは四馬身差も二キロ差は無視できない。距離に限界がと思われたが2100mのエンプレス杯を勝ったように克服できた今、重賞二連勝の勢いで逆転まである』
『カースブレイカーは派手さはないが着実に入着している。二、三着なら十分可能性あり』
それぞれのセールスポイントもきちんと書いてある。ある意味お互い丸裸であり、長所も弱点も知られた状態での喧嘩だ。
「いずれにせよ僕は一着でゴールするだけ。それが僕の役目だ」
「引退しても変わりそうにねえなこいつは。どんなにきれいな美女や美少女が来たとしても自分の子どもの成功だけを考えてやる事になるだろうな、つまんねえ奴だ」
「僕とココロノサケビの間は二年連続不受胎だった。その方はよっぽど深刻だと思うけど」
「あーはいはい本当に生真面目なこって」
「君もアッパーグレードとそんなに変わんないね」
カースブレイカーの言ってる事も、よく咀嚼するまでもなくそれほどアッパーグレードの言葉と変わらない。最初の頃はもっと過激に、もっと下品に突っかかって来ていたのは違うけど、今になってみるとほとんど変わらない。
「じゃあ俺の見識は一般的って事だな」
「GⅠ二勝馬のね」
「口の減らねえ奴だな、優等生様の面してよ。その上でその言葉を綺麗事にしねえだけの破壊力があるから怖いんだよ。ま、お互いもういい年だからよ。せいぜい目一杯の事をやってやるまでだよ」
「よろしくね」
ま、一定以上のレベルで一定以上の年齢になるとその先の行く末も見えるから同じ話題にもなるだろう。
カースブレイカーも確かヒガシノゲンブ産駒だし、アッパーグレード共々引退してヒガシノゲンブの後継種牡馬になるのだろう。両頭の争いも楽しみだ。
(そう言えば…)
そして兵庫女王盃、エンプレス杯と連覇して来たアスタリスクガール。
今回は僕と別の馬運車で来たはずだけどどこにいるんだろう。大井は初めてだから僕がいろいろ教えてあげたいのに。
あ、馬運車の音だ。そしてあの番号は間違いなくアスタリスクガールのそれだ。
「やあアスタリスクガール」
「………………………………」
「どうしたんだ」
「………………………………」
出て来たアスタリスクガールは、何も言わない。
こっちから目を背けるでもそっぽを向くわけでもなく、ただ無言で付いて来る。
別に笑っていない訳ではない。目が笑っていないと言う事もない。
だが、口から笑い声は出ない。
全くの無言だった。




