第6R 「すいませんっした!」
「すいませんっした!」
罵詈雑言を浴びせかけられると思って帰国したはずの僕を待っていた、そんな声。
言葉こそ軽いが頭は重く、人間の様に脚が動くならば土下座ってポーズを取っていたかもしれないほど。
しかも一頭や二頭じゃない、六、七頭はいる。彼らの後ろには、アッパーグレードが深々とため息を吐いている。
「何事だよ」
「ガキどもを少ししつけてたらこれだよ。ったく、薬が強すぎたか」
「薬?」
「ああお前自身が劇薬だからな、その劇薬を浴びて頭が燃えちまってよ、そんで今そのクスリが抜けたら禁断症状がドバーっと来たんだよ」
「……………………」
何だそれ。
僕をあそこまで派手に非難していたのはただの薬物中毒だってのか。
その薬物中毒の症状によりココロノサケビたちはおかしくなり、僕はそんな存在を相手にしていたと言うのか。
「あ、それとドバイだけど、気が抜けてたように見えたぞ」
「ああ、ココロノサケビたちには勝利とは違う何か理由があるのかなって」
「ねえよそんなもん。ただの八つ当たりだっつーの」
「また八つ当たりって言われた……」
で、「八つ当たり」。
これもまた何度目か分からないほどのそれ。僕と話し合っているとみんないつの間にか熱くなって最後にそう言って終わってしまう。一体どういう事だか。
「でさ、八つ当たりってのは」
「お前は正しい。常に正しい。だがその正しさが時に問題となる事もある。そんで圧倒的な力を持ってるから誰も逆らえねえ」
「僕は支配者になる気はないんだけど」
「なりたいもなりたくもないもねえよ。でもいずれにせよお前にどんなに喧嘩を売っても身も蓋もねえ、じゃなくて隙も何もねえド正論で返される。しかもちっとも動揺しねえ。お前に喧嘩を売った奴はみんな弾き飛ばされて身の程を知らされ縮こまる。無知は罪って言うけど、同時にありがたい事でもあるね」
「彼らは僕に勝ったのに?」
「それだよ」
僕は既にとんでもない支配者であり、その僕に喧嘩を売ればその瞬間「八つ当たり」と言う不当なそれになってしまうと言うのか。にしたって三歳馬は僕とレースで戦う事はまだできない以上、僕にはこういう形で挑む事しかできない。
なぜ戦いを挑みたかったのかはわからないけど、少なくとも彼らは僕の「アスタリスクガールを傷付けた罪」への罰を与える事には成功した。
「お前を少しでも叩こうとする試みは何度も行われて来た。しかし誰も成功しない。お前は悪意を受け止める素質が全くない」
「何それ」
「全てが戦術でしかないと思っている、相手に全部深謀遠慮があると思っている」
「相手を侮るよりよっぽどいいと思うけど」
「ほらそれだ、その事をちっとばっか言ってやったらこのザマでよ…こんなのが若駒じゃ俺はまだ引退出来やしねえな」
「確かにこの手のひら返しはちょっとね」
「お前はちょっと黙れ」
あれに惑わされた僕が未熟なのは認めるけど、あそこまでの執念と憎悪をもって挑めたのは感心するしかない。使い道がとか言う気はないけど、あれほどの意志を持てるんならばそれこそどんなレースでも成功できそうに思える。だからこそ、思惑通りになった事を少しは喜んでもいいはずなのに。
だからその事を素直に言うとココロノサケビたちは余計に後ずさり、中には泣き出す馬までいる。ああ、情けない。
「すいません、ただオレらはアスタリスクガールさんに惚れてて、それでアスタリスクガールさんの邪魔をする奴が許せなかっただけなんです!」
「ぶっちゃけココロノソニックさんって無表情で何事もないように勝っちゃうんでそれで腹を立てて八つ当たりしてただけなんです!」
「えー?」
「ほら聞いただろ、こいつはお前らがそんな薄っぺらい考えで動いてるなんて全く考えてねえ。それこそ身命を賭した呪詛だと思い込んでたんだ。これでわかっただろ、何もかも」
「はい…………!!」
「ってか単純な話、アスタリスクガールがココロノソニックに何か恨み言でも言ってたか?」
「言って、ません……」
「まあそういうこった、わかったら自分のすべき事をしろ」
「はいいいいいいいいいいいい!!」
文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行く。
あの時の怒りと憎しみは一体どこに行ったのか。
「あまり意欲をそぐような真似をしちゃいけないと思うけど」
「昔足を引っ張った奴にものすごく冷淡になってたお前はどこに行ったよ」
「盤外戦ってのもあるんじゃないかな」
「お前にそんな事が出来るのかよ」
「僕はGⅠを何個勝ったか知ってるかって言うぐらいの事はする」
競馬場の中でのルール違反は許せないけど、事前にいろんな手を打っておくのは悪い事ではない。パドックとかで相手を威圧するような声を上げるのも、はしたないかもしれないが悪と言う訳でもない。
「わかってるよ、お前が競馬って存在そのものだって事は。
そして今度の事であいつらも思い知った。今度からレースの事だけを考えて動くだろう」
「それは素晴らしいね」
「ただ余計ダート路線を走ろうなんて馬は減るかもしれねえけどな」
「そうかな」
「まあお前の現役生活もいつまであるかわからねえだろ、それを待てばいいだけだけどな」
「気合だけでどうにかなるんなら何も要りませんよね」
そして二頭っきりになったと思いきや、まだココロノサケビだけはそこにいた。
ドバイに行く前よりはへこんでいるけど、まだなお力を失っていない目。
いい、実にいい目だ。
「おいココロノサケビ、お前まだいたのか。皐月賞に向けて」
「ぼ、ぼくはまだあなたを…」
「ココロノサケビはココロノサケビだろ。スプリングステークスはちと仕掛けが遅かったけどまあハナ差クビ差だからな」
「これがお前の兄だよ、わかったら次の事を考えろ、お互いな」
「…はい」
いい声で返事をしている。
そうだ、これがサラブレッドとしてあるべき姿だ。
(少なくとも弟は大丈夫そうじゃないか)
僕は胸をなでおろした。




