第3R 年下の女の子
「まさか嫉妬してるんじゃないでしょうね」
「警戒はしてる」
「ぼくらみんなゾッコンなんですからね!」
いよいよフェブラリーステークスの週。馬運車に一緒に乗せられる一頭の牝馬に、牡馬たちの声援が集中している。
「ガンバレー!」
「前走や前々走の様に頼むよ!」
「ハーイ頑張りまーす」
爽やかな挨拶と共に穏やかに鳴く彼女に、年上や同い年はともかく三歳馬たちさえも熱視線を送っている。
「…そいつに呑まれるなよ」
「大丈夫ですって!」
「まあ、頑張れよな…」
アッパーグレードさえも何か顔を赤くして心底心配そうにしている。来週中山記念があるってのに何やってんだか。
「ココロノソニックさんはあたしの事どう思ってます?」
「後輩でライバル」
「ああもう、本当にそっけないんだからー。このあたし、アスタリスクガールを甘く見てると痛い目に遭いますよ」
「だから甘くなんか見ない」
アスタリスクガール。
去年のカペラステークスに続きプロキオンステークスを制した売り出し中の四歳牝馬。
元気一杯な性格とそれに相応しい先行して抜け出すっていう王道の走りをする存在。距離はマイルが精いっぱいなのかもっと持つのかはまだ判断しかねるけど、いずれにしても無駄に情を通わせる必要もない。きれいな栗毛であるのは間違いないけど、それがレースにどう影響するのか。
「枠順はどうなると思う」
「やっぱ外がいいかなって、ココロノソニックさんは?」
「決まってから考える」
「やっぱココロノソニックさんほどになるとどこでもOKですか、あたしもそんな風になりたいですー」
「頑張ればなれるんじゃないか」
必要以上の言葉を交わす意味など別にない。
別にライバルだから情報を教えたくないとかではなく、単純に無駄話をして体力を消耗したくないのと必要な事は調べるのが古馬の作法だと言う物だ。
「ちゃんと東京競馬場の事を調べたか?直線が非常に長くて坂もきつい。それに外枠は確かに芝を多く走れるけど距離も長い。見た所マイルは微妙な感じだけどその辺り大丈夫なのか」
「もう堅苦しいなあ、もっと楽しい事を話しましょうよー」
「GⅠで一番にゴールする事が一番楽しいと思うけど」
「やっぱ記録かかってると緊張するんですか?」
「一回も十回も同じだよ、ここまで来ちゃうと」
「アッパーグレードさんが言ってた通りなんですねー、本当ガッカリです」
「負けてガッカリされるよりいいよ」
アスタリスクガールはつまんなそうに横を向いた。僕自身自分の事で目一杯で彼女には全く無関心だったけど、こんな顔をさせたと知ったらココロノサケビは怒るだろうか。
でも愛想や顔でレースが出来るんなら僕だっていくらでもいい顔をするし愛想よく振る舞う。生き方が違うと言えばそれまでだけど、僕は彼女のようになんかなれないし興味も湧かない。繁殖相手?バカバカしい、種牡馬になれば勝手に牝馬は寄って来る。その時に考えればいい。ハニートラップとか論外だ。
「内枠は好きですか」
「好きだね。待たされるのも嫌いじゃない、みんな無駄にいら立つから」
「うわー怖ーい」
「ルールは大事だ、それを守れないで過ちを犯すんなら残念だけどそれは負け組だ。ゲートの得意下手も十分な要素だ」
「十四番のあたしはラッキーなんでしょうか」
「まあ馬によって違うからね。いい、浮かれ上がっちゃダメだ。GⅠなんてそう何度も出られる物じゃないんだからね」
「あたし一応三度目ですけど」
「何回やってもGⅠはGⅠだ」
二枠三番と、七枠十四番。お互いにいい枠が当たった。この点は幸運でありお互いの望む結果が得られそうな事に安堵した。でもどうしても、GⅠを甘く見てるアスタリスクガールに苦言を呈したくなる。確かに二度出てるけど桜花賞は十五着、NHKマイルカップはシンガリ。どう見てもGⅠでは勝ち負け以前じゃないか。ダートに転向して勢いに乗ってるみたいだけど、こここそ試金石であるのは誰の目にも明らかなはず。
「口を閉じろよ」
「カースブレイカー」
「確かに俺ももう六歳だ、いくらダート界とは言えそこまで長く戦えるもんじゃない。新たな時代のスターに道を譲るのが筋ってもんじゃねえのか」
「断る。道なら奪えばいい」
「おおこわいこわい。まさか親父と同じ年まで続ける気か?それこそあと二年は居座る気かよ……………………」
「さあね」
カースブレイカーは何なんだろう、勝手に喧嘩を売って勝手に震えて。
フィールマイハートとラインラインラインもどこか遠くを見るような目で僕を見つめている。
「っつーかなんでお前日本にいるんだ、サウジアラビア行きゃよかったのに」
「サウジカップね…でもそれを決めるのは僕じゃない」
サウジカップ。
名前通りサウジアラビアで行われるドバイワールドカップ以上の賞金がかかっているレース。フェブラリーステークスと時期が被るのでそっちにダイレクトに行くって話もあったらしいけど僕はこっちに出る事になった。
「言っとくが俺らはお前の引き立て役じゃねえんだぞ、その事を絶対に忘れるなよ」
「わかってる」
「お前のそれは本当に分かってるからな、そこんとこが嫌なんだよ」
「何ならあなたを負かせば次もGⅠ新記録達成を見届けに人が来るって事ですね」
「まあそういう事だよ、そんな気はないけど」
東京競馬場は前日の段階で満員になる事が決まっているらしい。何せ前馬未踏の記録がかかってるんだから。そしてラインラインラインが言う通り、ここで僕が負ければその記録達成は持ち越しになる。更に別の競馬場にももっとたくさん人が来るかもしれない。ありがたい話かもしれない。
ま、そんな事許す気はないけど。
『さあ3番!空前絶後のGⅠ十二勝目なるか!ココロノソニック!山本騎手と共に堂々と馬場入りです!』
レース当日。本馬場入場。
アナウンサーの人の声もよく聞こえる。
本当に気持ちがいい。
ラインラインラインたちには悪いけど、引き立て役になってもらう。
単純に単勝1.8倍ってのにも応えたいし。
だから、僕は走った。
『最初から強引なほどに飛ばして行く!』
誰にも邪魔されないやり方で。
僕は先頭を奪い取る。
「ひっ…!」
ワーとかオーと言う歓声と共に、変な声が混じったけどどうでもいい。
僕は僕のやり方で走る。
ふと後ろを振り向くと、誰もいない。600mも走ってないはずなのに何のつもりだか。僕はやはりこれまでと同じくペースを落とし、コーナーを曲がる。
『さあココロノソニック!新記録を築くか!現在三馬身差!』
二の脚を使えばいい。
東京の険しい坂を全力で上る。そんなのはみんな同じだ。
差が開いていない?まあいい、詰まってなきゃいいだけ。
いや、詰まってるか!
……まあ、別にいいけど。
『ココロノソニック!ついに、ついに、ついにやりました!!GⅠ十二勝目!日本記録達成です!!』
いわゆるJpnⅠ込みとしても、歴史を塗り替えてしまった瞬間。
当事者であるはずの僕は、何故かまったく感動できなかった。




