第2R 「三十六敗の伝説」
「…あのさ、もう六歳だからそれ相応にしないと、ってかフェブラリーステークスまでまだあるぞ」
つい、調教にも気合が入ってしまう。フェブラリーステークスまでまだひと月あるってのに。
「やっぱりさ、弟の事が嬉しい訳」
「それは無論だよ。兄としてさらにいいとこを見せないと」
「お前はダメな所も見せろよ」
弟は、重賞を勝った。着差こそ半馬身だけど堂々としたレースで格の違いを見せ付けるような正確無比な走り。騎手が山本さんと言う事もあって、実にきれいにかっこよく思える。
「這えば立て立てば歩めの兄心もいいけどよ、お前のレベルに合わせたら潰れるっつーの。お前は自分が空前絶後の段階に達しようとしているのが分かってるのか」
「絶後じゃないと思うけど」
「三歳の早い時期から活躍して古馬になってもその強さを保ち続ける、それがどんだけ凄まじい事かわかってるのか?」
「わかってるつもりだよ。だからこそ」
「その恵まれた待遇にちっともおごらない。それこそお手本そのものだけど、そのお手本が完璧すぎると誰もなぞれなくなる」
「そんな物僕は望んでない」
「お前の願いなんかどうでもいいんだよ、お前は名馬通り越して教科書に載る英雄だ」
アッパーグレードの言葉に何の偽りもない事は僕も分かっている。それでも正直うっとおしさを感じるほどにはその言葉は重苦しい、と言うか聞き飽きた。
愛される事と、強い事は全く違う。そんなのはわかってる。最強馬が意外と人気になれないのは世の常であり、ヒガシノゲンブさんもワンダープログラムさんも隙があったから人気者になれた。その事は分かってる。
でも、僕は人気か勝利かを選び、勝利を取った。簡単な方に逃げたと言えばそれまでかもしれないけど、わかりやすい方を選んだ。わかりやすいと簡単が違うのもまたしかりだけど、それでも僕はそっちに走った。競走馬としての本懐だと思ったから。勝てば人気は勝手に付いて来ると思っていたし、実際に付いて来ていた。
(馬券での人気こそ、競走馬の価値の軸だろう)
多くの人間が、僕の勝利を期待している。それこそ栄誉な事だ。もちろんその期待に応えなければいけないのは大変だがそれでもその視線を浴びることそのものは嬉しいしだからこそ去年のチャンピオンズカップでその座を失った時は悔しかった。だから少しばかり頭に来てあんな事をしてしまったけど、その事に対してはちっとも反省する気はない。
「常識とペースを破壊した馬、二年かけて脱皮したエリート…」
「何それ」
「俺の親父とワンダープログラムの伝記のタイトルだよ。ったくカッコイイ題名を考える奴はいるもんだ」
「機会があったら読んでみたいね」
「お前のはないぞ、多分つまらないから」
「じゃあ僕のお父さんのは」
「三十六敗の伝説だってよ」
—————三十六敗の伝説。
「GⅠ八勝の前に、それだけの敗北があった。初勝利までに九連敗、そんな風に苦労に苦労を重ね泥に塗れて来た存在を世間はもてはやす。三十六回も負けたのに立ち上がった奴、そんなカッコいい存在だぞ、お前の親父は」
「…」
「ピンと来てねえな。まさかと思うけどお前毎月一回走れば四年ちょっとで行けるとか思ってねえよな」
「……ダメ?」
勝つか負けるかはともかく、タフだという特徴を持った馬はいる。地方競馬を巡っていると四十戦五十戦はそれほど珍しくもなく、中央競馬でも時にそういう馬はいる。もちろん出世しているかは別問題だが、正直な話三十六敗と言う数字にはそれほど魅力を感じない。極めて単純な話、十二頭立てのレースならば勝率は十二分の一であり四勝を上げてオープン馬になるまで四十八戦かかってもおかしくない。実際八歳九歳になってようやくオープン入りした話はたくさんあるし、ジョッキーさんなんて勝率三割どころか二割でも超一流だ。
「お前はいつもそうだ。数字ばっかり追っかけて中身を見ない…いやそう見えるように振る舞ってる。五十戦走る馬なんてそこまで珍しくないとか思ってんじゃねえだろうな」
「身内自慢はみっともないから」
「種牡馬の身内が何頭いると思ってるんだよ、去年お前以外のココロノダイチ産駒で何頭が重賞を勝ったか忘れてるのか」
「確か三頭、あ、一頭は地方交流重賞」
「覚えてやがるんだな………………………………」
三十六敗って数字は、お父さんを強くしたのか。おそらく読んでる人は強くしたって思うだろうけど、僕はそうは思わない。四歳秋のシリウスステークスから五歳秋の武蔵野ステークスまでの間、お父さんは連敗を重ねた。その後お父さんは覚醒してGⅠを連勝してドバイに行ったけど、敗北の悔しさが馬を変えたってのとは違う気がする。
重賞を勝って浮かれていたってのはわかるとしても、そこから立ち直る必要条件は黒星とは限らないはずだ。お父さんはたまたまそうだっただけで、敗北が特効薬とは限らないはずだ。
「もし俺が、フェブラリーステークスに出るとかなったらどうする?」
「正々堂々と負かすまでだよ」
「だろうな。お前はそれが最大の礼儀だと思っている。そして相手がどんな思いをしようがちっともひるむ事はない。そういう奴だって、みんな知っている」
「そうだね」
「誰であろうとここに立っちまえば同じ…だよな」
「うん。あ、勝ったらまたドバイ行くかもしれない」
「素晴らしいこったね」
ドバイ遠征の時の敗北の際に、僕はまだ自分がただのローカルチャンプでしかない事を知った。
でもその後日本でもがいた僕はアンフェアな手を取られたとは言え敗戦を喫し故障し、その流れのまま去年あの三連敗を喫してしまった。
敗北は、敗北でしかない。どんな相手だろうと勝つだけ。
それの一体、何が悪いと言うのか。




