鬼子とか言うには
「十六歳、かあ……」
年が明けた。
俺は六歳、ココロノダイチさんは十六歳になった。
北海道の冬は今更ながらものすごく寒いけど、暑いよりはまし。
それがサラブレッドって生き物の性質であり、別に身震いするとかはない。ただ九州とかで活動している馬たちはどうしてるのか心配になり、氷点下にならない数字を見て安心すると同時に不安にもなる。
「最近じゃ北海道も暑い時は暑いって言うけどね」
「暑い時は暑いってそりゃそうでしょ」
「ランザプログラムなんかがいたらすぐツッコミを入れて来そうだけどね」
「叔母さんですか…」
「ああ。彼女は去年不受胎で今年こそはって訳でおとなしくしてるけどさ、子どもを孕めたらまた元気な肝っ玉母さんになるよ、知ってるでしょ」
「ああはい…」
俺に種馬としての振る舞いを教えてくれたのは、ココロノダイチさんと言うより叔母であるランザプログラムさんだ。ココロノダイチさんより後に浅野先生のとこにやって来て先に去って行った叔母さんは兄にもココロノダイチさんにも物怖じせずに物を言うよく出来た妹であり、その上で可愛がられる素質まで持っていたと言う。その一方で年下には非常に優しく、いろいろと手取り足取り教えていたらしい。
「フェルスラヴァーって仔にちょっと八つ当たりした時があってね、あの後彼女スランプに陥ってさ。僕自身ようやく川崎記念を勝った時分だから」
「父にGⅠを持って行けなくて内心荒れてたって」
「そう。その時に言われたよ、フェブラリーステークスは絶対取ってくれって。静かだけど今思うと怖かったね、勝たなきゃ絶対に許さないって感じで」
「でも勝ったんでしょう」
「生涯初めての一番人気でね。その後ドバイ遠征も含め勝てなかった事もあったけど、そこまでは怖くもなかったかな」
「父にはどうだったんです」
「ワンダープログラムは年が三つ離れてたからね、意識するようになったのは五歳になって少し放牧してた時からなんであまり悪くは思ってなかったと思うよ」
「父を変えたあなたのが重要だったとか…」
「かもね」
「まさかと思いますけどノーザンスザクさんも」
「パクったよ、思いっきりね。そのおかげでGⅠを六つも勝てるだなんて思わなかったけどさ」
ココロノダイチさんには、相手を変えてしまう力がある。戦績以外は派手じゃないけど、しっかりとした重みがある。それに比べて、俺は正直軽い。ノーザンスザクさんの事も、その重みからくる言葉で動かしたのだろう。ダート界の一流馬とか言う割には中肉中背なはずのココロノダイチさんが、なぜか大きく見えた。
「だとすると…何かわかる気がします」
「わかるって」
「ココロノソニックの事です」
ココロノソニック。
五歳一杯までにGⅠ級レースを十一勝したその彼の父親こそ、今ここにいるココロノダイチさん。
「ココロノソニックか…全く困ったもんだよ」
「困ったもんだとは」
「彼は自分が強いと思ってない。自分が強いと思い込んでるだけの存在だ、と思い込んでいる」
「自分が強いと思い込んでいる、と思い込んでいる…」
何となく意味が分かる気がする。皐月賞で対峙した時はあまり気合は入ってなかったようだけどそれでも五着には入ったし決して手を抜く事はしていなかった。本人曰く折角の機会だしって言ってたけど、肩の力を入れずにあそこまでやれるのは並の馬ではない。
それが肩に力を入れた、いや腹に力を入れて踏ん張り出したら—————。
「似てないって言うんならそれは浅薄皮相だと思いますね」
「似てるって訳か。まあそうかもしれないしそうでないかもしれない。僕は似てないと思うけどね。あんなに気合の入った走りなんかできてないから。
まあ確かにあれを見てヒガシノゲンブみたいだって言われる事があるのは分かる。確かにヒガシノゲンブっぽいかもしれない」
「でもヒガシノゲンブさんは狂気とか言われてましたし俺もそう思いますけど、ココロノソニックは気迫って感じです、それも生まれながらの」
「生まれながらの…ねえ」
ヒガシノゲンブさんを変えたのは父であり、父を変えたのはココロノダイチさん。
では、ココロノソニックを変えたのは誰か?
おそらく、そんなのはいない。あんな存在に影響を与えられるほどの存在を俺には思い付かない。
「あれ?じゃあ」
「いえ、似てると思います。ただあなたが鉄は鉄でも良い意味で冷たい鉄なのに対してココロノソニックは焼けた鉄だと思います」
「焼けた鉄……」
「鉄は熱いうちに打てと言いますけど、ココロノソニックの場合それこそ周囲の存在全てを溶解させて「熱いうち」を招こうとします。ですがその芯にあるのは自分が何のためにいるのかと言うしっかりとした柱であり、その柱だけは決して崩そうとしないでそびえています。
そしておそらく、それがココロノソニックの痛点でしょう」
「痛点…」
「ココロノソニックにとってレースを全うに走る事こそ絶対的な柱でありそれを踏みにじれば怒りは頂点に達します。しかし元から派手に燃えているから傍目からは区別が尽きません」
痛点と弱点は違うが、そこを突かれた時人も馬も暴れるのは同じ。
皐月賞の時はそこまで熱くなっていなかったのはまだそうじゃなかったと言うより、誰もが真っ当に勝つために走ると言う彼の理想がそこにあったからか。
そしてチャンピオンズカップの大勝は、それが出来ていない自分への怒り。
「心配ないと言いたいですけど、引退したら彼は一気に腑抜けてしまうのでは…あ、俺が言う事じゃないですけどね」
「それが出来るのは英雄の資格だよ。ま、うちに来たらよくやったなって言ってやれよ、僕も言うからさ、ハハハハハ…」
競争社会の申し子のような彼が、こんな三か月間「労働」九カ月間休養とか言う世界に耐えきれるのか。もちろんリーディングサイアー争いと言う新たな戦いもあるが、その戦いを前にどんな態度を見せるのか。
(アッパーグレード共々、無事に再会したいもんだね…)
とりあえず同じく現役続行が決まったアッパーグレード共々、無事に引退してもらいたい。
そんな事を、雪の向こうにいる二頭に向かって祈りたくなった。
明日からいよいよ第四部・六歳です!




