第22R 勝てなかったのに……
この後は一週間お休みをいただきまして8月30日から外伝、そしてそれが終わり次第いよいよ第四部となります。
その間は「ハッピー・テロリスト」をお楽しみください。
馬連 9090円
馬単 10030円
三連複 420580円
三連単 985360円
大荒れもいい所だ。
ちなみに、枠連は400円、枠単と言う耳慣れないそれの配当は570円である。
何のつもりだったんだろう。
「さあ…二着でもシンガリでも負けなら同じって発想じゃないんですかね…」
実際僕の言った通りだと思うしその行いに付いて責める意味は何もない。
ただ確かな事は、このレースを見に来てくれた人の多くが損をしたと言う事である。
(確かに勝つのは大事だ。そのためにどんな手段を取ろうが勝手だ。しかしこれまでの地位を、いやこれからの走りの全てを犠牲にしてまで挑みかかるほどの意味があったのか?)
確かに僕はあと四日で六歳になる、いつ引退してもおかしくはない。しかし僕はダートの馬であって芝の馬じゃない以上六歳どころか七歳、八歳までお父さんの様に続けてもおかしくはない。お父さんだって初勝利は三歳日本ダービーの日だったけどデビューは二歳の七月だ。僕は九月だ。
とにかく僕は、十一個目のGⅠタイトルを掴んだ。
ついにタイ記録まで並んだ。
人跡未踏の新記録まで、あと一歩の所まで来たのだ。
「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや……あ、違うか」
「燕雀?」
「結局俺は、お前に無駄に妬いてただけかもしれねえ。俺がお前んとこに行くのが正しいはずなのに、お前を俺らんとこに引きずり降ろそうとしてた。ついさっきまでついに落ちたと思ったけど、ただ小休止してただけ、っつーかちょっと下々の連中を見に回っただけだったんだな」
「下々って!」
「天才はいる。認めるしかない。それと互角に戦えた気になっただけだと錯覚してた。その結果がこれだ」
十一着にまで沈んだカースブレイカーの顔は、呆れるほど爽やかだった。文字通り憑き物が落ちたかのようなそれは文字通り別の馬であり、むしろ寂しいぐらいだった。
「錯覚だなんて!」
「お前は本当に無自覚なんだな。その辺りももう器の違いって奴が透けて見える。逆に言えば俺ももう吹っ切れた。お前に絡み続けるのはこれで仕舞いにしてやる、ってかそうしねえと俺も潰れちまう。あいつらには本当申し訳が立たねえからな」
「君が付き合わせた訳?」
「あいつらがやりたいと言った。俺は止めなかった。一応これで負けたら立ち直れなくなるかもしれねえって警告はした」
「そこまで悲壮になるべき話なのかな、彼らはまだ若いんだよ」
「若い時は二度ねえって言うだろ、まあ若いからこそあんな事が許されるのかもしれねえけどよ。じゃ、また会った時はよろしくな」
あの大荒れを作り出したのは、紛れもなくカースブレイカーだ。彼がラインラインラインのみならずフィールマイハートをも動かし、自分と同じように僕の暴走とも言える逃げを潰しにかからせた。ラインラインラインはともかくなぜフィールマイハートの騎手の人まで動かせたのか不思議ではあったが、いずれにせよ僕は彼らの挑戦を跳ね除けたのは間違いない。
あ、ラインラインラインとフィールマイハートだ。
「二頭ともなんであんな事を」
「普通じゃ勝てない。その事がわかっているからやったんですが」
「逆効果だったね」
「JBCクラシックの時はアドバンテージがありました。ぼくの事を知らないと言う」
「それは僕の…」
「あなたの目に入らないようにするには、グランルークスのように別方向へ逃げるしかない。ぼくもその気になれば逃げる事が出来るけど、フィールマイハートさんにはそれも出来ない」
「後方に構えて差そうとしても、あなたがゴールに着く方が早い」
「帝王賞の時は君のが早かったじゃないか」
「あれは今ラインラインラインが言ったように、あなたの視界に入っていなかっただけです。そしてその切り札は一度しか使えませんしもう使ってしまいました」
逃げ場がない。確かにそれは切実な問題だろう。考えてみればもし僕がカースブレイカーとかの立場だったら強引にでも勝利をもぎ取って行くような存在が毎回毎回相手として出て来たら嫌になる。走っても走っても追い付けず、それどころか余計に差を開かれる。おまけに圧倒的な力でこちらの心を折りに来る。それこそ目先を変えたくもなるけど、芝ダート両方で活躍できるようなラインラインラインのような存在はそれこそ希少種も希少種だ。
「なるほどね…」
「どうしたんだよ」
「いや、何でも…」
「お前は余計な事を考えるな。お前は鴻鵠どころか鳳凰なんだからよ、それでいいんだよ」
鳳凰。
それこそ中国の伝説にある最高級の鳥じゃないか。
そんな存在に僕は比肩するって言うのか、馬鹿馬鹿しいとか言うにはカースブレイカーの目は真剣だしラインラインラインやフィールマイハートまで同じ調子だ。
(その名はあまねく知られども、その実を知る物は少なし……)
そんな一文が頭に浮かぶ。
鳳凰って言葉ぐらいは僕でも知ってるけど、その上で実際にどんな生き物なのかと言われて答えられるのは人間でも少ないはずだ。鳳凰をイメージしたキャラぐらいは山と居るだろうけどそれだって本物のそれでない以上虚像でしかない。
僕はそんな虚像だって言うのか?ここにいるはずなのに、ありえない存在だって言うのか?
「七馬身差でも二着は二着ですからね、本当無欲ってのはいいもんですね」
「ハイペースになるかと思って構えたら当たりましたよ」
「馬券に絡めて光栄です」
「次走は人気になるんだろうなって今からワクワクしてます」
二、三着馬の回りには取材の人も多い。僕の取材は「文字通り完璧なレースが出来ました」で終わったのに。
そしてカースブレイカーやラインラインライン、フィールマイハートは楽しそうに笑い合っている。勝った訳でもないのに。
(いや違う、これはここまで労苦を重ねて来た存在の特権だ。多くの馬たちはこの舞台に立つ事すらできないで競馬場を離れなきゃいけなくなる。僕らの本懐は勝つ事だ、それ以外の何だって言うんだ)
声に出して言う気にはなれない。
空気を乱すのが分かってるから。
でも、なぜだろう。
僕と世界が違うと言うのか。
同じ場所を走っているはずなのに。
毎回数センチ単位の距離に近付いているはずなのに。
結局は、勝つしかないのか。それが、僕の役目だと言うのか。
そうだ、それしかない。
何を、迷っていると言うのか。




