第20R 「気付かないのか?」
「ダメだよこいつは」
「何だいきなり」
「自分が少し失敗しなきゃボンバーエンドはもう一つぐらいGⅠ勝てたのにって思ってんだろ」
「何で分かったの?」
ココロノサケビ以下二歳馬を引き連れてボンバーエンドの見送りにやって来たアッパーグレードは、僕の事をよく知っていた。
ボンバーエンドがもし、レースの事だけに専念し本気で挑んでいたらもう少しうまく行けたはずだ。だけど僕のせいで意欲を失ってしまったのかと思うと情けないと思わない訳ではないが正直申し訳ない。
「もしボンバーエンドが何も言わなきゃ、こいつにとってあの有馬記念は公開処刑の場としてしか映らなかっただろうな」
「そんな!」
「確かにマイルチャンピオンシップは残念だったしあれで終わるのはって思ったけど」
「有終の美を飾ろうだなんて考えがおぼっちゃまなんだよ!これが庶民生まれ庶民育ちのはずの奴の考えなのか」
「もしかしてシャットダウンさんの事が頭から離れないんじゃ」
正確なアッパーグレードの指摘に内心うなづく中出て来た、シャットダウンって名前。確かに一昨年の有馬記念で全てを燃やし尽くして去って行った彼の様に有終の美を飾る事が出来るのは確かに珍しいかもしれない。僕だって晩節を汚す事になるかもしれない。でもボンバーエンドと言う三年以上仲良くして来た存在の最後のレースが全く見せ場もないそれになるのは正直嫌だった。もちろんGⅠとGⅡの差はあるにしても一着と十三着では全然違う。
「あのさ、シャットダウンは俺やボンバーエンドとは違う。お前とは違わないかもしれないが、いややっぱり違うな」
「シャットダウンは元からワンダープログラムの事を考えていたから違うって言うの?」
「シャットダウンが俺らの年まで走る気だったなら、あいつは三冠馬になってない。皐月とダービーはともかく菊と有馬はどっちか負けてた。その分古馬になってもGⅠを取ってたからGⅠ獲得数そのものは多分四つじゃ済まなかった。俺もここでやめてたかもな」
「アッパーグレード来年もやるの!」
「ああ、まだ確定的じゃねえけどな。だとしてもお前の様に精力的に戦う事は出来ねえ、っつーかお前の様に四六時中燃え上がってる奴の様にはなれねえ」
「「燃え上がってる?」」
僕とココロノサケビの声がシンクロした。
「言っちゃ悪いけど兄は勝負の事しか頭にないような冷たい馬ですよ。あ、レースの最中はともかくここでのほほんとすべき時さえも目を血走らせているから確かに燃えていると言えば燃えているかもしれませんが」
「勝つために僕は戦っている。それって当然の事じゃないのか?」
「…結局お前らは兄弟だな。兄貴は自分が燃えている事にちっとも気付かねえし弟はその兄貴に当てられすぎててそうでない存在がどんなもんかわからなくなってる」
「はぁ!?」
「気付かないのか?ココロノソニックは太陽みたいなもんだ、んなもんを直に見たら火傷するぜ」
「僕が…太陽…?」
太陽。
この大地を、この国を、この星を照らす存在。
僕がそんなに大層な存在だって言うのか。
ただの馬のはずの僕が。
「んな存在に付き合うには地球みたく適度に離れてなきゃいけねえ。近づきすぎて燃え尽きた奴は山といる。そんで憧れ過ぎてやられた奴も多い」
「僕にそんな魔力があるって言うのかい」
「ある。名馬なんてみんなそうだけどよ、凡百の存在を引き付け惑わすと共に狂わす力がある。そうやって狂っちまった馬たちはみんな本来の力を発揮できなくなる。あ、何十頭に一頭の割合で本来よりもいい方向に行く馬もいるけどな」
「魔力だらけの世界で誰にも魅了されないなんて不可能だろ」
「それはお前の魔力が相手よりも勝ってるだけだ。相手を惑わしたもん勝ちなのがこの世界の理かもしれねえ。まあココロノソニックについては心配してねえよ。
でも弟君、お前さんは兄貴と言う強大な魔力の発生源にこれ以上関わらねえ方がいい。これから先兄貴の名を出して来る奴はみんなその魔力に当てられちまった輩だ。本当に兄貴に勝ちたいんならそいつらに勝て」
魔力。相手を惑わす力。
そんな恐ろしい力に負けずに自分を貫き通す事が戦う秘訣だと言うのか。
ただ単純に速い遅いではなく、そんな第三の、いや第四か第五かわからないような力まで必要だと言うのか。
(でもその理屈なら)
アッパーグレードにだって、GⅠ二勝馬相応の魔力はあるのだろう。その魔力の塊たちからお互い影響を受け合っているのだとしたら、どっちもどっちでしかないはず。
「アッパーグレードさんは」
「さっきも言っただろ。まだ現役をやる…たぶんな」
「有馬記念の悔しさを晴らすために」
「そんならそれでいいよ」
アッパーグレードが口元を歪ませながら去って行く。
僕が変わらない事を悟ったせいかどうなのかわからないけど、アッパーグレードの背中は寂しそうだった。
ダート馬ってのは競走寿命が長い。その分多くの同期を見送る事になる。時には後輩さえも。もちろん成績が悪くて見限られたってケースは多々あるけどGⅠ馬でも平気で見送らされる。お父さんだって後輩のGⅠ馬たちを見送って来た。僕は既にシャットダウンを見送り、ボンバーエンドも見送る事になった。アッパーグレードも、結局見送る事になるのかもしれない。その時にはもう、僕に同い年の馬はほとんど残らなくなる。実際にはまだ二勝・三勝クラスの馬はいるけど彼らとは全く関わっていないし関わる事も出来ない。彼らがこれから活躍してオープン馬になり重賞を勝ちGⅠに来れば…とか言えなくはないけど、僕と彼らには現状の時点で嫌味でも何でもなく差があり過ぎる。
「……あなたはもう、永遠にそのままかもしれない……」
「ココロノサケビ」
「悔しかったんですか?悔しいから、チャンピオンズカップであんな事を?」
「悔しかったよ、腹が立ったよ!もうココロノソニックは終わりだとか言われて!だから僕は!絶対に黙らせてやると思って!こうしてやって来た!」
「…………」
「僕のやる事は変わらない。いやもう変わるには時間が経ち過ぎた。成功しすぎた。そして成功の味をもう忘れる事は出来ない」
「それで勝てなくなったら」
「辞めるよ、辞めさせてくれるかどうかは別としてね」
成功しすぎた。ここまで傲慢な言葉もない。
でも実際僕は、白星を挙げ過ぎた。もちろん止まる気はないけど、ここまで来てしまった以上もう引き返すとか言う単語は存在しない。
僕はもう、止まれない。




