第17R ボンバーエンドの引退レース
「何だよ、あんな汚い勝ち方して!」
「どういう事だココロノサケビ」
アッパーグレードとの話が終わった所に割り込んで来た二歳馬の声。
言うまでもなく、弟のココロノサケビだ。
「今度GⅠだったな、月並みだが頑張れ」
「あんたに言われたくない」
「なんでだ」
「あんな汚い勝ち方をされたら他の馬がどうなるか分からないのか」
「普通に走っただけなのに」
「どこがだ、あんな頭に血が上り切った事やって」
「確かにそれは否定しない」
頭に血が上っていたのは間違いない。それぞれ理由はあったと言え三度も連続で負けて一番人気の座まで明け渡し、もはや過去の馬に過ぎないと後ろ指を指されているのに気付いた時には僕だって自分なりに頭に来た。そして鼻を明かしてやるために、どうすればいいのか考えたし山本さんとも話し合った。そしてあの作戦に出た。
「ただの逃げだろ」
「見てないんですか」
「見てたよ。見てた上で他に言いようがない。スプリンターズステークスの勝ち馬が春の天皇賞を勝てると思うか?」
「でもぼくはそれを求めます」
「こいつに常識が通じる訳ねえだろ。俺も含めGⅠ馬なんてのは多かれ少なかれ常識を外れてるんだ、単純に常識外れに速いとも言えるしな」
でも落ち着いて見てみれば、僕のやってる事はただの逃げ馬の挙動のはずだ。スタートから飛ばして差を付け、中盤で少し休んで、後半残していたスタミナでもう一回伸びる。そんなに特別な事でもない。何もかも理想的な展開だったのは認めるが、それを汚い勝ち方呼ばわりされる筋合いはないはずだ。
と言うかアッパーグレードも擁護しているようで常識外れ呼ばわりとかそれなりにひどいと思うけど、まあGⅠレースに出られるだけでスーパーエリートの世界だからどこか普通の馬と違うのは間違いないからいいとしておく。
「………………あなたと関わると疲弊するだけですね。実際何頭の馬を壊して来たんですか」
「さあね」
「一将功なりて万骨枯る…ですか」
「さっきも言っただろ、名馬ってのは常識外れしかいねえんだ。ダイレクトな言葉が欲しいか」
「いいです。八つ当たりなんかしたぼくがお子ちゃまだっただけですから」
で、アッパーグレードにいさめられてそのまま去って行った。GⅠ間際の緊張感に押しつぶされたのか知らないけど背中を落として歩くその姿はまるでシンガリ負けしたような有様だった。
(また八つ当たりって言われた……)
しかしなぜまたこうなるんだろう。
兄として情けないとか思うより先に、三歳離れていて一緒に過ごした事もない弟からも普通に話しているだけなのに八つ当たりと言われる。僕がしているのではなく、僕と話すと普通に話しているだけのはずなのになぜか八つ当たりになってしまうらしい。僕は僕なりに普通に話しているだけなのに一体どうしてなのか。
「アッパーグレード…」
「俺もお前の弟と同じ意見だよ。お前と関わると疲れるんだよ」
「疲れ…」
「いや、全く知らねえ存在ならば疲れねえな。少しでも世の中を拗ねた見方で見てる奴は疲れる。そのちょっとだけ拗ねた見方の上で強く動いている奴がぶつかると疲れ果てる。カースブレイカーはよくやってるんじゃねえかな、上っ面だけでこすり続けて決して深淵まで踏み込まねえ。踏み込んでたらカースブレイカーは今頃掲示板にも入れねえで崩れていた」
「僕は魔境か何かな訳」
「似たようなもんだ。誰だってその相手の事を全部知ろうとすると同じだけどな。まあ、せいぜいお互い目の前のレースに集中しようじゃねえか。お互いそれでいいんだよそれで。ダブルブレードが去年の南部杯のあと四戦連続でシンガリとブービーを繰り返して最近じゃGⅢにすら出て来られねえ事は知ってるか?」
拗ねた見方ってのは一体どういう事なんだろう。僕がただただその力だけで勝とうとしているのを何らかの別の狙いがあって、別のやり方でやろうとしているのを非難しているのだろうか。そのつもりで「僕の過ち」を正さんと挑みかかって来た存在はあの下らないオッサンのように壊れてしまうのか。
「僕は自分に甘いのかな」
「いいや厳しいとまでは行かないにせよ甘くはない。そしてその厳しさに対する自覚が全くねえ。お前の普通は世の大半の存在にとっての修羅だ。才能の塊が努力を怠らねえとどうなるかをよく示してやがる」
「努力しなきゃ重賞なんか出られないと思うけど」
「まあな」
「で、アッパーグレードは有馬記念だよね」
「ああ。ボンバーエンドも出る。あいつはそこで身を引くが俺は分からん。親父のリーディングサイアーが今年もほぼ確定的である以上俺の種牡馬としての需要は多くねえらしい。いっそ海外にでもってお話まである」
「でも王道中距離路線を二勝したんでしょ…え、ボンバーエンド引退するの?」
「聞いてねえのか?」
そしてその流れのまま、あっさりと告げられた「ボンバーエンド」引退の報告。
確かに五歳一杯で引退する馬は多いし彼女も最近不調だしこの辺でと言うのは分かるけど、それにしても唐突に思えた。
「六歳まで現役を続ける方が珍しいんだよ。ましてや俺らGⅠ馬だろ、もういい加減怪我の多いこんなとこ離れてのんびり仔馬を産んでくれってのがオーナー様の本音って奴だ」
「……」
「俺の事か?俺はまだ行けると思ってるしさっきも言ったようにまだ種牡馬入りしても需要がどんだけあるかわからねえ。もう一年行くかもしれねえし行かねえかもしれねえ、まあお前は来年もあるんだろ」
「だと思いたいけど」
「また付き合ってやる事になるのか」
アッパーグレードは軽く笑っている。彼の育ちが強くにじみ出ているそれで嫌いじゃないと言うか、それを嫌うのは勇気が要りそうな代物である。どうやったらそういう笑顔が出来るのか。やはり僕は庶民育ちであり、エリート育ちのお坊ちゃまの特権なのか。
「ボンバーエンド」
「…………」
僕は自分なりに笑顔を作り、ボンバーエンドに話しかけた。
でも何の反応もない。
まあ、疲れてると言うか無駄にスタミナを使いたくないんだろう。
最後の一戦…僕にもいつか来る戦い。
その時僕は、何を思うんだろうか。




