第15R 文句あるのか!
平和に競馬が楽しめる世の中でありますように。
一番人気、じゃない。
皐月賞以来、一度もなかった事だ。
ドバイワールドカップでは着順と同じ人気だったけど、日本では二年七ヵ月ぶりだ。
ダートとなるとヒヤシンスステークス以来だからさらに二ヶ月以上前の事である。
別に覚悟していなかった訳でもない。
『ここに来て全部別の相手に三連敗。着差はともかくその事実は受け止めねばならない』
『帝王賞の走りは気が抜けていた、本気でかかればと思っていた南部杯も似たような調子で、JBCクラシックならと思っていたのにまたこの結果では』
『JBCクラシックの走りは本質的にスピードがやや足りないと言う事を示していた。芝でもGⅠ馬となったラインラインラインのそれは新たなる時代のそれを感じさせる』
『故障がポテンシャルに悪影響を与えているのは間違いない。もはや全盛期には遠い』
こんな世評がJBCクラシックの後から出まくった。
もはやココロノソニックと言う存在は過去のそれであり、ラインラインラインと言う新世代の王者に道を譲るべき存在に過ぎない。いやラインラインラインとは限らず様々な存在に負かされた以上ココロノソニックはもはや往時のような絶対王者でも何でもない、下の世代からの突き上げに耐えきれない古く崩れ落ちかかった壁。
そんな風に捉えられても、一向にしょうがない。二着とは言っても、三連敗したのは事実だ。
でも、腹立たしい。
(九対三…いや九対二に過ぎないじゃないか!)
僕とラインラインラインのGⅠ級レースの勝ち数の差は、あまりにも大きいはず。確かにそれが一番新しくて七ヶ月前のかしわ記念のそれとつい先月のJBCクラシックと言う差はわかるとしても、栄光なんてのは手に入れた瞬間から古びて行く。七ヶ月前もひと月前も二年半前も変わりはしない。
表に出す事はしない。出しても意味はない。
僕はもう五歳だ。ほどなくして六歳だ。
「人気なんか何番でもいいんですけどね」
「ラインラインライン…」
「着順が一番である事が一番重要なんです。今回もJBCクラシックと同じように勝たせてもらいますから」
「そんな事はさせない」
「それはこっちのセリフです」
ラインラインラインはと言うと、相変わらずフィールマイハートと同じように爽やかな笑顔で寄って来る。曇らせたらいけないほどのさわやかな笑顔であり、未来のスーパースター様と言う形容にふさわしいそれだ。
でも、それを曇らせるのも僕の役目だ。全員笑う事だなんてできない。出来るとすればトライアルレースとかで全員が優先出走権を取れたとかそういう時ぐらいであり、それとてせいぜい三頭ぐらいまで。
「ここには一頭の勝者とそれ以外の敗者しかいない」
「そうですね」
「その一頭の勝者になるためにここまで来たんだろう」
「もちろんです」
真面目でいい子だ。
でも、何があっても勝たねばならない。向こうも同じだ。何があってもこっちを負かそうとして来る。自分のやり方で、正々堂々と。彼は道を踏み外さないだろうと言う安心感がある。でもそれは安心して道を譲る事が出来ると言う意味じゃない。
負かしがいが、あると言う事だ。
既に僕の打つ手は、決まっていた。
『さあゲートが開いた…おっとココロノソニック!いきなり飛び出した!
そして二馬身、三馬身と開いて行く!』
強引にでも押し切る。力で立ち向かう。
今の僕に、他に勝つ道があるのかは分からない。だがその道があるのに実行しない手もない。
スタートから暴走とも思えるペースで飛ばし、一挙に差を開く。もちろん適当な所でスローダウンしてスタミナを温存し、直線で再加速して逃げ込む。乱暴なやり方かもしれないが、これを破るのは単純に困難なはずだ。
『気が付けばココロノソニック、もう二番手以下に七馬身の差を付けている!』
ワーッと言う声が響く。それだけで競馬場の空気がわかる。
久しぶりかもしれない、ここまで競馬場を支配している感覚と言うのは。
いや、初めてだ。
これまで自分で言うのも何だけどどこか淡々と走って来て淡々と勝っていた、それが僕だった気がする。そんな面白くない事をしていた僕は、確かに人気は出ないかもしれない。間違いなく勝つしそれでも上位には来るだろうから馬券は売れるが、馬券でしか売れない。競走馬のキャラクターグッズもあるけど僕のそれは未だにない、アッパーグレードやシャットダウンのはあるってのに。特にシャットダウンなんかは孤高の英雄として今でも男性ファンからの人気が高く、種牡馬としての種付け料とは別にオープン特別を勝ったぐらいのお金を稼いでいるらしい。羨ましいと共にたどり着けない境地ってのはあるんだなと実感もした。でも僕がやる事なんか何も変わらない。目の前のレースを勝つ。そのために今こうしてここにいる。何を迷っているのだ。
予定通り、少しペースを落とす。ここぞとばかりに来るかもしれないけど、それならそれで直線でまた力を吐き出すのみ。余力がもうないと思ってくれているならばそれこそこちらの思う壺、追い付けると思っていた所を引き離されるかそうでないとしても追い付けない辛さは僕がよくわかっている。目には目を歯には歯をでもないだろうが、彼らにこの戦法が敗れるだろうか。
「今差は」
「五ってとこかな」
山本さんを信じる。このままならば何の問題もない。
最終コーナーだ。先頭で回る。
『先頭はココロノソニック!さあ後続はこれをどれだけ追い上げられるか!』
あくまで手は抜かない。フィールマイハートと言うこっちがペースを落とした所を切り落とす名手もいるしまたラインラインラインも当然ここから来る。中京競馬場の直線は東京よりは短いが400m越えとかなり長く、前を行く馬にはやや不利かもしれない。だがそれでも長い直線を走るのも激しい坂を乗り越えねばならないのもみんな同じだ。
ならば…!
『さらに!さらに突き放しにかかる!二番手はフィールマイハートか!しかし差は詰まらない!ここに来てラインラインラインも追い上げて来た!フィールマイハートを捉えたか!』
そう思って気合を入れたのに、フィールマイハートもラインラインラインも付いて来る。
ああもう、面倒くさい!
これ以上好き勝手なことなどさせない!
「おおおおお…!」
叫びながら、走った。思いをぶつけながら、走った。
直線があと、50mも残っていない事を、忘れて。




