第14R チャンピオンズカップ
二年ぶりにこの厩舎で感じるその風は良い意味で冷たく、火照った体を冷ます。
馬ってのは寒いのは平気であり追い切りの後にいい具合で吹く風は文字通り天の助けだった。
まさか…いやそんな虫のいい話はそうそうない。僕は僕の力で勝たねばならない。無論ラッキーはラッキーとして受け取っておく。
厩舎が静かだ。GⅠシーズンと言う事もありアッパーグレードもボンバーエンドもGⅠに出走してるってのに、なぜか僕の回りだけが静かだった。
(辛いんだろうな…結果が伴わないのは…)
でもしょうがないと思う。
アッパーグレードは秋の天皇賞六着、ジャパンカップ五着。
ボンバーエンドもアイルランドトロフィー三着、マイルチャンピオンシップ十着。
大敗とまでは行かないにせよ往時のGⅠ馬としては寂しい着順。
だからこそ次の一戦に向けて更なる思いをため込んでいるのだろう。
そんな所にむやみに干渉するのは良くない。
僕は僕なりのやり方で目の前の存在に立ち向かう、それ以外できる事はない。
そのために何が出来るか。勝つしかない。
その主敵は何と言っても、ラインラインライン。
他にはカースブレイカーやフィールマイハート。その辺りが主なライバルだろう。
だがカースブレイカーについてはここ最近も着差を開いておりそれほど怖くはない。いや、勝つためならばどんな手を打って来ないとも限らない。一線を踏み外すかどうかはともかく大逃げとか暴走を期待しての追い込みとか極端な手段を打ってくる可能性はある。要するに予測できない事が予測できると言う所だが、よく突っかかって来るのでその時の反応次第とも言える。
続いてフィールマイハートは、僕を負かした帝王賞や直近のJBCクラシックを含むレースを見る限り一辺倒とまでは行かないにせよ中団から一瞬の切れ味にかけるタイプだ。なかなか勝ち切れないレースも多かったがそれがハマったのか三歳夏から四連勝して重賞を勝ち、GⅠにも駒を進めるようになったけど再び勝ち切れなくなったけど入着を重ね、帝王賞にてチャンスをつかんだと言う次第のようだ。要するに展開ひとつと言うタイプであり、帝王賞勝ち馬と言う肩書ほど恐れるべきではないと言う事か。
そしてラインラインラインだが、芝GⅠ馬のポテンシャルを生かしたスピードで前に立ち、決して無理をしないペースでレースを作る。無理をしていないのだが馬鹿みたいに速い訳でもなく、スローペースとまでは行かないにせよ平均ペースと言った所で走る。直線に入ると隠していたスピードをゆっくりと上げ、抜けそうで抜けない構図を作り上げる。追いかけていた相手はだんだんとイライラし出して無理に気合を入れてしまい、それに呼応するようにラインラインラインは自分のギアを上げる。結果小さいはずなのにずっと差は埋まらず、そのままゴール板を通過されてしまうと言う次第な訳だ。
ならば、それをさせなければいい。
「しっかしさ、今が全盛期まであるんじゃねって感じだったよ」
「有馬記念でもやるんでしょ」
「まあな。これでシャットダウンの疲労も少しは減るだろうよ」
「シャットダウンが文句を言うタイプだと思う?ライバルが増えてくれたって口にしないまま喜んでるでしょ」
「あいつならそうするよな、ったくリバースエンジニアって馬も幸運だよな」
そうして自分なりに燃え滾っている中、アッパーグレードとボンバーエンドから出て来たリバースエンジニアなる名前。
あわてて調べたその馬は、僕より一つ年上の今年の宝塚記念の勝ち馬。
そして、ワンダープログラムさんの産駒。つまりある意味シャットダウンの兄。もしそのリバースエンジニアって馬が二年早く宝塚記念を勝っていたら、シャットダウンはもう少し長く現役を続けていただろうか。全ては後から何とでも言えるたられば論でしかないが、運命ってのはその程度で変わる事でもある。そして起こってしまった事を消すのはタイムマシンでもない限り無理だ。タイムマシンがあったとしても個々人の都合で時間を変えまくればめちゃくちゃになる。考えるのは勝手だが実行は不可能って事だ。ならば、僕は僕に出来る事をするしかない。
「一体いつ以来だよ、浅野厩舎所属の五歳馬さん」
「いつ以来って何の」
「中央競馬の浅野厩舎所属の競走馬が、中央競馬を走るのはって聞いてんだよ」
「去年のフェブラリーステークス以来だから一年九カ月ぶりかな」
「そんなんだから友達いねえんだぞ」
「意味が分からないんだが」
そして意欲満々でやって来た中京競馬場。
相変わらず絡んで来るカースブレイカーだが、もう慣れ切った。確かに中央競馬場で走るのは一年九カ月ぶりだけど、それが一体何だと言うのか。僕はもうほどなくして六歳になるが、二歳の時は誰だって経験した事のない場所に放り出されて戦えと言われる。間隔があろうがなかろうが自分のすべき事をするだけ。山本さんともそれなりに話し合って来た。
「まだ自分の時代は終わってないと」
「言いたい。言うためにもここは勝つ」
「新しい時代を切り開きたいんです。もちろんあなたが王者としての復活を狙っていると言うのは分かりますけどその枠は一つしかないのが世の常。あなたが返り咲こうとすれば誰かが泣きます。ぼくもですけど」
「勝つために来た、他に何をする意味もない」
「ですね、しかしあなたはこの後」
「東京大賞典へ行く。君もだろう」
「はい」
そしてフィールマイハートとは、それなりに話も出来た。ダートはスプリント部門こそあれどマイル以上は一絡げにされる事も多く、「古馬王者」の枠はJBCを見ればわかるようにスプリントとそれ以外の二枠しかない。現状スプリント枠はグランルークスがやや優勢だが、それ以外の方の枠は現在王者不在に近い状態になっている。
いや、新たなる王者の登場を皆が待ち望んでいる。
チャンピオンズカップと言う名にふさわしい、存在の到来を。
だから、こんな数字も出て来たのだろう。
ラインラインライン、単勝、3.9倍。
ココロノソニック、単勝、4.5倍。
そう、二番人気————————————————————。




