第12R 本当の「弟」
「もう負けは許されませんからね!」
「相変わらず気合が入ってるな」
次はチャンピオンズカップ。二年ぶりのこのレース。
何が何でも勝つより他に道はない。
中央競馬となればどうしても歓声は大きくなる。
僕に向いているそれでないとしても正直嬉しいしありがたい。歓声があればあるだけレースを見に来てくれる、と言うか僕らに関心を持ってくれているファンの人が多いって事だし競馬って存在が人気だって証でもある。それに邪な事を言えばその歓声のせいでひるんでくれる存在が増えるのならばそれもいい。
実は地方競馬の売り上げそのものはそれなりに上昇している。いわゆるネット投票が増えており競馬場へ行ったりWINSのような馬券売り場に行ったりしなくとも馬券を買えるようになったため、そこにいなくとも売り上げに貢献している人はかなりいる。
でも所詮地方競馬場は地方競馬場であり、コースもスタンドもどうしても中央競馬のそれよりは小さい。GⅠともなれば満員にはなるだろうが、そんなのは中央でも地方でも同じである以上残念ながら勝負は付いている。残酷かもしれないけどそれが現実だった。もちろんスタジアムの大小が盛り上がりの大小を意味するわけではないけど、どうしても乗り越えられない壁がある。
そう、僕は壁にならなければいけない。
「こんな面倒くさい存在を相手にしなきゃいけないんですかダート界に出るって事は」
「面倒くさくない相手はいないよ」
「随分簡単に一刀両断するんですね、まさかラインラインラインさんに重ねてるんじゃ、ああ兄さんは元から他の馬の事なんか目に入ってないですけどね」
「あんな走りをしたのにどうしてそんな顔が出来るんだ?」
「何回勝ってもちっとも笑わない馬だったくせによくもまあ…」
そして一週休んだ上で少し気合を入れて調教に出たら、ココロノサケビが重苦しい顔をしてやって来た。
僕が素直に褒めたつもりでいるとココロノサケビはなおさら顔をしかめ、履き捨てるように言葉をぶつけて来た。
確かに僕はあまり勝ったからと言って浮かれ上がる口ではないのは承知しているけど、仲間内の勝利を喜べる程度には心も広いつもりだ。アッパーグレードのドバイシーマクラシックや大阪杯の時には自分なりに祝辞だって述べたし内心では拍手を一杯したつもりだ。でも自分は、いや自分だってうまく行けたと思った時は普通の馬なりに喜んだり威張ったりもする。そうでないと思わなかったからそうしなかっただけの事だ。
「あるいは前走はうまく行かなかったと思ってるのか」
「違いますよ、このせいで次走GⅠに決まっちゃったんで少し緊張してるだけです」
「まあそうだよな」
「説得力って言葉を知ってます?」
「何度走ってもGⅠは緊張するぞ」
だってのにココロノサケビは実に冷たい。誰だってGⅠを走る時は緊張する物だ。GⅠを勝つためにここまでいろいろな思いをして来た以上、そこに立つだけでエリートであり、選ばれた存在であり、多くの馬に尊敬されるべき存在だ。ココロノサケビもそうなったのを自覚しているから緊張しているのだろうと思ったけど、いつの間にかココロノサケビの顔が赤くなっていた。
「知ってます?アスタリスクガールさんって馬」
「うん、うちの子だよね、なんかオープン特別勝って桜花賞出たとかって」
「そのレベルですか!本当何も知らないんですね!」
「知ってるよ、確かこの前…」
「この前!?」
「ああ3勝クラスのダートレースを勝ったって」
「知ってるんですね、ええそうですか知ってるんですね!」
「そんなにいきり立って何を言いたいんだ、回りくどいんだよ。とりあえず落ち着いて深呼吸をして」
僕に顔を近づけ、二度に渡り吠え、僕が冷静にそのアスタリスクガールについて答えると投げやりに三度吠え、僕が答えを求めるように軽く右前脚を踏み鳴らすと深々とため息を吐く。
情緒不安定なのか?そういう時は落ち着かなければいけない、頭を冷やさなければいけない。
「じゃあはっきり言いますけど、アスタリスクガールさんは実に気の毒ですよ」
「気の毒ってなんだよ」
「兄さんはもうそのレースが1400m戦である事を知ってるんでしょ?アスタリスクガールさんがこの先どこに行くのかも想像が付いてるんでしょ?」
「やっぱりカペラステークスとか?」
「そうですよ、そこで勝てばその先はプロキオンステークス、そしてその先はフェブラリーステークス…!」
「そうだね」
「で、そのフェブラリーステークスに兄さんは出るんでしょ!」
「まあ、そうなるだろうね」
「それですよ、それ!」
「もしかして僕に負けろって言ってるんじゃないだろうな」
アスタリスクガールがダートの短距離で才能を開花させるのは別にいい、だがその先に待っているのはフェブラリーステークスと言うマイル戦でありそこで僕と激突するかもしれないと言う事か。
ただでさえ短距離にはグランルークスと言う強敵がいるのにさらに僕とぶつかってしまえばより勝利の可能性が低くなると言うのはわかるが、かと言って僕がそこに出ないと言う保証は出来ない。
ドバイ遠征とか言うにしてもフェブラリーステークスからドバイと言うのが去年も辿ったパターンであり、故障でもなければ来年のフェブラリーステークスに僕は出る事になる。今年の無念を晴らすためにも。サウジカップ?確かにフェブラリーステークスの前にあるレースで先にそっちに出るために遠征してそこからドバイと言うルートもあるけどそれは来年になってみないと分からない。
いずれにしてもわざと手を抜くような真似ができる訳もない。実力通りに走って負けたならばしょうがないが八百長だなんて許されるはずがない。負かしたければ実力で来いと言うんだ。
「実力の事を言ってんじゃないんだよ…」
「ん?」
何だ、声が急に太く重くなった。視線をココロノサケビの方にやると目が黒々と輝き、たてがみが逆立っている。
「何だよ、僕だっていつまでも強くありたいけどそんな事は出来ないのはもうわかってるし…」
「そうやって…そうやっていつもいつも何事もないようにのほほんと、いや平然としているとな……!」
「何だお前」
「言われたんだよ……!ココロノソニックの全弟の癖にダートはダメなのかって、思いっきり馬鹿にされてさ!」




