第11R 「今のあなたは尊敬できません」
「今のあなたは尊敬できません」
「だろうね。全力で走ったのに負けたんだから」
「そうじゃないんですけど。とにかくそれでラインラインラインさんに勝てるとは思わない方が賢明ですから」
ココロノサケビも全く素っ気ない。
三連敗。
本当の本当に初めての経験。何がどうしてこうなったのやら、と言う訳ではなく全部理由がある負け方。
しかし着順としては、全て二着である。しかもアタマ差、ハナ差、アタマ差。そんな僅差で負けた事は悔しくはあるが、次こそは行けるとも思える。
「ラインラインラインか…」
そして今倒すべき敵の名は、ラインラインライン。
フィールマイハートと並んで、いやフィールマイハート以上に声援を集めていた存在。フィールマイハートがこっちを華麗に切り裂くとか言うなら、ラインラインラインはこっちの攻撃を受け止めて受け流す感じだ。それらの相手にどうやって戦えばいいか。
もっともフィールマイハートについては目途は立っている。前走四馬身差を付けたように最後まで気を抜かずに走れば撃破は可能だ。もちろんハイペースは気にする必要があるだろうが、それでもスタミナ比べならばこちらの方が上だと言う自信はあった。
問題はラインラインラインだ。
JBCクラシックの後も涼しい顔をして笑顔を浮かべていたように、あれはまだ本気を出していないかもしれない。いや出していたとしてもそう見せない。
僕がGⅠを勝った後どんな顔をしていたかは見なきゃわからないけど、たぶんあんなスーパースターらしい顔はしていない。悪い意味ではないが汗にまみれ喜びがあるとすれば勝利の二文字から来たそれだけ、とか言う顔が映っているのだろう。
受け流せないように、圧倒的な力を叩き付けるか。
それこそ全てを包み込み、逃げ場を封じるような莫大な力で押し潰してしまうか。
だがそれは、文字通り力の差がなければ叶わないやり方だった。
全力を出したはずなのに、負けた。それがJBCクラシックだった。
やり方を変えろと言うのか。
だがそれをやるには、あまりにも数字が重すぎる。
GⅠ九勝。僕は僕のやり方で、こんな数字を積み重ねて来た。世間的に言えば僕は既にとんでもないスーパースターであり、少なくとも超一流馬ではある。そこからやり方を変えると言っても、どう変えればいいのか分からない。分かったとして、それを実行に移す事が出来るのか。
—————ココロノソニックはもう全盛期を過ぎている。
そんな言葉を聞かされる事もあった。
衰えている。まさか、この僕が。
ダート界で五歳秋など、むしろこれからではないか。
いわゆる使い減りと言うにしてもまだ二十一戦しか走ってないと言う事を思えばそれほどでもないはずだ。
怪我のせい?怪我明けのかしわ記念をあそこまで見事に勝てたのに?
僕は僕がこれまで勝って来たレースと、ラインラインラインの勝って来たレースを見返す事にした。
まずは僕が勝って来たレース。
新馬戦、もちのき賞から今年のかしわ記念までずっと見た。様々なやり方で勝って来たつもりだけど、基本的に力任せで押し切るそれがメインだった。逃げるにせよ三番手ぐらいから出るにせよ、詭道と言うより力で勝って来ていた。
一方でラインラインラインは、そんなに強引な事はしていなかった。レパードステークスやジャパンダートクラシック、この前のJBCクラシックもさることながら、それ以前の朝日杯フューチュリティステークスにしても決して乱暴で強引なそれではなくいつの間にか先頭に立ち、そのまま引き付けるように走っている。そして直線に突入してなお泰然自若と言った風にペースを落とさず、こっちが反応して来るのを見切るように二の足を使っている。弥生賞や皐月賞、日本ダービーも見たけどそれらの時はやや後ろに構えていて後方のまんま上がって来れないと言うレースをやっている。
それらの事からしてラインラインラインは先行逃げ切りタイプであり、いつの間にか自分のペースに持ち込んでいつの間にか勝ってしまうと言うやり方なのだろう。
ならば僕は—————と思おうとした所で、大きな声が聞こえた。
誰かが呼んでいるのかと思ったが、モニターからだ。
凄い歓声だ。
朝日杯フューチュリティステークスの時の映像だけど、確かにGⅠとは言え正直そこまで格も高くない。ホープフルステークスのGⅠ昇格後はここを勝ってもJRA賞を取れない事も珍しくなく、さらに来週はそのホープフルステークス及び有馬記念と言う事もあってなおさら影の薄いGⅠになっている。それなのに、確かに三戦三勝とは言え決して派手な勝ち方をしたわけではないラインラインラインへの声援が凄い。新馬戦も一勝クラスもまた似たような調子だったせいか人気も四番人気止まりだったその馬が浴びる声援にしてはやけに大きい。調教師さんやオーナーさん、騎手さんも調べたけどそこまで耳目を浴びる理由も見つからない。
「……まさか?」
ラインラインラインにあって、僕にない物。
まさかと思いながら僕の、試しに一昨年のチャンピオンズカップを見てみる。
道中三番手に構え、最終コーナー手前で先頭に立ち、そしてそこから抜け出して突き放す。最後少しだけ脚が鈍って少しだけ詰められたけど、それまで。四馬身差を付けての圧勝。これが僕のやり方だった。
だが、圧倒的一番人気だったはずの僕に向けられた声援は、実に少ない。
『ココロノソニック!まさに圧倒的な勝ちっぷり!ダート界の新星はどこまで勝ち星を積み上げるのか!』
そんなアナウンサーの人の実況が、一番大きな声かもしれない。もちろん僕には聞こえていなかったし競馬場に来てくれた人が発した声でもないのに、その音声に僕は勝てなかった。
実に静かだった。
ああ、やっぱりな。
そんな風に期待されるには僕はまだ戦歴を重ねていなかったとは言え、僕は声援を集める事が出来ない馬だったんだ。
確かに競馬の事をよくわかっている人にはそれなりに期待されてたんだろうけど、そんな人たちは僕たちを傷付けないためにじっとレースを見て、騒ぐ事をしない。
(僕は平気なのに…)
僕らの大半がファンファーレやら手拍子やらと言った騒音に敏感である事を知っているから騒ぐ事を良しとせず、じっと見守っている。
確かにそれは正しい事なんだろうけど、なぜか少し寂しくなった。
どうしてなんだろう?




