第6R 「次はぼくの番です」
「新世代のスター誕生」
そんな見出しが躍っている。
(いかん、いかん…感情に囚われちゃいけない…!)
僕は負けた。間違いなく負けた。
あの帝王賞。
レースの後、フィールマイハートを称える声援に包まれてなお悔しさが湧かない。山本さんが敗因は自分のせいだって何度も言ってたけど、それを差し引いてもなぜだか次こそはと言う気分にならない。
冷静沈着。慎重第一。負けた映像を何度も見返し反省するしかない。
ペースそのものはそんなに早くない。仕掛けもそこまで早かったとは思えない。
最後のコーナーでの…あ。
やっぱりそうだ。あまりにもそこで気合が入り過ぎてたせいか、外に膨れていた。その結果さらに外から回って来たフィールマイハートの追い込みを許し、大台に乗っかる事が出来なかった。
いや、それだけか?
もしかして他にと思い映像を戻して何度も見る。
僕の顔も見る。
何だこれは。正直気が抜けてるじゃないか。
直線抜け出して「これまでのように」もう誰も追いかけて来ないだろう、勝ったも同然だと言わんばかりにどこか遠くを眺めていると言うか競馬である事を忘れているかのように呆けている。
「あ゛あ゛!」
事ここに至り、ようやく僕は感情を爆発させた。頭では最後まで気を抜かないようにとかわかっているはずなのに、そこにいた実際の僕はあまりにも情けない。適切でない時に力が入り、肝心な時に気が抜けてしまっている。全くひどい。
山本さんが悪い?そんな訳があるかい。僕がただ遅かっただけじゃないか。それ以上に、やる気がなかっただけじゃないか。
そして、そのやる気のなさにより突き付けられた事実は残酷だった。
「アメリカ遠征はなしだな」
もし帝王賞で勝っていれば、ブリーダーズカップクラシックへの出走を考えていたと言う。
それこそ僕の夢を通り越したニッポンの夢であり、世界にその名をとどろかせるチャンスだったわけだ。だが国内戦で負けてしまった僕はその域には達していないと言う訳なのだ。まあ仕方がないとは言え、気分のいい物ではない。実際そうなってみると暇で仕方がなく、夏の暑さに耐えるようにボーっとする事しかする事がない。と言うか放牧がないのもこの成績の結果であり、しばらくここで自分を見つめ直せと言う事なんだろう。
「レパードステークスか…」
そしてそれから一ヶ月ほどを経てうだるような暑さの中、冷房の利いた馬房の中でレースを眺める。
三歳ダートGⅢ戦。夏の新潟を彩るダート界の明日のスターを決める戦い。ここにやって来ている馬が、秋から僕の相手になる。一頭一頭、その名を覚えておく。若い芽を摘むような真似はかっこ悪いのはわかっているが、それでも相手を知らなければ戦いなんかできる訳がない。
一番人気馬は春に昇竜ステークスを勝ち東京ダービーで三着の馬。なるほど、その昇竜ステークスのタイムからしてかなり強そうだ。で、二番人気は僕と同じヒヤシンスステークスを勝ちユニコーンステークスで二着した馬。これもまた馬体が引き締まっていて手ごわそうだ。
で、三番人気がラインラインラインとか言うGⅠ馬。と言ってもダートではなく、朝日杯フューチュリティステークスと言う芝の二歳戦。その時は三連勝で最優秀二歳牡馬になったけどその後は弥生賞八着、皐月賞十二着、日本ダービー十五着。ちなみに朝日杯フューチュリティステークスの前の二連勝も芝マイル戦と芝1800m戦。要するにダートの経験なんかまったくなくて目先を変えるために来たって事だ。
「兄さんはダートが本職だと思ってて芝はついでなんでしょ」
「まあな」
「ぼくもデビューが決まったのは知ってるでしょ」
そしてココロノサケビも、さらに一か月後の中山での開幕週でのデビューが決まった。ダート1400m戦。僕よりは短い距離だけどまあそんなもんなんだろう。仕上がりを少し見たけど競走馬として十分な体つきではあり、十分通用しそうに思える。
「でもさ、通用しそうに見えた馬が何頭も一勝すらできずに砕け散ったのを兄さんだって見てるんでしょ」
「まあね。どんなに成功しているように見えても運命は儚い。僕と戦った馬が正直何と言ったらいいか、って事になっててびっくりした事もあるよ」
過去の実績は、過去の実績でしかない。僕とアッパーグレードがスプリングステークスで負けたソレガコタエダはその後皐月賞六着、日本ダービー五着まではいいとしてもその後は馬券に絡む事すらできないまま二年以上過ごし、地方競馬に送られそこでも振るわないままだと言う。僕だっていつそうならないとも限らない。いや、帝王賞はその運命を僕に見せようとしているそれだった。
(そんな運命など御免だ、次でひっくり返すまでだ!)
そう思い、次のレースこと南部杯の事を考えていた。
去年は取ったレースだけど、今回も同じように行くわけがない。フィールマイハートにカースブレイカー、あとネヴァーロストさんもいる。他に強い馬が出て来ないとも限らない。だからこそこのレパードステークスは注視しなければいけない。
「兄さんは数字が好きですね」
「そうかな」
「そして自分も大好きで、大嫌い。自分が強かったから勝ち、弱かったから負けた。そんな単純な物じゃないってぼくでもわかるのに」
「世の中って案外単純だと思うけど」
「それならそれでいいですけど」
ココロノサケビも言いたい事だけ言って去って行った。数字が好き?確かにそうかもしれない。そして自分が大好きで大嫌い、勝つも負けるも自分次第、全く正しいじゃないか。正しい事の何が悪いと言うのか。
だから。
(大したことないか…)
(まあ、次があるから気にするな!)
と思う事が出来た。
レパードステークスを勝ったラインラインラインだがスローペースに落としておきながらハナ差での逃げ込みでタイムも平凡な存在に対しての評価と、少し後ろ過ぎたものの直線外からきっちり追い込み二着に入った弟への評価を、正確に下せたと思っていた。




