第4R 殺気
『故障明けとは思えない勝ちぶり。新興勢力との対決も前走で戦った馬はかなりつらそう』
『ココロノソニック、ここでは力が違うか』
『逃げ比べのスタミナ競争で落とせば勝てるかもしれないがそんな馬がいるのか。追い切りも極めて好タイムで絶好調』
『二番手ならカースブレイカーか。前走は勝ち馬に三馬身差を付けられるも三着には二馬身差あり他の馬には譲らない』
世評はあまりにも明らかだ。
王者である僕の天下は未だ揺るがず、それに挑む新勢力に逆転を期待するしかない。
カースブレイカーのような旧勢力、と言うか既存の対戦相手ではもはやココロノソニックを破れない。
『可能性があるとすれば二走ボケ。ココロノソニックは元から真面目な性格で故障からの復帰時もゴーサインが出るやかなり気合が入っていた事からしてかしわ記念のそれが100%でやや落ちている可能性はある。そう言えばスプリングステークスの時もソエによる休養→ヒヤシンスステークス1着だった』
唯一の不安と言うのがこれ、らしい。
確かに僕はその人が言うようにどんな時でも気合を入れ手を抜かないタイプだが、そのせいで次負けたとしても今の一戦を取らなければしょうがない。それにダート路線なんて定量戦だけ走ろうものならそれこそGⅠを走るしかなく、毎回本番をやってるような物じゃないか。プレッシャーだとは思わないし楽しくはあるから別にいいけど、結局完璧なんて存在しないって事だろう。
大井競馬場。通い慣れた場所だ。帝王賞は二度目。
別にやる事は変わらないが、だからこそ手を抜いちゃいけない。
(海外遠征?それにしたってまだ四ヶ月ある。しばらく本気を出す機会も必要もなくなる。ここでやればいいだけじゃないか)
また海外遠征があるのかどうかはわからない。去年のドバイではまだ僕がローカルチャンプに過ぎない事を思い知ったけど、それからGⅠを三つ勝ってそれなりに自信も持てた。ここで勝てば大台のGⅠ十勝目となり、空前のそれとまでは行かないにせよ自分なりに金字塔を打ち立てる事は出来る。
海外遠征となれば、行先はアメリカ。ダートの本場。
狙いは日本のJBCクラシックの元ネタで権威も賞金もずっと上のブリーダーズカップクラシック。去年も場合によってはあったかもしれないその場所に行くためにも、ここは負けたくない。
芝とダート、世界的にはどっちがメジャーなのかと言う問題の答えはおそらく芝だろう。芝ならばヨーロッパやオーストラリア、香港に行く事もある。ダートはドバイやアメリカになるけど、アメリカでもマイナーだが芝競馬はある。別に世界で活躍しなくても日本で頑張ればいいと言うかもしれないが、実際はそうも行かない。
単純な話、日本は毎年七千頭近い競走馬を生産している。受胎率を基本的に七割ぐらいだとすれば、繫殖牝馬は一万頭いる事になる。その一万頭を取り合うのが種牡馬と言うオシゴトであり、今年もお父さんのような上位層たちが三ケタの数を占める中GⅠを勝っても三十も集まらない馬もいる。と言うかひとケタしかいないと言う話もちっとも珍しくない。もちろん日本に売られて来る種牡馬もいる。
要するに、それらとの戦いに勝つために実績を積まねばならないしいっその事海外のお偉いさんに目を付けてもらうのも悪くないって話だ。日本では血統がダブり過ぎてて需要のない馬が海外に渡って成功した話もあるしシャトルサイアーと言って夏にオーストラリアなどに渡ってそこでまた種付けをするのもある。
もしかして、引退と同時にこの国を出て行く事になるのかもしれない。そしてそのままその国で死ぬ事になるのかもしれない。そんなのは今考える事でもないけど、お金を稼ぐのと同じぐらい世界中に名を売り込むのも海外遠征の目的でもある。生産してくれた牧場の人、オーナーさん、浅野先生、山本さん、そして共に戦って来てくれた仲間たち。
彼らのためにも僕は負けられない。そしてもう一つ、目の前の数字のためにも。
単勝、1.7倍。
また1倍台の数字が戻って来た。それだけファンの皆さんが僕の勝利を待ち望んでいると言う事である。その期待に応えずしてさらなる段階に進める訳がない。
「相変わらずだなそのガンギマリぶりは」
「そうじゃなきゃ勝負には勝てないだろ」
二番人気、9.2倍のカースブレイカー。人気順ではともかく単勝オッズではかしわ記念の時とは比べ物にならない差がついてしまった存在。
「お前みたいな奴が勝つと普通の馬は潰れちまう。誰も彼もがお前の真似をする」
「何だよそれ」
「お前は天才だ、天才が成功したからと言って普通の奴が同じ事をやって成功するとは限らない、ってかお前のその欠陥をダブルブレードさんも必死に正そうとしていた、お前のために」
「あんな奴にうんぬん言われる筋合いはないね」
僕は天才でも何でもない。そう何度も言ってるはずなのにちっとも耳を貸さない。
でまだダブルブレードとかって奴は僕の傲慢を正すとか真顔で言ってるらしいけど、あんな真似をしておいて何が正義だか。欠陥があったとしてもあんなやり方で修正しようだなんて馬鹿げているにもほどがある。
って言うか出て来ないじゃないかって言ったらフェブラリーステークスの後の跛行が長引いてるらしい。ダサい、ひたすらにダサい。
「もし仮に今の僕が悪役だとしても、それを倒せないほどのしょぼいヒーローじゃ話は面白くならない。何なら君がやってみる?」
「真っ正直に戦って勝たなきゃベビーフェイスにはなれねえってか!
お前のような、汚い手を使わねえ強い奴は本当に厄介だよ……!!」
「ですね…」
「怖い顔をしてるな、草食動物だろお互い」
「とっくに知ってたけどお前ホンマモンだな」
で、少し突いてやったらすぐ匙を投げた。あんなんで戦えるんだろうか?凄い殺気こそ漂わせてたけどそれ以上の物は何もない。要するにそれまでって事だ。
コパノリッキーのGⅠ級レース11勝が実際の日本記録です。




