第2R 僕が本気になれば…
新キャラがどんどん出て来ます。
「兄さんの弟で良かったと思ったのはゼロ歳の時までです。一歳になってからはだんだんと僕にとんでもない物を背負わせてくれたなと思うようになり、今となってはもはや兄さんの弟である事が呪いの様にさえ思います」
「悲しい話だけど、山とある話だよ。それに耐えなきゃいけない馬なんて山といる」
「それは何も背負っていなかった馬の言葉であり、背負わせた馬の言葉です」
ココロノサケビが「ココロノソニックの弟」であると言う肩書を背負う事になったのは、それこそ生まれてすぐだ。なお僕とココロノサケビの間には三つの年の差があるけどその間の二年は連続で不受胎だった。辛いけどこれもそこまで珍しい話でもない事を、既に僕は知っていた。
「1700万円で買われて一体いくら稼いだんですか」
「10億行ってるかもしれない」
「10億を稼げると思われる、そのためならば安いんでしょうね、1億なんて!」
「話を盛るな!」
「9000万も1億も同じです!」
そしてココロノサケビが競走馬と言う存在である事を否応なく自覚させられるセリ市—————それも日本の競走馬としては最高峰のセレクトセール—————に回されたころまでに僕が勝ったGⅠ級レースは七つ、稼いだお金はまだ南部杯の分がないので10億までは行かないだろうけど9億近くはあったはずだ。
そして実はこれは、シャットダウンの「生涯」獲得賞金額とそこまで差がない。我ながらいつの間にそこまで行ってしまったのかと思うと達成感と言うより困惑の方が大きい。確かに現役期間は僕の方が長いけど、それでも四歳の内に越える事が出来たのは間違いない。
だがそれもまた事実であり、誇るべき話でもある。何を恥じろと言うのか、何を謝れと言うのか。
「謝るとすればそれは僕が負かして来た馬たちにだけだよ。僕だってココロノサケビが活躍すればたちまちにして「ココロノサケビの兄」になってしまう」
「簡単に言わないで下さい!」
「全ては相対的だ。GⅠ勝ち馬がいてもその弟や妹がもっとたくさんGⅠを勝てば立場はひっくり返る。そんな話も少なくない」
「冷たいんですね」
「さっき別の二歳馬が言ってたじゃないか、ダート路線は競走寿命が長いって。仮に僕がお父さんと同じ年まで現役でいるとすればその時お前は五歳だ、今の僕と同じ年だ」
「あの…」
「僕が成功したからと言ってココロノサケビは同じやり方で成功するの?もしそれがわからないような奴らならばその言葉に耳を貸す必要はない。責めれば責めるだけ自分のバカをさらすだけだからな」
「………………」
言うべき事は言ったつもりだ。
真実であり、僕を含む誰にもひっくり返せないこの世界の理を。誰にも抗えない事実を前にして、ココロノサケビはどんどん言葉少なになり、最終的に黙ってしまった。
栄光を築くに当たり、多くの馬の屍を踏み越えて来た。もちろん踏まれっぱなしで終わる訳ではなく何度も立ち上がって立ち向かって来る馬が大半だが、それでも敗北と言う名の足跡を背中に付けられた事には間違いない。僕だって四回は負けている。気分的には二回と言うか一回のつもりだが、現実としては四回敗北を喫している。十二回も勝っていてなお、合計四回・のべ八頭の馬の足跡が僕の背中には付いている。そしてそれは誰にも消せない。
その戦いを乗り越えて僕はここにいる。それが出来ないのならばおとなしくしているべきだ、出来るかどうかは別として。
誰も彼もがシャットダウンな訳じゃあるまいし。
※※※※※※
「オレが何て言われてるか知ってるか?」
「知らない、本気で知らない」
「ここでお前に勝たなければオレは結局負け犬だ、空き巣狙いの暫定王者だ。まあ、勝っても言われるんだろうけどよ!」
船橋競馬場にやって来て、早速喧嘩を売られた。
先刻承知とは言え五歳になったカースブレイカーの言葉は激しく、正比例するように目が輝いている。
「実際にレースに出て、実際に勝ったのは君だろう。悔しいけど、僕は出られなかった時点で君に負けている」
「あーあ本物には勝てねえって事かよ、せいぜいそのイケメンフェイスをぶっ飛ばしてやるからな!」
そしていきなり僕の事をイケメンとか呼ばわった。
イケメン?カッコイイとか言うならばシャットダウンの方がよっぽどカッコイイじゃないか。あれは走りだけじゃなく、顔まで何にかに選ばれたかのようにカッコよかった。走りと言う実が伴っていたからなおさらよく見えたのかもしれないが、僕のような平凡な顔の馬とは訳が違う。
なら、平凡でない事で何とかするしかないじゃないか。
「ほれ見たことかって思ってんだろ」
「思ってるよ」
珍しく、悪態を付いてやった。
半年走ってないから本調子にはほど遠い、そしてマイルは正直短いじゃないかも言われている、一方でカースブレイカーは去年秋冬にGⅠを二勝し前走の川崎記念も前々走のフェブラリーステークスも二着。
そのせいで僕は一番人気ながら単勝2.9倍と東京ダービー以来の高倍率であり、カースブレイカーは6.7倍と逆転までありそうなそれだった。
気に食わないと言うより、甘く見るんじゃないと思った。甘く見てくれるならばありがたいとは思うが負ける気があるとは言っていない。
こんな特権をここで使うのは今考えるとあまり面白くないと言うか正しくない気がするが、僕にとって目の前の一戦が何よりも大事であり、そしてGⅠ級レース九勝目と言う記録のがより大事だった。
「と言うか、何なんだいあれは。最初からいきなり僕に付き合って暴走して。JBCクラシックの時みたいにすればよかったのに」
「それで勝てると思ってたらそうしてたってっつーの!ってかお前はそれで勝ったんだから暴走じゃなくて快走であり爆走だろうが!」
「勝てば官軍負ければ賊軍か…」
それにしてもカースブレイカーは何をやってるんだろう。
中団から構えてすっと抜け出すやり方でJBCクラシックも東京大賞典も取ったのに、今回は最初から先頭に立った僕に付き合って直線崩れて掲示板に載るのがやっとの着順。騎手の人の言う事を聞かなかった様子もない事からして、なおさらおかしく感じる。まあ実際、負けたからボロカスに言われるんだろうけど勝ってれば英断と言う事になる。難しい話だ。
「まだ次がありますよ」
「だな…おい次は帝王賞だろ」
「そうだね」
「次は絶対負けねえからな!」
「お互い頑張りましょう!」
そのカースブレイカーに付き従う、二着の馬。確かフィールマイハートとか言うシャットダウンほどじゃないけどイケメンそうな馬。
彼の顔もまた、カースブレイカーほどじゃないけど血気を感じさせた。元々がイケメンなだけに、もったいないと言うかちょっと怖かった。




